第10話 ストレス
「ああ、ダンジョンに来たのに、余計にストレスが溜まった気がする」
俺は無意識のうちに震える右手を抑える。
あの入り口のお嬢様配信者様との遭遇は特に良くなかった。
身ばれ防止への細心の心配りとか、気を使うことが沢山あるのだ。その上、別の心配もあった。
──あの女性配信者の、飛び越す直前の目に浮かんだ喜悦の色。なんだか嫌な予感しか、しない。粘着系の方の雰囲気が、ビンビンする。
俺は思い出して思わず身震いする。あの手の手合いは、配信者様の中でも俺は特に苦手だった。
そんな俺は、そろそろダンジョン中層に差し掛かる頃だった。ここまでのモンスターは全てスルーだ。殴り甲斐が無さすぎるし、戦っているところを出来るだけ配信者様に撮られたくない。
幸い、ここまでは動きの遅いモンスターばかりで避けるのは造作もなかった。
そんな中層では、配信者様の数はだいぶ、まばらになってきた。
それでも同じフロア内に少なくとも2パーティーはいる。とはいえ俺は索敵系のスキルに恵まれている訳ではない。
ブンブンという撮影ドローンと大声で話している声からの推測だ。
そして、そんな環境では、俺は心ゆくまで撲殺に励むのは難しかった。もちろん、色々と気を付けながら無理をすればモンスターを倒すだけなら出来る。出来るが、それでは意味がないのだ。
何も気にせず。
ただ無心でモンスターを殴り。
殺せる環境。
それこそが、俺のストレスに苛まれた心を癒し、明日への活力を溜められる、心底求める場なのだ。
「あと少しの、我慢だ……。下層にいけば、旨味が全く無いとかで、探索する人間は皆無だって、ネットに……」
ストレスでささくれだつ心を抑え、語気を整え、冷静さを保つ。
「すぅ……はぁ……よし、とりあえずあれだけでも……」
俺は心を落ち着けるために、リュックから市販のトンカチを取り出す。
撲殺のための本日、最初の相棒だ。
「シンプルだが、素晴らしいフォルム。ただなぁ、市販品だからな。如何せん脆い。たぶん、もって数発。だけどちゃんと下層で鈍器をドロップするモンスターは調べ済なんだよな」
自分に言い聞かせるように独り言が止まらない。
一種の自己暗示のようなものだった。
そうして俺はエキストラマンの仮面を被り、トンカチ片手に下層目指して足早にダンジョンを進んでいくのだった。
この溜まりに溜まったストレスを思う存分ぶつけられる、最良の相手を求めて。




