第52話 side 橘いちか4
──思水さんの寝顔、かわいい……
仮眠を交代してから、しっかりと周囲の警戒はしつつも、私は思水さんのそばにピタリと張り付いていた。
当然、思水さんのお休みを邪魔しないように隠連慕で、聴覚は消し済みだ。これでどんなに動いて音を出しても、思水さんに聞こえることはない。
──これは、仕方ないの。私が対処出来ないモンスターが出たときに、即座に起こすように思水さんに言われたんだもの。そのためには出来るだけ近くにいるのが、合理的なのだから。
そっと指を伸ばす。もちろん、思水さんには触れないように。
ただ、あと数センチ、数ミリの距離まで指先を近づけるだけ。
──即座に起こすにはこうやって、出来るだけ近くにいて、いざという時にスキルを消すのと同時に思水さんに触れて起こすのが、最速よね。
思水さんの全身をしっかりと見て、動きがないことを確認しておく。ここまで接近するのに、細心の注意を払ったのだ。それが全て無になるようなミスをおかす訳にはいかない。
──だって、このために、私の匂いをいっぱいいっぱいつけた寝袋を、思水さんに使ってもらったんですもの。これで思水さんが私の匂いで接近に気づかれることはないでしょ。音もスキルで大丈夫。あとは、触れないだけ。ああ、考えちゃ、だめ。隠連慕で触覚を消せば、このあと少しの距離を埋められるだなんて……
抗いたがい、とても魅力的な誘惑。ただ、スキルを切り替えるだけでいい。それだけで、思うがままに──
──思水さん、けっこう髭が伸びてるなー。ふーん。こんなところからも、はえるんだ。ここの毛はかたいのかしら。それとも柔らかいのかしら? 指先でくすぐるように撫でるのが、気持ち良さそう。あ、でも、手のひらで優しく包み込むようにも、してみたい……。
私は指先のうずきを必死に抑える。
その分、思わず、少しばかり身じろぎしてしまう。耐え難い衝動を、甘美な誘惑を、その動きでわずかでも、消化するように。密やかに。
緊張しながらも楽しい、私の一人の時間は、まだまだ続くのだった。




