第39話 天之邑雲
「こ、これが天之邑雲……。素晴らしい……」
俺の手のひらサイズまで縮ませてある錆丸を見て、憧憬の視線を向けてくるエミリーさん。ほんのりとほほを上気させ、漏れ出る吐息すらも熱を帯びている。
それは、つい先程までの仕事の出来る女性という印象からは想像できない食い付きっぷりだった。
──そんな素晴らしい、のか? 俺には、錆だらけの金属の塊にしか見えないんだが……
机から身をのりだし、俺の手を覗き込むように見てくるエミリーさんが、とてもとても近い。
「あー、よかったら、少し持ってみますか?」
俺は若干、ひきながら訊いてみる。
「いえいえいえっ! 天之邑雲は、主と決めたものにしか扱えぬ聖具と言われています。主の意にそって、その身の形や重さを変えると。逆に、主以外の者が手にすると、その手を潰すほどの重さになるとも」
「潰すのっ!? まじか……」
俺は今度は、手の中の錆丸に驚きと不信の視線を向けてしまう。聖具というのも胡散臭い。
確かに重さも変わるし、小さくなってほしいと思うと希望の大きさになってくれる。そういう意味では錆丸は本当に天之邑雲なのだろう。
しかし人の手を重さで潰すとか、かなり物騒すぎる聖具だ。
「──それでこの錆丸が、今回の依頼を俺たちに依頼された理由だと?」
「そうです。ヤマタノツカイを倒し、その身から出た聖具、天之邑雲に主と認められた山門思水さん。そしてユニークスキルで自身と思水さんのことを隠せる橘いちかさん」
そこで一度、橘さんの方を見るエミリーさん。そんなことまで調べ済みらしい。
──これは相当、手の内を知られてしまってるみたいだな。知られてないのは、あとはベノタンのこと、ぐらいかね。
俺はせめて、冷静に現状を把握しようと努める。
「お二人の力をどうかこの国のためにお貸しして頂きたいのです。もちろん、その対価となる報酬および待遇面での特例及び優遇をお約束いたします」
そういって、真剣な顔つきで俺たちをみたあと、深々と頭を下げるエミリーさん。
そこからはエミリーさんの本気さが伝わってきた。
「──色々とご説明は理解しました」
俺は答えながら、橘さんから返してもらったA4コピー用紙を手に取る。
「あのー、それで、このモンスターを討伐するのに、錆丸はどう関係するんですか?」
「えっ!」「えっ!?」
「──えっ?」
俺の発言にはからずも三人とも、台詞が被る。
そして訪れる沈黙。
どうやら依頼書に書かれたモンスターを知らないのは、俺だけらしい。
──橘さんも知ってるってことは、たぶん、ダンジョン配信では比較的メジャーな話題のモンスターなんだろうな……。
俺の発言のせいで訪れた微妙な空気。それをどうしたとのかなと思いながら、推測する。
そんな空気のなか、口火を切ったのはエミリーさんだった。
「──大変失礼いたしました。説明させていただきます」
そうして何事もなかったかのように、説明を始めてくれるエミリーさん。
さっきは少し、癖がおかしな人っぽさが出ていたエミリーさん。しかし、やはり出来る女性は違うなーと感心しながら、俺はそのエミリーさんの説明を聞くのだった。
 




