第60話 愛車
「これはもしかして──」
「はい、もしかすると──」
「「ダンジョンの領域拡大……」」
車のなかで橘さんと見つめあったまま、台詞が被る。
「とりあえず降りよう、危ない気がする」
「はいっ」
俺たちは慌てて車から降りる。幸い、朱坂ダンジョン用にまとめた荷物がそのままなので、それを俺も橘さんも手にとる。
「思水さんっ!」
「下がって!」
ちょうど車を降りたところで車が突っ込んでくる。
空を舞って。
俺の車に直撃コースだ。そう思った瞬間、時間がゆっくり流れるような錯覚をおぼえる。
飛んでくる車のなかにいる人と、目が合う。何が起きているのか、わからないかのようにぽかんとした表情をした女性だ。
俺は大地を踏みしめる。
ダンジョンの中で感じる筋肉のたぎりが全身に満ちるのを感じて、俺は腰を少し落とすと、飛んでくる車の正面で待ち構える。
──まずは、片手を伸ばして……
伸ばした左手に車のボンネットが触れる。
そのまま飛んでくる勢いをいかして僅かにコースを修正。
抱え込むように、全身を使って車を受け止める。
──柔いな……
モンスターに比べると明らかに固さが足りない。受け止めるために込めた力で、抱えた車のボンネットが、俺の体の形にあわせてへこんでしまう。
しかし、それだけだった。
大した苦労もなく、衝撃をすべて大地へと逃がし、車を完全に受けきる。
車の中の女性が驚愕にかたまった表情で俺を見ている気がする。
何だか急に恥ずかしくなってくるが、これ以上、怪我をしないようにゆっくりと抱えた車を下ろそうとしたときだった。
橘さんの叫び声。
「思水さん! 避けて!」
とっさに車を抱えたまま一歩下がる。
そこへ別の車が再び飛んでくる。
幸い、橘さんの声かけのお陰で、俺にも抱えたままの車にもそれは当たらなかった。
ただその代わり、飛んできた車は、俺の車に激突してしまう。
「──まじ、か……」
俺は潰れた愛車を見ながら、ゆっくりと抱えていた車を下ろす。
空いた両手をゆっくりと、振り回しながら歩き始める。もちろん向かうのは車が飛んできた方だ。
俺が手を振るだけで、なぜか巻き起こる風。
俺の足元の地面が、踏みしめる度にへこんでいく。
「──やったのは、いったい、どなたかなー?」
俺の視線の先には、次々に止まっている車を撥ね飛ばしている一体のモンスターがいた。




