第33話 運び方
「お、お知り合いではないです……」
俺は思わず敬語で答えてしまう。微笑みを称えたまま、首をかしげる橘さん。橘さんの片目が、俺の目の前にくる。
「いま、トリさんとお呼びされましたよね」
「よ、呼びました──いや、でも、お知り合いってほどではなくてね……前にこのダンジョンに来たときに絡まれたんだ」
「絡まれた」
「そうそう、その時に勝手に名乗ってきたから。でもほら興味もなかったんで、名前も、うる覚え。たぶんもう少し長かった名前のはず」
「興味、ないんですね。ふーん」
俺の瞳を至近距離で覗き込んでいた橘さんがそこまで聞いてもとの姿勢に戻る。
開いた視界に別の赤鬼が近づいてくるのが見える。それも数体いる。
ただ、俺たちは透明化しているので、足元のグレーワームの粘液まみれの配信者様を狙っているのだろう。
俺は橘さんと話ながら片手間に赤鬼たちを撲殺していく。次々に煙になっていく赤鬼たち。
ころころと魔石が落ちていくのを、俺は拾うと橘さんへと渡していく。
「ほら、その壺に試すのに他のモンスターの魔石があるといいんじゃないかな」
「──はい、ありがとうございます、思水さん」
足元の粘液まみれの配信者様と、俺から渡された魔石を交互にみて、優しげな笑みで答える橘さん。
さっきと変わらないはずの笑みなのに、俺は思わず安堵のため息がこぼれそうになって、慌ててそれを抑える。
そうしているうちにも赤鬼は次々に現われてくる。
「あ、ドロップアイテム! って、こん棒じゃないのか」
赤鬼だけにてっきりこん棒かと思ったのだが、出てきたのは虎柄の布だ。鬼の腰布だろうか。微妙に臭うような気がする。
「なんだかきりがないな……急いで出たいんだけど」
「本当ですね。赤鬼の巣なのでしょうか?」
「そうかも」
「その方はどうされますか?」
「まあ、意識ないみたいだし、他の配信者がいるところまでだったら運んでもいいかな?」
ちらっと橘さんの様子を見るが、優しく微笑んでいるだけだ。
「──はい。私は、おりましょうか?」
「あー、大丈夫。ちょうど布がドロップしたし。ドロドロだからあんまり触れないようにこうして……」
何枚かドロップしていた赤鬼の腰布。大きめのモンスターだからか、布も大きい。
そのうちの一枚を広げると、別の一枚を使ってドロドロが手につかないように気をつけて布の上に配信者様を移動させる。
「こんな感じでここを結んで──できた」
風呂敷風に腰布で配信者を包んだのだ。片手で持てるように取っ手つき。
「よっと」
布の取っ手部分をもって、持ち上げてみる。明らかに重たいが片手で持てなくはない。
左手でぎゅっと抱きついている橘さんを支え、右手で荷物を下げる感じでドロドロの配信者様を持つスタイルだ。
途中で目が覚めてもいいように、しっかり顔までおおっている。
「少し、匂いますね」
「腰布だしね。帰ったら手を洗おう」
「はい。動けますか?」
「余裕余裕」
俺はそう答えると今度こそ外へと向かって走り出すのだった。