第4話 危険な選択
「あの、大丈夫? 怪我はない?」
俺はとっさにドローンに顔が映らないように片手で顔を隠しながら、助けた少女に声をかける。もう遅いかもしれないが、写り込む危険の可能性を少しでも減らせるなら、こんなことでもやる価値がある。
少女は、中学生ではなさそうだ。たぶん、高校生?
この年になると若い子の年がすぐには見分けられなくなってくる。
「──おじさんが、助けてくれたの? 凄かった──怪我はないと思います」
呆けたようにこちらを見つめる少女。しかしちゃんと受け答えしてくれる。
「おじ……とりあえず、ここは危ない。少し、歩けるかな?」
「──うん」
俺は頷くと、ついてくるように合図する。
それにも大人しく従ってくれる少女。足取りもしっかりして、俺はとりあえずほっとする。
ドローンは設定された配信者からは一定以上離れないのだ。
ドローンの撮影範囲から無事に離脱して、俺はこっそりため息をつく。
──あの死んだ配信者様たちが生配信、していないと良いんだけど……ネットに顔が晒されるとか、恐怖でしかない……
ネットでの顔ばれは、普通に一生残る。そして炎上でもしたら、社会生活が一発で終わる可能性すら、あるのだ。何より、どんなことで炎上するかわからないのが、本当に恐ろしい。
俺にとってはモンスターより断然、危険だった。
「えっと、ご両親は?」
「家に、いると思う。友達と来たんだけど、朱美は……ぅ」
安全地帯にまで来ただろうところで俺は改めて質問してみる。モンスターの方ならいつでも対処可能なので。
少女の返事の中のうち、たぶん、一緒にきたお友達が朱美さんと言うのだろう。
友達と遠出をしているのなら、高校生かなと、推測する。
そこで相手の名前を聞いていなかったことを思い出す。なので、一応、自分から名乗っておく。まあ、無理して聞き出す必要もないのだが……
「あ、俺、名前は山門思水」
「──橘いちか、です。思水さんって変わった名前ですね」
「あー。基本を忘れないようにって意味らしい」
「良い、名前ですね?」
橘さんとのとりとめのない、そんな会話。たぶん会話することで、亡くなってしまった友人のことから少しでも気を紛らわしたいのだろうと推測する。
というか、俺のことは、もしかしてこのまま名前呼びなのかという疑問も湧く。
──ま、いいか。そんなに長い付き合いになる相手じゃないだろうし。
「じゃあまずは、とりあえず、警察と消防、ダンジョン管理機構に電話をするから。大丈夫だとは思うけど、橘さんは周囲を見回しててくれる? 何か見つけたら教えて。できそうかな」
「……はいっ」
真剣な顔をして返事をしてくれる橘さん。こういう時は何かしていた方が気が紛れるだろうとお願いしたのだ。
もちろん、自分でも周囲の警戒をしつつ、俺はスマホで電話をかけようと試みる。
「ダメだ。電話、繋がらない。というか、電波自体がないな」
「あの、私もかけてみます────ダメでした……ネットも繋がらない……」
前は普通にここら辺でも普通に電波が届いていたはずだ。どうやら、モンスターが地上に出現した異変関連で何か起きていそうだった。
「──それで、えっと……橘さんは帰る手段はある感じ、かな」
首を振る橘さん。
「──あけ……友達にバイクに乗せてもらって来たんだけど、私は免許もないし、バイクも……」
再び沈みこんだ様子の橘さん。必要だったとはいえ、どうやら、良くないことを聞いてしまったようだ。
「俺は一応、車で来てはいるけど……あー、その、乗ってくか? せめて電車かバスがあるところまで、ぐらいでも」
「──お願い、します。ご迷惑をおかけします」
そう言って頭を下げる橘さん。年の割りには随分としっかりした子のようだ。
「わかった。こっちに停めている」
俺はどうしようか迷っていたのだが、覚悟を決める。平時なら、誘拐としてお縄になるであろう行動だから。
せめて警察だけでも連絡がついたら事情を説明しておけるのにと、出そうになったため息を堪える。
とはいえ、ここに見捨てて行くわけにも、当然いかないだろう。
電波が回復するまで一緒に待つというのも、回復するかもわからない上に、時刻的に厳しい。
そろそろ日が沈もうとしている。
まだ周囲にモンスターが徘徊しているのであれば、索敵の低下をまねく暗闇は、好ましくない。
並みのモンスターであれば俺に倒せないことはないだろうけど、待ちは、気がつかないうちに橘さんが襲われる可能性が増す選択だ。
そうして俺は、内心かなりびくびくしながら橘さんと車に乗り込むのだった。