第46話 中層へ
「結局、一組も反応しませんでした……」
しょぼんと手のなかの魔石を見つめる橘さん。
その頭の上ではベノタンがぽんぽんと跳ねている。橘さんのことを慰めようとしているようだ。主人思いの召喚獣だった。
「ベノタン、ありがとうございます。『ごっくん』お願い」
橘さんの声に、ベノタンが、壺や魔石を呑み込んでいく。
俺も手にしたままだった魔石をベノタンに渡す。
あっという間に綺麗に呑み込まれていく。
「思水さんも、おつきあい頂きありがとうございました……」
「いやいや。たぶん、反応させるには何かしら条件があるんだろうね」
「はい。また、しばらく経ってから試させてください」
「ああ。さて、俺たちも出発するか」
「はい。ここからはどうしますか? 良かったら私、少し中層でも戦闘を経験してみたいです」
俺は今のところの行程と、時間を考えて、橘さんの意見に賛成する。
「──そうだね。そうしようか。それじゃあ橘さんは基本的にはベノタンと一緒に隠連慕で姿を隠していて、俺が囮で進もう」
「よろしくお願いいたします!」
そうして、俺たちは朱坂ダンジョン、中層へと踏み入るのだった。
◇◆
「これは、煙?」
「いや、霧だ。どうも天候変化するタイプのフロアだな……厄介な」
「どうしますか?」
俺は橘さんの方を振り向く。その動きで霧が渦巻いているが、橘さん自身の姿はやはり見えない。
「できるだけ俺の近くに。たぶん橘さんが動いて出来る霧の移動がそれでかなり誤魔化せると思う」
「わかりました」
姿が見えないままに、声が近くなる。
俺は手にした錆丸を大きくすると両手で構える。
「それじゃあ、進むね」
「はい」
霧の隙間から見えるダンジョンのフロアは、草原のようだった。腰近くまで伸びた草で、足元が悪い。
──ところどころ、ぬかるんでいるな。これは厄介だ。いざというときに橘さんを抱えて走ろうにも、足をとられる可能性がある。
そのとき、俺はピタリと足を止める。特に明確な理由はない。
ただの直感だ。長年、一人でモンスターを撲殺してきて培った、勘。
俺はその勘のままに、行動する。
「したっ!」
ただ今回は、俺は橘さんにも伝わるように一声叫ぶと、錆丸を振り下ろす。
ちょうどそこに、地面から何かが飛び出してくる。
その出鼻を挫くように、錆丸が大地へと叩きつけられ、大きく土をえぐる。
現れたモンスターごと、だ。
──もぐら系か。厄介だ。
「橘さん、触覚を消して俺から三歩離れて! 敵はもぐら系」
すっと橘さんとベノタンの姿が現れると、俺の指示通りに離れてくれる。
──素晴らしい。奴等は震動を感知している可能性が高い。後は俺が派手に撲殺していくだけだっ!
再び、勘のままに錆丸を振り下ろす。
外した。
──そういうこともある。しかしこれで良い。
足元に出来た二つ目のクレーター状の窪みを見て俺は頷く。
この振動で、敵は完全に俺に集まるはずだ。
こうして、俺は朱坂ダンジョン中層での初戦闘としてもぐら叩きをすることとなった。
 




