第22話 実地検証
「これで一応、橘さん一人で使用する隠連慕の検証は全項目、終わりだな」
「……そ、そうです、ね」
ぎゅっと右手の拳を握りして、その手を左手でおさえるようにして胸元に抱き込みながら応える橘さん。
嗅覚と触覚の検証で予想外の結果が出たが、その後の分は、順当に終了した。
検証を終えて顔を赤らめてもじもじとしている橘さんの方を、俺もまともに見られない。
──結果的にはどうも、視覚聴覚とそれ以外で、スキルの効果というか、隠せる対象範囲が微妙に違うってことだよな。
俺は努めて冷静に、そして橘さんから微妙に視線を外しながら結果をまとめていく。
下手に見てしまうと、ついつい先程の出来事を思い出してしまいそうになるのだ。
「あー、橘さん?」
「は、はいっ!」
「モンスターが来る。折角だから、試してみようか。俺の姿も一緒に消してみてもらえるかな?」
「わかりました」
左手を伸ばしてくる橘さん。
俺はそれをちらりとみて、言うか迷う。しかし、最大限の安全を考慮するなら、言うべきかと、心を鬼にして告げる。
「──ごめん。殴るのに右手を空けたいから、逆の手を」
「わ、わかりました──ひゃっ……発動、します……」
手を握ってすぐさま、隠連慕を発動してくれたらしい。
ただ、ユニークスキルの発動に関しては、特に何も感じられなかった。自分の姿も橘さんの姿も、俺からは見えたままだ。
──触れている相手も、隠連慕の精神操作の対象外ってことか。
ほんのりと湿ったままの橘さんの右手を握りながら、音を立てないようにじっとしていると、モンスターが現れる。
虎のモンスターだ。
前に、橘さんを助けた時に遭遇したのと同じタイプのモンスターだった。
──ちょうどいいな。どれくらい近づけるかやってみるか。
ゆっくりと歩く虎のモンスター。
犬系のモンスターに比べれば嗅覚は落ちるだろうが、実際に隠連慕がどこまで通用するか試すにはうってつけだった。
俺は握ったままの左手を少し持ち上げ、橘さんの注意を引くと、右手で虎のモンスターを指差し、近づくことを示す。
軽く頷いて答えてくれる橘さん。
足並みを揃えて、俺たちはゆっくりと歩きだす。
その時だった。
のしのしと歩いていた虎のモンスターがピタリと歩みを止める。
大きな猫耳がピクピクとしている。
──あ、きづかれた
俺はとっさに橘さんの手を離す。
虎のモンスターから見たら急に目の前に俺が現れたように見えたはずだ。
モンスターなのに、驚いたのがわかる。
俺はその一瞬の隙をいかそうと、全速力で駆け寄る。虎のモンスターの反応は鈍い。攻撃をしてこようとしているが、全てが遅かった。
爪を振るおうとしている虎のモンスターだが、まだ動き始めも良いところ。
──これは、楽勝すぎる。凄いな、隠連慕は……
感嘆しながら、俺は虎のモンスターの懐に飛び込むと、渾身の右フックを虎のモンスターの頭部へと叩き込むのだった。




