第13話 限界を超えた先
「良いね良いね、めっちゃ楽しい」
俺はカメさんと結構な時間、戦っていた。かなり殴り応えがあったのだ。
カメさんは、九個ある頭を蛇のように、うにょうにょと伸ばして叩きつけて攻撃してくる。倒すには、どうやらその頭を一定時間内に、全て叩き潰さないといけないようなのだ。
時間が経つと、潰したはずの頭が一斉に生えて復活してくるので。
俺は今のところ、あと二個のところまでは潰せていた。
いまもちょうど時間切れで、潰したはずの七個の頭が生えてきて復活したところだった。
「叩き潰し放題じゃん。それにエイ棒君も調子がいい」
しなるのが良いのか、ほぼ全力で振るってもエイ棒は今のところ壊れていなかった。殴るときの感触も申し分ない。
──よし、次は足運びを少し調整して、あとは出来るだけ攻撃を引き付けて、カメさんの頭を集めるようにしつつ……
そうやって撲殺する工夫をしていくと、潰せる数と言う、目に見えての進捗が分かりやすいのもまた、素晴らしかった。
たぶん、このまま、首が復活する制限時間内に、あと残り一個まではいく算段はついた。
ただ、その先は、俺にも未知の領域だ。
撲殺にも、まだまだこんな奥深い部分があるのかと、わくわくが止まらない。
俺は早速、目標を頭、八個潰しで挑戦を始める。
目論み通り、順調にカメさんの頭を潰していく。
「よし、これで八個目!」
俺がカメさんの頭潰しで新記録を更新したその時だった。
邪魔が入る。
「見つけましたわーっ! キャンセル撲殺おじさまーっ!」
凄い勢いで走りよってくる人影があった。
縦ロールらしき髪が逆立ち、なんだかライオンみたいな迫力のある、ぎり美女の女性だ。
──なんだあれ……どこかで……あ、入り口にいた配信者様? え、ここまで俺を追いかけて来たの……
女性配信者様の接近に気がついたのは、もちろん、俺だけではなかった。
頭が残り一つとなったカメさんモンスターが、ギョロリと瞳を動かす。
次の瞬間、女性配信者様を叩き潰そうとカメさんが最後の頭を振りかぶる。あっちがくみしやすそうと判断したのだろう。
「え、え……っ。そんな、ヤマタノツカイですのっ! きゃあっ!!」
攻撃してくるカメさんに気づいたのか、悲鳴をあげる女性配信者様。その顔に浮かぶ恐怖は、本物だ。どうやらカメさんは名のあるモンスターだったらしい。
そのまま、女性配信者の全身が、叩き潰そうと振るわれたカメの頭の影に、すっぽりと覆われる。
そして、俺は気がつけば走り出していた。
不思議と時間がゆっくりと流れていく。
──あれ、俺、彼女を助けるつもりなのか。幸い、お面はつけたままだけど、彼女の配信に映り込んじゃうかもしれないのに?
そんな自問自答をしながらも、俺の前へと踏み出す足は止まらない。
ダンジョン法にのっとれば、俺は別に彼女を助けなくても、罪には問われない。探索者は基本、自己責任なのだ。
逆に、俺が申告すれば彼女の方が横殴りとして咎められる状況だ。
──申告するには、動画の提出が必要だから、俺には無理だけどね! そういや、彼女の撮影ドローンが見当たらない? もしかして彼女、速く走りすぎてドローンを置いてきぼりにしたのか?
時間がゆっくりと流れている気がするせいか、周囲がよく見える。
うずくまり、恐怖で歪んだ彼女の顔。俺のことを見てくる、彼女の瞳。そして、走り寄る俺を視認したのだろう。
その彼女の瞳が驚きと喜び、そしてあまり見たことのない感情で彩られていく。
俺は思わず、見てはいけない物を見た気がして、もう足元にいる彼女から、視線をそらす。
そんな俺の目の前には、振り下ろされてきたカメさんの、最後の頭。
俺はエイ棒を、横から思いっきりそのカメの頭へと叩きつける。渾身の一撃。
パンッと弾け飛ぶ、カメさんの最後の頭。
それはこれまで俺が体感したなかで、最高の撲殺の手応えだった。