第49話 検分
俺は焚き火に背を向けてあぐらをかき、膝の上に載せた錆丸をじっくりと検分していた。
焚き火の向こうからは橘さんの寝息が微かにきこえてくる。
とはいえ、焚き火のたてるパチパチという音と、雨音でほとんどかき消されてはいる。
ちょうど、焚き火で枝の折れるパキッという音がなる。
──そろそろ焚き火に枯れ枝をたすか
振り向き、集めた中でも出来るだけ乾いてそうな物を焚き火へと突っ込む。
その際、ちらりと見えた橘さんの寝顔は穏やかだった。
俺は、あまり見るものじゃないなと慌てて目をそらす。
──よし、こんなもんで少し持つだろう。
焚き火の調整を終えると元の姿勢に戻ろうと体を捻る。
そのまま錆丸を手に取ると、俺が焚き火の方を向いている間に近づいて来ていたモンスターへと錆丸を振るう。
何か武器を持ったペンギンだった。
上層にいた奴の武装タイプなのだろう。
武器で俺の振るった錆丸を受けようとしたので、武器もろとも両断する。
──錆丸は、やっぱり斬るものとして使うのが正解なのか……
俺は煙へと変わったペンギンの残した魔石を回収すると、再び錆丸の検分へと戻る。
──やっぱりだ。いま切りつけた部分の錆が、ほんの少しだけど落ちてる。
そっと指の腹を錆丸に滑らす。
ざらざらとした錆の合間、合間に、錆丸本体と思われる金属部分が覗いているのだ。
滑らかな金属の、つるんとした感触が僅かに感じられる。
そしてそれは残念な知らせだった。
──俺はやっぱり使うなら鈍器がいいんだよなー。錆丸は、何かと頑丈だったから、なんとなく使ってたけど。とりあえず今回の依頼が終わったらお蔵入りかな。
斬撃武器を、いくら形が変わるからとはいえ、鈍器として使うのはやはり武器には良くないだろう。
それに居るのかは知れないが、錆丸を創った者がいるなら、その製作者にも失礼な気がする。
「ま、まだ少しはお世話になるだろうからな。その間はよろしくな」
思わずそんなことを錆丸に話しかけていると、手のなかで錆丸が震えたような気がした。しかしすぐに、俺は他のことに気をとられてしまう。
背後で布の擦れる物音がしたのだ。
「……思水さん?」
「すまん、うるさかったよな。起こしたか」
「そんなことは全然。おかげさまでぐっすり寝れました。──これも、ありがとうございます」
「もういいのか? もう少し、寝ててもいいぞ」
俺は返された上着に、袖を通す。着る際に、思わず息を深く吸い込んでしまいそうになるのを意思の力を総動員して押さえ込む。
──ばれてない、よな……
不審な挙動は、幸い橘さんには見つかって無さそうだった。気づかない振りをしてくれているだけかもしれないが。
「私はもう、大丈夫です。あの、見張り、代わりますから。思水さんも少しでも寝てください」
俺は橘さんからの提案に、大いに悩む。
現状、現れているモンスターで、橘さんが対処に苦慮しそうな種が二つある。ただ、それらは焚き火にひかれてくるみたいなので、火を消してしまえば問題はない。
問題は、寝袋が一つしかないことだった。
雨はまだ降り続いているので、焚き火を消すなら、さすがに寝袋無しで寝るには寒い。
──本当に今さらだけど、雨がダンジョンの中で降るとはな……全然用意が足りなかった。とはいえ、寒いなか寝るのに寝袋を使わないってのも、橘さんに変に気を使わせることになりそう……それならいっそ、眠たいは眠たいけど、このあとダンジョンから出るなら徹夜でも……なんとか……
「あの、本当に何かあればすぐに起こします。だから、信じてください」
いつの間にか焚き火を回り込んで近づいていた橘さんが、俺の肩に手を置いて告げる。
反対の手には、寝袋を持っている。
「帰りに特別個体と遭遇する可能性も、零じゃないんですよね?」
「それは、まあ、もちろんある……」
「じゃあ、やっぱり思水さんも少しでも寝てください」
ぽんと俺の胸元に寝袋を押し付けながら、橘さんが重ねて告げる。
すぐ目の前に、真剣な顔でこちらを覗き込む橘さん。
その目元が少し赤らんでいる。上着を着たとき以上に強く、橘さんを感じてしまう。橘さんのユニークスキルを検証したときに知ってしまったのも、良くない。
俺は錆丸を握っていない方の手を、胸元に押し付けられたままの寝袋へと伸ばすのだった。




