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配信キャンセル界隈のワイ、ダンジョン探索でストレス解消してただけで最強に  作者: 御手々ぽんた


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第26話 田中幸子2

「今日もいるよ」「ああ、妄想お嬢様ね」「なにそれ?」「知らない? ほらあの縦ロールの。あれでベテランなのよ」「聞いた聞いた。突然力が沸いて下層まで行ったけど、そこで力が抜けてボロボロになりながら帰ってきたって吹聴してたのよね」

「ふーん。それ、配信してなかったの?」「撮影ドローンも置き去りにするぐらい速く走ったって自慢してたわ」「うわー、嘘くさ」


 女子五人組の配信者グループがそんなことを小声で話ながら、通りすぎていく。


 ──丸聞こえなんですけど。ふん、カトリーナお嬢様はあんな小娘どものさえずりなんて、気にしませんことよ!


 せめてキャラになりきっていないと、心の平穏が保てないぐらい追い詰められていた田中幸子は、そうやって自分を励ます。


 キャンセル撲殺おじさんに逃げられてからの幸子は、不幸続きだったのだ。


 突然感じた、滾る力に導かれるように至った下層。

 しかし、そんな力の滾りも、キャンセル撲殺おじさんに逃げられてしまってから、ふっとさめてしまったのだ。


 そこからの帰還は、本当に命がけだった。行きはあれほど簡単だった道行きが、まさに死地と化したのだ。

 それでも僅かに残っていた滾りの残滓で何とかたどり着いた地上。


 そこで待っていたものも、逆風だった。


 ダンジョンを出て、顔見知りの配信者数人に、あったことを話したのだ。幸子としてはありのまま伝えただけなのに、嘘つき呼ばわりされる始末。


 それに拍車をかけたのが、その時の様子を撮影、配信できていなかったこと。そこで意地になってSNSに愚痴を書き込んだのも良くなかった。


 そんなわけで、今の幸子は、妄想お嬢様として、プチ炎上中だった。


 ──今に見ていなさい、庶民ども。カトリーナお嬢様は負けませんことよ!


 そんなわけで、汚名をそそぐためにも、幸子は再びキャンセル撲殺おじさんに出会い、再びあの力の滾りを感じようと日々、穢之島ダンジョンの入り口に張り付いていたのだ。


「次こそは絶対に逃しませんは、おじさま……。幸子と、いえ、カトリーナお嬢様と、今度こそ、幸せになりましょうね──」


 ぶつぶつとキャラに則った台詞を呟き続ける幸子。

 プチ炎上のストレスは、確実に幸子の心を蝕みつつあったのだ。


 穢之島ダンジョンに、再びキャンセル撲殺おじさんが来るとは限らないという可能性。それを、冷静に把握出来なくなるぐらいには、幸子の判断力は低下していた。


 そんなときだった。


 幸子の鼻の穴が大きく膨らむ。

 訪れたのは、嗅覚受容体を刺激する、待ち望んだ匂い分子の刺激。それが、幸子の脳を激しく揺さぶり、全身に電流が駆け巡る。


 幸子のユニークスキル、マイスイートダーリン(絶対嗅覚記憶)が、山門思水の匂いを、捕らえたのだ。


 それはちょうど思水が橘さんをお姫様抱っこして、姿を消した瞬間の出来事だった。


「滾る……滾ってきましたわ……はぁ……はぁ……おじさまが、いるっ!」


 大きく口を開き、息を力一杯、吸い込む幸子。

 その場にある思水の匂い分子をあらん限り吸い込もうとするも、幸子の思惑とは裏腹に、その空気中の匂い分子量が減り始める。


「おじさま、が行ってしまう? え、まって。まってくださいましー! おじさまっ!」


 大声で騒ぎ出す幸子に、周囲の他の配信者たちが奇異の眼を向けると、下卑た視線と共に、それぞれの持つ撮影ドローンを幸子へと向け始める。


 動画再生数を至上とする彼らにとっては、幸子の醜態は格好の撮影材料だったのだ。


 そんな周囲からの歪んだ欲望を気にした風もなく、幸子は己が体内を駆け巡る滾りに促されるままに、走り出す。

 それは、見る目があるものが見れば、ユニークスキルに操られかけていると判断して危惧したであろう。


 しかし残念なことに、幸子の周りにいるのは、欲望に身を任せる配信者だけだった。


 幸子は、そんな周囲の全てを振り切るように、爆走を始める。

 今回も、撮影ドローンを置き去りにして。



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