第56話 鏡
ドアの開く音。
俺は意識が覚醒していく。
「思水さん……思水さん……」
肩に触れる柔かな感触。そして耳元に聞こえる声。
橘さんだろう。肩を揺すってくれているようだ。
「ああ、すまん……ありがとう、起きた……ふぁ──」
「はい。思水さん、エミリーさんたちがお戻りになりました」
どうやら完全に寝入ってしまってたらしい。思わず一人で、苦笑してしまう。安心して眠ってしまうぐらい、自分が橘さんのことを信頼してしまっているのが、おかしかったのだ。
──これが共に戦った仲間、背中を任せられる相手ってやつなのかな。俺はずっと一人で探索者をしていたから、新鮮だ。そういえば、エミリーさんたちって言ってたな……
気がつけば、室内には、エミリーさんともう一人、壮年の男性がいた。俺は立ち上がり挨拶をする
「寝ていてすいません。山門思水です」
「はじめまして、山門さん。ここの支部長をしております、昼馬と申します。まずはウブメの討伐、おめでとうございます」
わざわざここのトップの人が来てくれたらしい。
「ああ、はい。どうも。無事、鑑定が終わったんですね」
俺はエミリーさんの持っている鏡を見ながら答える。
いつの間にか立派なお盆に布が敷かれ、その上に鎮座するように鏡が置かれていた。
「はい。間違いなく、聖具、邪田之鏡でした」
「それでは討伐は完了ということで良かったですかね」
「はい。もちろんです。こちらが今回の討伐依頼の報酬となります。ご確認ください」
そういってエミリーさんが書類を差し出してくる。
「こちらがご登録頂いているお二人それぞれの口座へのお振込の明細です。そして山門思水さんと橘いちかさんの探索者カードを更新してあります。これでどの支部でも一切の討伐配信動画無しで無制限で魔石とドロップアイテムの買取を割り増し金額でさせて頂きます」
明細書に並んでいるゼロの数を目でおう。本業の仕事では扱うことも無くはない桁だが、自分個人の口座に振り込まれるというのは、何だかあまり実感がわかない。
橘さんは逆に落ち着いている。これが育ちの良さかと、俺も平静を装う。
待遇面での特例及び優遇についても事前に説明を受けていた通りのようだ。
「山門さん、実は折り入ってご相談がございまして」
報酬のやり取りが済んだところで、昼馬さんが口を開く。
──ふーん。わざわざ支部長が来たってことはここからが本題って感じかな。次の討伐依頼とかじゃないといいんだけど……
「はい、どういった内容でしょう?」
「こちらの邪田之鏡なのですが、有償での貸与をしてはいただけませんでしょうか?」
「貸与、ですか。買い取りではなく、借りたいと?」
「はい。是非に」
そういって頭を下げる昼馬さん。俺はその不思議な提案に首を傾げるのだった。




