第54話 side 橘いちか6
「橘さんって、予言者の才能があるかもな……」
思水さんがその広い背中で私を庇いながら、冗談めかしてそんなことを言ってくれる。
私はすっかり服ごしに見てとれる、思水さんの躍動する背中の筋肉に見とれていた。
しかし冷静に今の状況を再確認すると、私は完全に足手まといになっていた。
ウブメとの不意の遭遇と、予想外の広範囲攻撃。
思水さんは、私が足手まといになっているのを気にしていると、気にかけてくれての発言なのだろう。
──思水さん、優しい……そしてごめんなさい。私はただ思水さんの強さに、その背中の筋肉に、見とれていました……
私は内心謝りながら、思水さんの雰囲気を明るくしてくれたようとしている軽口に出来るだけ合わせようと頑張る。
「ウブメって、あんなに羽を射ち出してて、禿げないのかね」
相変わらず、余裕の口ぶりの思水さん。
──本当に、あのウブメ相手に、余裕なんだわ。かつてこの国の中枢に甚大な被害をもたらして、あまりの被害に、情報統制がひかれたほどの、相手なのに。
私は家の関係で少し漏れ聞いているのだが、今でも国の上層部にはウブメを非常に危険視、かつ、怨んでいる人間が多いらしい。
今回、ウブメの討伐依頼を受けたと親に伝えた時の驚きと、激励のほどは、これまで見たことがないほどだった。
このまま思水さんがウブメを討伐すれば、彼は少なくとも国の中枢から非常に感謝され、密かな英雄となるのだろう。
──そう、私さえいなくて、思水さん一人ならこんなに膠着してない、のよね
今更ながらに、足手まといの自分が嫌になってくる。
しかし、思水さんの強さは私のそんな自己嫌悪の気持ちを、軽く吹き飛ばすものだった。
──の、伸びてる? いえ、思水さんが、伸ばしてるの? なんて長さ……
聖具たる天之邑雲が、徐々に徐々にその刀身を伸ばし始めたのだ。
背後から見ていても、明らかに長くなっていっているのが、一目瞭然だった。
それなのに思水さんの剣速は衰えるどころか、逆に速くなっていく。
背後からその背を見ている私は驚きと、その思水さんの動きの美しさに、我を忘れるほど見とれてしまう。
──腕だけで振っていたのを、全身を使って振っているんだ……一つ一つの動きがとても力強いのに洗練されてる。すごい、すごすぎです、思水さん……
鬼気迫る迫力が思水さんの全身から溢れだし、それは、ウブメとその配下のモンスターたちにも伝わったようだった。
「あー、橘さん。少しづつ前に歩く。ついてきて」「あのー。橘さん?」
見ているだけで高鳴る自信の鼓動がうるさすぎて、私は思水さんの声を聞き逃すという失態をおかしてしまう。
それほどまでに私の全身は、思水さんのせいで熱を持ったように火照っていた。
それでも私は慌てて返事をすると、言われたように思水さんのあとをついていく。
その偉大な相手の後ろをついていってもよいという高揚と悦びが、さらに私の全身を駆け巡る。
「橘さん、一気に詰める!」
今度は思水さんの御言葉を聞き逃すことなく、即時応じることが出来た。
──とどめを刺されるのですね。範囲攻撃をウブメがやめたということは、私は離れて身を隠せという御指示のはず。
私は返事をするとすぐにユニークスキルを発動し、横方向へと走り出す。
ただ、視線だけは広く。思水さんの動きを一瞬も見逃さないように。
すると思水さんの手にあった天之邑雲が、長さはそのままに、まるでなにか液体がその内部を充満したかのように、一気に膨らむ。
──な、なんて大きさ。とっても、太い……そ、そんなものをっ! まさか……あっ
ちらりと見えたの思水さんの顔が、喜悦に上気している。私がまるで子供のような楽しそうな思水さんの顔に見とれていると、あり得ないほどに膨らんだ天之邑雲が、思水さんの手により振り下ろされる。
ただ、それだけ。
それだけで、世界に激震が走る。
ダンジョンそれ自体が激しく振動する。
それは、まさに爆発だった。あり得ないほどの粉塵が舞い上がり、衝撃波で大気が軋む。
私は慌てて身を伏せ頭を抱え込む。
世界を貫く、思水さんによる激しい振動が広がっていく。それは、通りすぎる際に、私の体の中までかき混ぜていくかのようだった。




