第30話 壺
遠ざかっていく悲鳴を聞くとはなしに聞きながら、俺たちは魔石を取り出していく。
──悲鳴が遠ざかっていくってことはとりあえず命は助かったのかね。とは言え、あんな大声を出してたら別のモンスターを惹き付けるだろうに。あ、もしかしてトレイン系の迷惑配信者様か?
走りながらモンスターを集めて引き連れる、いわゆるモンスタートレインという迷惑行動がある。
迷惑配信者様の中には、どれだけモンスターを集めれるかを配信するものもいるのだ。
──遠ざかっていくから、とりあえず橘さんが危険にさらされることはない、か。
俺のすぐとなりに座り込んで、楽しそうに魔石を吟味している橘さんを見ながら、俺はそんなことを考えていた。
──まさか、単にストレス解消でやっていた探索で、こんなに誰かを守らなきゃと思うようになるなんてな
不思議な気分だった。決して嫌ではないのだが、自分の変わりっぷりが可笑しくて笑ってしまう。
「どうされたんですか、思水さん?」
橘さんが、俺をみて笑いながらも尋ねてくる。
「いや、なんでもない。とりあえずどれもグレーワームの魔石だし、まずは入れてみようか」
「はい! これとこれにしようと思います」
そういって橘さんが指先したのは特に大きな二つの魔石だった。
「あの、思水さんもひとつ入れてみてくれますか?」
「うん? いいけど?」
「はい」
そういって魔石を一つ渡される。
確かに互いに片手を繋いだままだから、その方が入れやすい、のかもしれない。
「せーのっでお願いしますね」
「はいはい」
「せーのっ」
俺たちは魔石を同時に壺の入り口のところで離す。
カランコロンと魔石が壺の中で転がる音。
次の瞬間だった。
壺がぴかっと短く光る。
「あっ」
「おお、何か反応したね」
「の、覗いてみていいですかね」
「俺から見よう」
「わかりました」
「──液体、だな。液体になってる──あ、橘さん、離れて。少し動いた気がする」
「わ、わかりました」
俺たちは壺から急いで離れると、その様子を見守る。
「──あの、思水さん、動いたというのは」
「あれだ」
そっと俺の耳元で囁く橘さんに、俺が壺を指差す。
次の瞬間、壺からポンッと飛び出してくるものがあった。
それはぽちゃっと音を立てて壺の前の地面に着地する。
拳サイズの、球体。まるで水滴のような見た目。
「どうやら、スライムが、出来たみたいだね」
俺はポカンとしている橘さんに、そう告げるのだった。




