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第16話 お礼とお願いと

「ここ、か……。今どき、こんな豪邸、あるんだな……」


 俺はスマホで改めて確認するが、間違いない。周囲は閑静な住宅街。大きめのお家が立ち並ぶ中でも、俺の目の前にある家は一際大きかった。


 俺は橘いちかさんの実家に、お呼ばれしていたのだ。

 どうも、連絡先を交換したときに言っていた、お礼をしたいと言うのがこれ、らしい。


「スーツで来て、良かったんだよな……?」


 最初は丁重にお断りするつもりだったのだが、どうも橘さんの実家へのお呼ばれというのが、俺の本業の仕事の関係で、断りにくかったのだ。

 橘さんのご両親は二人とも、俺の本業の方の取引相手関連の、お偉いさん、みたいなのだ。

 それもかなり上の方の。


 ──気軽にお断りする前に軽く調べておいて良かったけど。社会人も、辛いぜ……上昇志向の強い人間とかなら、繋がりが持てるだけで狂喜乱舞するんだろうけど。俺はそういうのあんまり興味ないしな。無難にやり過ごせれば、いいや。


 俺が気合いを入れてチャイムを鳴らそうとしたときだった。

 ドアが開く。


「思水さん! 本日はようこそいらっしゃってくださいました!」


 現れたのは、橘いちかさん、本人だった。

 まるで待ち構えていたかのようなタイミング。

 その装いも、私服とは思えない楚々としたフォーマルっぽいワンピース風の服だ。それをさりげなく完璧に着こなしている。


 ──やっぱりスーツできて良かった……。変な服着てこなくて……


 橘さんのその服装を見ただけで、気が引き締まる。本物のお嬢様感が凄い。

 ふと、この前、穢ノ島ダンジョンで絡んできた例の配信者様を思い出す。今、目の前にいる橘さんに比べてしまうと、トリ何とかさんが、いかにエセお嬢様キャラなのかが、今なら良くわかる。


「お邪魔します……」


 俺は優雅に微笑んでいる橘さんを待たせるのも失礼だと、急いで門の中へと入るのだった。


 ◇◆


「ふぅ……」

「あの、すいません。逆に疲れさせてしまいましたよね……」

「あ、いや、そんな。とても美味しいお食事でした」


 俺たちは庭に面したテラス席にいた。


 会食で供された食事は本当に美味しかった。一流レストランもかくやと言う味で、乏しい知識ながらも、普通に食べようとすればきっとたぶん目玉の飛び出る値段になるだろうというのは間違いない。


 同席された橘さんのご両親は始終にこやかで、会食自体もとても和やかに進んだ。


 橘さんも若いだろうに、その立ち振舞い一つ一つが洗練され、立派だった。本物の良家の子女というのを、目の当たりにした気がする。


 そして会食で、橘さんのお父さんから話される話題はどれも面白くて、そしてさりげなく俺についてもかなり深い部分まで調べているのが、言葉の端々から何となくわかった。


 それも、ここら辺のレベルの人達になると、それも仕方ないだろうと、俺ですら思う。


 そして最後の方に、手ずから一枚の名刺を渡されたのだ。「娘の命の恩人たる山門さんに、何か困り事があったらいつでも相談にのります」と言うお言葉と共に。


 そのときは、思わず手が震えた。


 俺程度のレベルの人間の悩み事なら、たぶん本当にどんなことでも何とか出来るんだろうなと、思ってしまったのだ。

 その電話番号だけが書かれた、たぶん超、高級そうな紙製の名刺。それを震える手でそっとしまい込みながら、お礼を告げていると、俺の挙動不審っぷりを見かねたのだろう。

 橘さんがこのテラスへと誘ってくれたのだ。


 正直、今は、ちょっとほっとしていた。


「──よろしければ、お茶をどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 橘さんが手ずから入れてくれた番茶を、ゆっくりと飲む。

 俺のお茶の好みまで筒抜けかと、笑ってしまいそうになる。俺がそれをお茶を傾けて隠していると、テーブルの向かいに座った橘さんが真剣な顔で話しかけてくる。


「思水さん、今日はお礼の他に、実はお話がありまして──」

「え、はい」


 俺はなんだろうと首を傾げる。


「実は私、探索者のライセンスを取ったんです」


 唐突にそんなことを言い出す橘さん。そういって机に探索者証を置くと俺の方にそっと見せてくる。確かに橘さんの名前がそこには書かれていた。

 そしてじっと橘さんが俺の目を真剣な眼差しで見つめると、意を決したように口を開き、告げる。


「思水さん、私とパーティーを組んではくれませんか?」

「はいっ!?」


 俺は今日一番の変な声をあげてしまうのだった。





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― 新着の感想 ―
テンプレとして驚いた「はいっ!?」が承諾ととられるパターンがあるよね
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