第58話 契約
「お待たせいたしました」
「いえ、こちらこそお時間をくださりありがとうございます」
俺は戻ってきた昼馬さんに答える。
「いえいえ、とてもお早い決断だったので、驚いております」
「まあ、あまり選択肢はありませんからね。それで俺たちは理由は聞かないでの貸与に同意します」
「それは誠にありがとうございます。思水さんと橘さんのご英断に、管理機構を代表して感謝を」
そういって頭を下げる昼馬さん。その後ろに立つエミリーさんも深々と頭を下げてくる。
──管理機構を代表してとか、かなりやばい物なんだろうな、あの鏡。ぶっちゃけもて余しそうだから、手元になくなって逆に良かったかも
俺はひきつりそうになる笑みをなんとか維持する。
「つきましては貸与に関しましての金額なのですが、こちらでいかがでしょう」
そういって電卓に数字を打ち込んで提示してくる昼馬さん。
ちょっと古風だ。
「なるほど……」
結構な額だが、思ったほどではなかった。管理機構も予算は厳しいのかもしれない。
「もちろん、月額となります」
「な、なるほど──」
──てっきり年単位かと思った……軽く本業の収入を倍以上、越えてきたよ……これ、橘さんと折半でも、俺、仕事をやめれるんじゃね?
「ちなみに思水さんと橘さん、それぞれに同額、お振込みさせて頂きます」
「──よろしくお願いいたします」
俺はそこで思わず昼馬さんと握手をかわしてしまう。
──まさかの追撃があったよ……
「それで貸与の期間なのですが、基本的に二年更新とさせて頂きたいのですが」
「あー。いいですよ。自動更新ですか。二年ごとに交渉ですか」
「基本的には自動更新で、都度、どちらかに契約内容の変更希望がある場合に折衝させていただければと」
「構いません」
「ありがとうございます。それではこちらが契約書となります。ご確認頂けますか」
昼馬さんがそういうと、エミリーさんがさっと書類を俺と橘さんの前に出してくる。
なかなかの手際だ。
──ふーん、鏡の名称が、「モンスター、ウブメよりドロップしたアイテム」になってる。後は、ほぼほぼ昼馬さんが話した内容しか書かれてないな。徹底してる……
「──俺はこれで構いません」
「私も確認しました。異議はありません」
橘さんからの同意。
「ありがとうございます。それではこの部分とこの部分を──」
言われるがままに記入していく。
「──確かに。それではこれで正式に契約成立となります」
昼馬さんがそう告げた時だった。
カタカタと机が揺れる音がする。よくみると、邪田之鏡が振動していた。
──錆丸もたまに震えるけど。なに、聖具って、そういうものなの?
錆丸の時は感じなかったが、鏡が意味ありげに振動しているというのは、少しホラーっぽい。
俺がそんなことを考えながらみていると、エミリーさんと昼馬さんが何か視線を交わしている。
昼馬さんが頷く。すると、エミリーさんがそっと鏡に手を伸ばす。
優しく鏡の縁を触れるエミリーさん。
不思議なことに、邪田之鏡の振動が止まる。
明らかに昼馬さんとエミリーさんの間でほっとした雰囲気が流れる。
俺はあまり深入りしない方が良さそうだとさっさと椅子から立ち上がると、昼馬さんに退席することを告げる。
俺が何も聞かなかったことに、ほっとした顔をする昼馬さんとエミリーさん。
こうして俺は仕事をやめれそうな不労所得を手にして、ダンジョン管理機構の支部から橘さんと帰宅するのだった。




