第64話 鏡の光
ダンジョン管理機構支部の周囲の建物は、ほぼ瓦礫の山と化していた。
そこを埋め尽くすように、モンスターの集団が見える。
それに対峙するように、支部を守るように管理機構の武装したエージェントの女性たちが防御線を築いているみたいだ。
さらにその奥、支部の二階以上上の窓からは、岩や氷の塊がモンスターへと射出されている。たぶん、魔法スキル持ちのエージェントさんが張り付いて、援護射撃をしているのだろう。
ただ、見ているとエージェントさん側は押され気味のようだった。
支部を取り囲むモンスター達は鎧のように分厚い皮膚をまとったサイのモンスターだった。
俺の愛車をダメにしたあのしゃべっていた、かなべえと名乗ったサイと同じ様に二足歩行だが、体の大きさはかなべえより二回りは小さい。
それでもその分厚い鎧のような皮膚に阻まれて、エージェントさん達の攻撃は決定打を与えられていないようだ。そのせいで、徐々に徐々に、防御線が押し込まれていっている。
「魔法スキルって、意外と威力が低いんですか」
「まあね。あんまり効いてはなさそうだ。サイのモンスターの皮膚に弾かれているな……」
「どうしますか?」
「うーん……幸い、撮影ドローンも飛んでないし、スマホを構えている人もいないから、こそっとモンスターの背後から撹乱しようか」
「わかりました。では、私も」
「うん、気をつけて」
俺が橘さんを下ろし、隠連慕の姿を隠す効果から出た時だった。
支部の建物から見覚えがある人物が出てくるのが見える。
「思水さん、あれ」
「……エミリーさんか。うん? 邪田之鏡を持ってないか?」
「持ってますね。どうされるんでしょう?」
耳元で姿を隠したままの橘さんの声がする。少しこそばゆい。
俺が身じろぎしながら見ていると、防御線ギリギリまで前に出たエミリーさんが、高々と邪田之鏡を掲げる。
次の瞬間、鏡から光が溢れ出した。
それは暖かく、どこか懐かしさを感じさせるような光だった。
それが防御線を形成する管理機構のエージェントさんたちを守るように広がっていく。
逆にサイのモンスター達はその光を嫌がるように一歩、また一歩と後退していく。
「結界、でしょうか」
「ああ、そうみたいだ。これが邪田之鏡の力みたいだな」
相変わらず橘さんの声が近い。姿が見えないのでよくわからないが、そんなに俺の耳の近くで声がするなんて、一体、橘さんはどんな姿勢なんだと、思わなくもない。
そうしている間にも、鏡からあふれでた光が薄くなりながらもエージェントさんたちを取り囲むように展開される。
ただ、残念なことにそれだけだった。
壁のように光の展開が終わると、嫌がって下がっていたサイのモンスターたちが再び近づいてくる。そして手にした武器を、その光の壁へ叩きつけ始める。
がんがんと、固い金属同士がぶつかり合うような音が辺りに響く。一見、光の壁はサイのモンスターからの攻撃を耐えているかのようだった。
「思水さん、あれ」
「ああ。どうもエミリーさんへ負荷がかかるみたいだな」
エージェントさん達の中央に立つエミリーさんの表情が、辛そうに歪んでいくのが、ここからでも見てとれる。
膝もガクガクと小刻みに震え始めていた。
当然、他のエージェントさんたちもそれを傍観している訳ではなかった。光の壁は人には影響がないようで、一斉に壁越しにモンスターを攻撃し始めている。
ただ、やはり決定打の圧倒的な不足は否めない。
エミリーさんの苦悶の表情がどんどん泣きそうなものに変わっていく。
「思水さん。エミリーさんが泣くまで、お待ちになるんですか?」
「──違うよ? さ、さあ。急いで、援護をしようかな」
「わかりました」
声だけして姿が見えないのが、ここまで怖いのかと思いながら、俺はサイのモンスターを撲殺しようと走り出すのだった。




