第37話 エージェントさん
「お久しぶりです。山門思水さん、橘いちかさん」
応接間に通された俺たちを出迎えてくれたのは、どこかで見たことのある二十代前半ぐらいの女性職員の方だった。
「えっと……」
「まだ、名乗っていませんでしたね。失礼いたしました。ダンジョン管理機構でエージェントをしています、鏡台・エミリー・リシリアです。どうぞ、エミリーと呼んで下さい」
「はぁ、よろしくお願いいたします、エミリーさん」
「いちかさんも、探索者デビュー、おめでとうございます」
「その節はお世話になりました」
礼儀正しくお礼を伝える橘さん。
──あ、思い出した。奥多魔ダンジョンの領域拡大されたときに橘さんを送っていってくれた女性エージェントさんか。
橘さんと連絡先をやり取りしてた時の刺々しい営業スマイルがやけに印象的で、ぱっと見、わからなかった。
それに、あのときはエージェントの制服だったが、いまはタイトなスーツなのも大きい。
「お二人とも、すぐにご連絡頂き、そのままご足労頂きまして、本当にありがとうございます」
わざわざそんなことをお礼を言ってくるエミリーさん。俺は少し牽制しておくかと返事をする。
「まあ、こんなのをもらってしまったので、ね。ほら、善良で平凡な探索者としては平伏して馳せ参じるだけですよ」
俺は家の郵便受けに入っていた封筒をヒラヒラさせながら告げる。
封筒の中身はダンジョン法により規定された、一種の徴兵に近い義務が発生する法定書類だったのだ。もちろん、対象となるのは探索者だけなのだが、逆に言えば探索者として登録している限り、絶対に無視できないものでもあった。
「あらあら。素晴らしい心がけですね。さすが探索のみをされる探索者さまです」
嫌みで告げた分、エミリーさんから嫌みで返されてしまった。牽制にすらなってなさそうだった。
まあ、仕方ない。立場は明らかに向こうが上なのだ。
「それで、至急のご用というのは?」
「はい。山門思水さんと橘いちかさんのパーティーに、特別依頼をお願いしたくて、来ていただきました」
そういって、机の上のA4一枚のコピー用紙を、滑らせてくるエミリーさん。
俺はそれに手を出す前に、一度橘さんの方を見る。橘さんは、少しだけ不安そうだ。それも仕方ないだろう。しっかりしてはいるが、やはりまだ社会経験というものはあまりないはずだろうから。
俺は力づけるように、なけなしの自信を偽って笑みを橘さんへ向ける。驚いた顔をする橘さんに一つ頷くと、机の上のA4コピー用紙へと手を伸ばすのだった。




