第20話 検証2
俺たちはすぐそこのダンジョン領域まで歩いて移動していた。一応、俺が先導している。
「ここから、ダンジョンだな──」
分かりやすいように、ダンジョンの縁にポールが立てられていた。
とはいえそれだけだ。管理機構のスタッフの姿も見えない。
まあ、もともと不遇なダンジョンだったので俺は馴れたものだが、橘さんはあまりの簡素さに、少し不思議そうだった。とはいえすぐに気を取り直した様子で告げてくる。
「始めます」
「よろしくお願いします」
検証の順番も、事前に話し合っていた。
まずは橘さんが一人で視覚から順々に隠連慕を発動させていく。
次の瞬間だった、本当に直前までそこにいたはずの橘さんの姿が見えなくなる。
「どうでしょうか?」
橘さんの少し不安そうな、でもちょっとだけ得意げな声。
「いや、凄いな。本当に見えない」
俺は少しずつ左右に移動しながら声の元へと視線を向ける。
すると不思議なことに気がつく。
「──橘さんの隠連慕は、物理的な意味で本当に透明になるわけではない、みたいだな」
「すいません、どういうことですか?」
「たぶんだけど、視覚の場合は、周囲の存在の死角に強制的に入るような感じな気がする。こうやって移動しながら橘さんが居るはずのところを見ているとさ。視線をうまく向けれない場所がある」
「それは、視線の向けにくさで居場所がばれる可能性がある、ということですか?」
「鋭い。そう、その可能性はある。あと、たぶんだけど隠連慕は広範囲対象の精神操作系スキルに近そうだ」
今度は、俺はゆっくりと声のした方に近づいていく。
すると、視線を向けにくい場所が広がるのに、それを意識しにくくなっていく。
「精神操作、ですか……」
今度は、橘さんもあまりぴんと来ていない様子だ。それも仕方ないだろう。俺は、モンスターから何度か精神操作系の攻撃を食らっているので体感的にどういうものかわかるが、日常生活では絶対にない経験なのだから。
「そう、スキルとしては良くできていると言えるよ。近づくほどに影響が増す感じがするから。さっきの視線が向けにくい違和感自体も、近づくと薄れていく感じ」
「なるほど──中距離が、一番危険ということですね」
「……そうだね」
橘さんのその返答に、良いセンスしていると俺は感嘆する。もし彼女が得たのがユニークスキルで無くても、探索者としても大成しそうだ。
「じゃあ、次にいってくれるかな」
「わかりました」
ぱっと、橘さんの姿が現れる。
それは、本当に唐突だった。まるで手品のようだ。
ある程度、橘さんが居るはずの場所に目星をつけていたのに、俺は少しだけ驚いてしまう。
「少し話したり、音の出る動きをしてくれるかな?」
「──」
何も聞こえない。しかし口の動きで返事をしてくれたのは見える。
そのまま口を閉じ開けしたり、その場でジャンプしたり、手を打ち合わせたりする橘さん。
そのどれもが無音だ。特に、ジャンプして靴が道路につくのに音がしないのは朗報だった。足音も完全に消えるのだから。
「そのまま、ジャンプしててくれるかな」
「──」
俺は素直に跳ね続けてくれる橘さんの近くまでくると膝をつき、道路に手をつく。
そして次に顔を下げると片耳を道路につける。
俺の顔のすぐそばでは、橘さんが跳ね続けている。
たまたま顔の向き的に、真下から跳ねる橘さんを見上げるような姿勢だ。
すると、跳ねている橘さんと、目が合う。
橘さんの顔が、真っ赤だ。それでも両手で自分の体を隠すようにしながら、律儀に跳ね続けてくれている橘さん。
そこで、俺もようやく自分が何をさせているのか理解する。
「ご、ごめん! もう大丈夫」
「──」
慌てて手で自分の顔を隠すと、立ち上がり急いで距離をとる。橘さんの装備がボディスーツとはいえ、いや、ボディスーツだからこそ、今のはよろしくなかった。
「──あの、何かわかりましたか?」
隠連慕を解除したのだろう。橘さんの声が聞こえる。しかし今度は姿が見えなくなる。
隠連慕で死角に入ったのだろう。
俺はほっとする気持ち半分と、恥ずかしがらせてしまって申し訳ない気持ち半分を感じながら、わかったことを端的に告げる。
「地面に振動は伝わっていた。ただ、それを音として知覚できなかったよ」
「それも、精神操作系ということですね」
「そうだね。とりあえず一人での検証はこれぐらいにしておこうか?」
俺はそう提案する。
このあとの検証は色々とハードルが高いのだ。当初の予定でも最低限は、この視覚と聴覚の二つの検証、と決めていた。
「──いえ、続けさせてください。隠連慕が精神操作系スキルになるのでしたら、あと三つも、当初の予定より使用する可能性が上がるはずです」
姿を現して、合理的な判断を告げる橘さん。
しかし橘さんの顔は、まだまだ上気したように赤かった。




