第15話 携帯
「不思議だ……重さをほとんど感じない」
俺は、穢ノ島ダンジョンを抜けようと地上へ向かって疾走しながら呟く。
先ほどのカメさんからのドロップアイテム、錆びた金属の塊を片手で肩に担いでいるのに、全然重くないのだ。
そもそも、質量自体をそんなに感じなかった。
今の俺ぐらいの速度で走っていると、普通の金属ならもっと俺の体を振り回すように慣性がかかるはず。
それなのに、「これ」は全然走るのに邪魔にはなっていなかった。
それなのに、だ。
走りながら試しに「これ」を軽く素振りしてみる。
次の瞬間、「これ」は確かな質量をもって俺の手の中で暴れまわるように躍動するのだ。
俺は慌ててきつく握り込む。そうしないと、遠心力で手から金属の塊がすっぽ抜けそうになる。
「──いい、振り心地だ。これは次の撲殺が楽しみだな。そうだ、名前は錆丸にしよう」
俺は走りながらカメさんのドロップアイテムにそんな名前をつける。
エイ棒に続き自分でも安直な名前だと思うが、こういうのは気持ちの問題なので、安直なぐらいが覚えやすくて良いのだ。
そうして素振りしていると、ついつい先ほどのことも思い出してしまう。
──そういやなんで、あの時俺は九個目のカメさんの頭を潰すのに間に合ったんだろう。体がいつもより軽かった? それか、もしかしたら、誰かを助けようとしたから?
そんなまさかと思いつつ、可能性は捨てきれない。
とはいえ、ダンジョン配信キャンセル界隈の俺は、基本的に一人だ。
ほかの探査者はほぼ全て配信をしている配信者様しかいないのだ。
誰かと一緒にパーティーを組むなんて、俺にはどだい無理な話だった。
──カメさんから助けたあの女性配信者……ないな。無理無理。
「そういえばなんか名前を名乗ってたよな。なんだっけ……トリ? カトウ? ま、いっか」
そこで出口が近づいてきたので、考えるのをやめる。他に考えないといけないことがあるのだ。
出口が近づいてくると当然、他の配信者様が増える。
基本的には仮面を被ったまま走り抜けるしかないのだが、ダンジョンを出た後のことを考えると、錆丸は目立つのだ。
「ダンジョンを出て、観光客に紛れたところで仮面を外せば良いかと思ってたけど、その時こんな大きな錆の塊をもってたら意味ないよなー。なんか注目されてるし。万が一、錆丸を目印に車までつけられたらヤバい」
色々と対策を考える。しかし妙案は出てこなかった。
「うーん。いっそ、錆丸をここに捨ててくか。一回ぐらいこれで撲殺してみたかったけど、仕方ないね」
そう、呟いて錆丸をぽいっとしようとした時だった。
まるで俺の独り言が聞こえていたかのように、錆丸がピクッと震えると俺の手の中でスルスルと縮み始める。
「おっ、あっ──えぇ?」
思わず変な声をあげてしまう。
すっかり小さくなった錆丸は、もう俺の指先から肘に届かないぐらいまで縮んでいた。
「すげー。こんなドロップアイテムもあるんだ。錆丸、優秀だ──」
この長さなら、十分服のなかに隠せるなと、さっそくしまってみる。
「いいな。──錆丸、大きくなるなよ」
俺は言い聞かせるように告げると、入り口付近にたむろしている配信者様達を掻き分けるように駆け抜ける。
さっと探索者証を取り出し、受付している管理機構の女性のところもスムーズに通過。
無事に観光客に紛れることに成功するのだった。
後は車に戻るだけだと、ほっとした瞬間だった。ズボンに振動を感じる。
──まさかっ
ヒヤッとする。錆丸がまさか元のサイズに、と言う嫌な想像が頭を過る。
慌てて確認すると、幸いなことにスマホが通知で振動しただけだった。
──良かった……社会的に終わるかとおもった……
安堵して取り出したスマホを見る。どうせ何かのアプリの通知だろうと思って開いたスマホ画面。
そこには、橘いちかさんから連絡が来ていた。




