第57話 27条
「それで、理由をお伺いしても?」
「その前に、これから話す理由の内容はダンジョン法の27条に触れることになります。よろしいでしょうか」
「あー、そういう……では、橘さんと相談させてください」
「もちろんです。我々は一度席を外しますね。外の者に一声かけてくだされば戻って参ります」
そういって、昼馬さんとエミリーさんが部屋を出ていく。どうやら応接室の外には、誰かついているらしい。
「──思水さん、たしかダンジョン法の27条って」
「そう、守秘義務の発生に関する条項のところだね。違反時の最高刑は過去にたしか死刑の判例もある。あと、海外渡航の一部制限もあったはず。だから、金額によっては、理由は聞かずにその鏡を管理機構にお貸しするという判断も、ありっちゃありだね」
そういって、俺はエミリーさんが置いていった邪田之鏡と言われた聖具とやらを指差す。
実の所、この鏡の効果もまだ知らないので、判断はとてもしにくい。
ただ、あの調子だとこの鏡の効果自体が27条に抵触するような気もするのだ。
──というか、邪田之鏡の存在自体がヤバそうだけど。この部屋の外に人がついているということは、そういうことなのだろう。やれやれ。
俺はぶっちゃけ楽しくモンスターを撲殺できれば良いので、管理機構が鏡を借りたい理由には、実はそこまで興味もなかった。
それに秘密というのは人によっては重荷になる。
橘さんだって、今は探索者に憧れてと、俺とパーティーを組んではいるが、何せ若いのだ。将来、気が変わって全く別の道を歩む可能性だって、多いにある。
その時に、死ぬまで明かせぬ秘密を抱えていて、さらに行けない国があるというのは、結構なデメリットだと言える。
ただ、何も知らぬままで一番なにが困るかと言えば、金額交渉だろう。何せ、相手の言い値しか判断材料がなくなるのだ。
「──私は、思水さんの判断に従います。思水さんと一緒なら、どんな話せない秘密を知っても、私は大丈夫ですだから」
「……わかった。任せてくれるというなら、俺は──」
俺は、自分の決断を橘さんへと告げるのだった。
◆◇
【side 昼馬】
「昼馬支店長。山門思水さんはどうされると思いますか? 理由を聞くことから拒否され、邪田之鏡の貸与もお断りされた場合、我が国の護国の結界は、もう──」
「わかっている。結界の一新と維持には、確かに邪田之鏡に勝るものはない。そして、彼はたぶん、本能的に正解を選ぶタイプの人物だと私はみている」
昼馬は自室のデスクで、部下の鏡台・エミリー・リシリアを安心させるように続ける。
「鏡台さんは、奥多魔ダンジョンの領域拡大に遭遇した彼と会ったのだろう。その時の第一印象はどうだった?」
「とても実務的な感じでした。ただ、少し、だらしないというか、享楽的に感じられる部分もあり──」
「うむ。であれば、問題なく、進むだろう。享楽的というのであれば、面倒事は避けたがるはず。そして、今の状況下で貸与を断ると発生するデメリットも、ある程度は彼は本能的に推測するのではないかと私は見ている」
「……護国の結界が弱まり、各地のダンジョンで領域拡大の予兆がみられることは、報道統制されています。いくらなんでも、そこまでわかるでしょうか? それに、もし推測がついたとしても、それが山門思水さんにもデメリットだと?」
「彼は自分の楽しみのためにダンジョンに潜るタイプの探索者だと報告を受けている。であれば現状の維持を望むであろう」
「……なるほど」
「だから、後は金額次第だろうな」
そこへ、昼馬のデスクの電話が鳴る。
「──ああ、わかった。すぐにいくと」
電話を切る、昼馬。
「どうやら結論が出たようだ。行こうか」
「はい。支部長」
二人は山門思水の出した結論を聞くため、応接室へと向かうのだった。




