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第二章

第二章


僕はお座敷席に座った

この席からすずらんを眺める。そのつぼみを

店員の少女がやってきた


まるで入院中の婚約者のベッドに駆けよる女性のようにうるんだ瞳で

少女は、おしとやかな黒髪、を、貞淑で上品、に結んでいた

だから駆け寄ったとき、長いポニーテールが左右に大きく揺れた


少女は白いスニーカーを脱ぎ、お座敷に上がると僕の左隣に座った


そして、

沈黙が訪れた

しばらくして、少女は足を崩し、また座り直した


沈黙がつづく

僕は横に座る少女を見た。うなじと、お耳が見える


「そろそろ注文おっしゃったらいかがです?」


少女は僕を見ず、真正面を向いたまま言った

僕はメニューに指をさして言った


「いつも通り、とろろ蕎麦を」


「本日はお時間割いて頂きありがとうございます。

 うけたまわった件は、わたしの胸の中にて」


「厨房にも伝えてもらいたいかな、もし嫌じゃなければだけど」

「では店側に申し伝えます。最後にとろろ蕎麦が食べたい、と。

 わたしたちの気持ちが変わらないうちに」


少女はまるで調布市議会議員に解雇された秘書のような話し方をする


「最後にとろろ蕎麦を、というのはどういう意味の」

「とろろそばが食べたいのでしょう。わたしが理性を失う前に

 それを年端も行かない小娘のわたしがお店に答申します

 わたしでよければ」


「きみにお願いしたいかな」

「ふつつか者ですが、よろしくお願いします。わたしはご覧の通り母子家庭です」


僕は少女の話し方の真似をした

「かたじけない。せめて貴女の名前を教えてくれたら幸甚に存じます」


少女は折り目の細いプリーツスカートのポケットからメモ帳をとりだした

ずっと何かを書いている。円周率を書いているのだろうか


それとも少女なりの婉曲表現で、個人的な事に立ち入って欲しくないと書いているのか

それはさびしいけれどしょうがない。少女の気持ちを変えることはできないのだから

遠くからながめて、癒してもらう。それでいい


僕はメニューを左上から読んで行き、右下の最後のメニュー


      店主のだし巻き玉子 970円


を読み終えた所で少女はメモを書き終えた。そして紙を丁寧に折っていき、

うさぎの折り紙にして僕の手のひらに置いた。まるでピンを抜いた手榴弾を扱うように

少女の手は、音楽大学の鍵盤学科ピアノ専攻に通っている女性の手のような印象を受ける


僕は言った

「それと、お団子も」

「和菓子で良いのですか?ここは歴史の深い深大寺のおそば屋さん

 ですから洋菓子のご用意がございません


 話は変わりますが、一人暮らしです。わたしは。母と別々に暮らしていますが

 同じ調布市内ですから


 お団子の件は店に陳情できます。わたしも同席してよいですか?

 それとも高校時代の友人で、わたしのような黒髪ロングでなく、姫カットの女の子が

 います。

 わたしで良くない?」


「きみで良いよ。姫カットにあまり興味はないし、もうそろそろ注文を厨房の方に」


「洋菓子をご所望なら、京王バスで仙川駅に向かえば、素敵なカフェがあります。

 この後行ってみたらいかがですか

 わたしがお店を出るのは午後2時です」


「でもお団子が食べたいから」


僕はお品書きのお団子の写真を見た


彼女はおへその前で両手を重ね、巫女のように姿勢を正した


みたらし団子、草団子、焼き団子

その中に新しいメニューがある

   

    恋団子


さくら色をしたお団子が連なっている

「恋団子は初めて知った。おいしい?」

「色々な意味でわたしは恋団子の経験がないのです。あなたのせいで

 そしてわたしはあなたの諮問に以下このように答弁します

 

 いい加減、新しい事をしたらどうなの?いつまでもお花を眺めるだけで

 満たされる気持ちが分からない


 お花にもこころがあるの

 新しいことをすると、新しいことが起こる


 何もしなければ、何も起きない。あなたはちゃんと一人で歩けるんでしょ

 だったら歩いて前に進んだらどうなの

 以上を持って、わたくしの答弁といたします」


「新しいことをした結果、新しく悪いことがあるかもしれないじゃないか。

 だけど勇気を出して試してみよう」


「ぜひ感想をお聞きしたいわ。あなたの優しい声で

 それともまた自分の中に留めておくつもりじゃないでしょう

 母子家庭のわたしに」


僕は震える声で感想を伝えると答え、少女は厨房に戻った


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