第35話 ドライブ休憩
「手、気になりますか」
俺が車に乗り込むと、橘さんが少し笑いながらきいてくる。
俺はパーキングエリアに車を停めて、しっかり手を洗ってきたのだ。
何度も確認したから、さすがにもう大丈夫だろう。
まあ、これも人命救助の代償だ。
「いやー。はは。もうさすがに大丈夫だと思うよ」
「良かったです。じゃあこれ、どうぞ」
「お、ありがとう。お金をいま──」
「今日のお礼ですから大丈夫です」
「……あー、じゃあ」
ホットドックだ。俺はありがたく受けとる。年下の女の子に奢られるというのはあれだが、これぐらいなら良いかとさっそく一口かじる。
美味しい。
夕食には少し早い時間だが、探索で空いたお腹に染みるようだ。
「買ってみました。こういう所、初めて来たんで、ちょっと買うの、ドキドキでした」
「ふーん。そうなんだ。ダンジョンよりも?」
ふと、俺が尋ねると思わぬ反撃がくる。
「ダンジョンは、思水さんがぴったり一緒に居てくれてたので。緊張しませんでしたよ」
「ごほっ!」
思わずむせてしまう。だいぶ橘さんの言い方に、語弊がある。
「あら、大丈夫ですか? 飲み物も買ってあります」
「──大丈夫大丈夫。うん、もらうよ……ありがとう」
ずいぶんと用意がいいなと、手渡された缶コーヒーを一気にあおる。
「そういえば、ダンジョンで最後に助けた女性の件、さっそく噂になってるみたいですね」
「えっ!」
俺は慌ててスマホを取り出す。
「──本当だ。あー、そうか。確かにそうだよな。姿を消してたのは俺と橘さんだけだから、目撃者には腰布が浮いているように見えたのか」
「でも、さすが思水さんです。一切撮影ドローンには映ってないようですね」
「まあ、それぐらいはね」
この程度は配信キャンセル界隈の住人としては、たしなみ、みたいなものだ。誇るほどではない。
俺はさらに検索していく。
「ふーん、あの配信者様、カトリーナお嬢様って言うのか。え、としゃ……あー、もしかして揺らしすぎた」
調べていると、カトリーナお嬢様は不名誉なあだ名でバズり中のようだった。
腰布を開いたときの姿を元に、ゲロリーナお嬢様と心無いあだ名がつけられている。すでにミーム化っぽい動きまで出ていた。
もう、ネット上では本格的に拡散されつつあるようだった。
俺はいくら救助のためとはいえ、申し訳ないことをしてしまったかと後悔の気持ちが沸き上がってくる。
そんな俺の顔色の変化は、橘さんにも気づかれてしまったのだろう。
「嬉しいもの、なんでしょうかね。配信者の方と言うのは、こうやって認知されていくのが」
「え、さすがにそんなことはない──いや、もしかすると、そうなのか?」
橘さんはたぶん俺を慰めるために言ってくれているのだろう。だから俺もあえてその可能性も考えてみる。
カトリーナお嬢様という配信者様はどうやら長年、人気が出なくて燻っていたらしい。
だから、若い女性とは言え、吐瀉物ネタではあれど、広くネットで認知されるのが、もしかしたら嬉しい可能性もある、かもしれない。
本当のところは配信キャンセル界隈の俺には伺い知れないが──。
「さ、思水さん。あともう一息ですし、運転頑張ってください」
「お、ああ──そうだな。出発するか」
考え込みそうになったところで、ちょうど橘さんから、声をかけられる。
俺は気持ちを切り替えて、運転を再開するとパーキングエリアを出発するのだった。




