第24話 side 橘いちか1
「あ、砕けました!」
「良かった良かった。それで、どう?」
思水さんが、さっと私の手の上から、手を退けながら尋ねてくる。
別にそのままでも良いのに、と思いながらも、顔には出さないように注意をしつつ、自分の体調を確認していく。
──たしか思水さんは、魔石を砕くと、リフレッシュできる、とおっしゃっていたけれど……
特にそのような感じはしない。
どちらかといえば、木の枝を無駄に振り回してしまったせいで、さっきより疲れている気がする。
──聞き間違い? そんなはずはないわ。思水さんの言うことは一言一句聞き漏らさないようにしているし。でも、どうしよう。ここで何も感じないというと、せっかく高価な魔石を譲ってくれた思水さんに、申し訳がたたない……
私は思わず、再び不安な気持ちが沸き上がり始める。それを必死に抑える。
思水さんは、私のユニークスキルを有用だと言ってくれてはいた。けれど、先ほどのモンスターに存在がばれたのは、大きな失点だった。
ただでさえ、探索者に成ったばかりの初心者。せめて使えそうだったユニークスキルも、二人で検証していくと、欠点がポロポロ出てくる始末。
今が、思水さんとパーティーを組めるか否かの、瀬戸際だろう。
そんなタイミングで、思水さんをがっかりさせてしまいそうなことを口にするのに、ためらってしまう。
──ううん、そうじゃない。ここで適当なことや嘘を言うのは違うもんね
「ごめんなさい、思水さん。せっかく高価な魔石を譲って頂いて、砕くのも手伝って下さったんですが、思水さんの言うような効果は感じられませんでした──」
だから、私は素直に感じたままを告げる。
思水さんが、がっかりした顔をしても受け止めようと決意して。
そんな私の予想に反して、思水さんは不思議そうな、しかしとても興味深そうな顔をしている。
「それは、面白いな。──あ、こっちこそごめんね、面白いなんていってしまって。ただ、個人差があるのか、もしくは保有するスキルの差なのかなって、ちょっと思ってね」
そういって穏やかな笑みを見せてくれる思水さん。
見ているだけでとてもホッとする笑みだ。
「魔石の件は追々にしようか。橘さんが嫌じゃなければ、今後も手伝うから砕いてみてくれる? 続けると何か変化を感じるかもしれないし」
「今後も、ですね。わかりました!」
思わず弾んだ声で返事をしてしまう。それも仕方ない。
──だって、まるでこれからもずっと一緒に探索を続けるような口ぶりなんだもの。でも、思水さんも名前で呼んでくれれば良いのに。
私だけが名前で呼んでいるのが不公平だなと思いつつ、それは欲張りすぎかと、自分を戒める。
「さて、最後の、そして一番重要な確認をしてもいい?」
「隠連慕ですね。わかりました」
何をするんだろうと思いながら、思水さんの指示を待つ。
思水さんは車にいくと何やら機材を出してくる。
「それは、もしかして配信用の?」
「そう、管理機構からレンタルしてきた。一番安いやつだけどね。ええと、設定は大丈夫、と」
私は準備をしている思水さんを不思議そうに見てしまう。
「思水さんて、配信とかあまりお好きでないと思ってました」
「うん、好きじゃないよ。でもまあ、これぐらいの設定ならマニュアル通りにやればできるしね。何より、よく知らないと対策も取れないじゃん。そこら辺はモンスターと戦うのと似てるかもね。敵を知り己をしればってやつ──よし、出来た。橘さんもいい?」
「はい」
そういって私は手を差し出す。実はこの瞬間が好きだった。
──さっきはちょっと敏感になっていて、変な声をあげちゃったけど。今度は大丈夫。
それでも、きつめに唇を結んでおく。
思水さんが私の手をとる。
思水さんの手は、ごつごつとしていて堅いのに、不思議なほどその動きは繊細だ。そして、まるで私の手が宝石のように優しく扱ってくれるのだ。
思わずぽーとしかけるのを、意識してしっかりとさせておく。
「じゃあ、二人分、姿を隠すのと音を消すのを。順番に」
「わかりました。姿を消します──」
「──いいよ。じゃあ次に音を」
「──消しました」
「互いの声は聞こえるみたいだね。良かった。おっけー。これぐらいで」
「あの、思水さん。これは、なんの検証だったんですか」
「もちろん、スキルの発動中に撮影されるとどうなるかの検証」
そういって撮影機材の元へといく思水さん。その表情はこれまでで一番真剣だった。
たぶん、配信嫌いな思水さんには、とても大切な確認なのだろうと思いながら、私もそっと背後からついていく。
一生懸命機材を操作して確認する思水さんのその広い背中に、私はうっとりと見とれるのだった。
 




