第21話 検証3
「では、次は触覚を試します」
「わかった」
それも、一応は事前に決めていた検証の順番だった。
そして、隠連慕のこれまでのスキルとしての性質上、触覚の場合は、橘さんが触れても、俺がそれを感じなくなるはずだった。
おずおずと、俺の伸ばした手を自分の手で握る橘さん。
それは不思議な体験だった。
目で見ている分には確かに触れられているのに、何も感じないのだ。
「何も感じないね」
「わ、わかりました──続けます」
ゴクッと喉を鳴らす橘さん。緊張が伝わってくる。
「あー。本当に、無理はしなくていいからね?」
「大丈夫です」
繋いでいた二人の手。今度は橘さんが指を俺の指の隙間にいれてくるのが、見える。
いわゆる恋人繋ぎというやつだ。
それでも俺は一切触れられているのは感じない。
ただ、指と指が勝手に押し広げられていくのは感じた。
目を閉じると、それはいっそう不思議だった。
何もないのに勝手に指が動かされていくのだ。
「まあ、やっぱり動くのは、感じるな……」
「そ、そうなん、ですね……」
「あのさ──」
「つ、次は軽く肩をはたきます。後ろにまわりますね」
「──お、おう」
俺の後ろに回り込んだ橘さんが、俺の左右の肩をランダムに叩いていく。
「触れられてもわからないけど、やっぱり勝手に体が動くと、それが違和感としてわかるよ」
「わかりました。だとすると、武器の種類は再考がいりますね」
「だな」
「で、では次は嗅覚をお願いします──」
そういって俺の前に戻ってくる橘さん。
そっと髪を掻き上げて首筋を差し出してくる。
「本当に、無理には──」
「だ、大丈夫ですから」
「わかった────」
「────あの、そろそろ。どうでしょうか」
「いや、普通にシャンプーと、あと、たぶんだけど、そのボディスーツの布の匂いがする」
「え……あの、それではこれではどうですか?」
「あ、匂いが変わった。良いにお──いや、その、なんでもないっ」
そこで俺たちは、ばっと、二人して身を引くように離れる。
俺はそのまま顔を思わず手でおおってしまう。
たぶん、途中で橘さんは隠連慕の嗅覚を隠すのを、止めたのだろう。
それで匂いが変わったのだ。
俺が変なことを言いかけてしまったタイミングで、匂いに橘さん本人のものが混ざったのだと推測できる。
つまり、隠連慕では服やシャンプー、香水の匂いは隠せないのだ。隠せるのは本人の匂いだけ、となるようだった。
「──これは、その……盲点だったな。すまないが、隠連慕で触覚を隠して、なにか物で俺に触れてみてもらえるかな」
「あっ! は、はいっ!」
俺は努めて冷静なフリをして、そう告げる。そして、俺の意図に橘さんもすぐに気がついたようだった。
実際にこれは、なかなか重要な点だった。
視覚では、橘さんの服装に関係なくその姿を隠せたし、聴覚でも橘さんの靴が地面を踏む音はしなかったのだ。
嗅覚だけ、自分自身の匂いしか隠せないのか、触覚も武器での接触は相手に感じられてしまうのかは、今後のユニークスキルの運用において、重要な岐路となる。
キョロキョロとしている橘さん。
何か俺に触れる物を探しているのだろう。
「あー。その辺の木の棒とかでいいよ」
「はい、わかりました」
慌てた様子で茂みにいく橘さん。
すぐに戻ってきたその手には、しっかりとした太さの、なかなか大きめな木の枝を持っていた。
「では、失礼します。えい」
両手で枝を振りかぶった橘さんが枝を振り下ろす。
「いて」
「あっ! ご、ごめんなさい!」
「あー、大丈夫大丈夫。ただ、物で触れるのは隠連慕の対象外、みたいだな」
「そうみたいですね」
枝を抱えたまま、真剣な顔をしている橘さん。俺も予想外の結果に、頭をひねるのだった。