田舎の終電で自殺しようとする女子高生と小説家を目指す男子大学生
作者が実家に帰って地元の友達と遊んでいて思いついた物語をなぶり書きしたものです。
大学に通うために上京してからはや半年。俺は大学生の魅力の一つである長い夏休みを利用して実家に帰省をしていた。最初はパソコンゲーができなくなることで暇になるかと思っていたが、普段やらないゲーム機で遊んだり、地元の友達と御飯を食べに行くなどをして充実していた。今日も地元の高校に友達と訪問して、お世話になった先生や仲の良い後輩に挨拶をしてきた。そのあとは友達と近くのファミレスでご飯を食べ、二次会でカラオケを楽しんでいた。そのあとドーナッツ屋さんでドーナッツを数個購入して解散となった。
すっかり辺りは暗くなっていた。車を持っている友達は自分で運転をして家に帰り、親が車で迎えに来てくれたやつもいた。珍しく電車を使う奴は俺だけだったため、一人で駅に向かう。上京してからは電車が主な交通手段となっていたが、田舎では都会のように電車は多くは走っていない。それに高い。田舎では中学に上がると同時に自転車を買って、それを高校卒業するまで利用するのが当たり前であったが、都会ではバスや電車を利用するのが当たり前だ。電車にランドセルを背負った小学生が乗ってきたときには驚いたものだ。ここでも都会と田舎の違いを感じる。免許を持っている友達が送ってやると言ってくれたが、申し訳ないため遠慮した。
景色を楽しみながら駅まで歩く。この道は俺が高校から家に自転車で帰るときによく利用していた道で懐かしくなる。お気に入りのレンタルビデオ店がつぶれてしまっていて落ち込んだり、新しくクレープの自動販売機ができていて興奮したりしていると駅についていた。誰もいない静かで小さな駅だ。田舎ではよくある無人駅という奴だ。通っていた高校の最寄り駅で、天気が悪い日や自転車に乗りたくないときは利用していた。
駅の掲示板に張られてある時刻表を見る。次の電車は三十分後。まあラッキーな方だ。おとなしくベンチに座って待つことにする。俺のよくやる暇つぶしは小説サイトで最近はやっているジャンルがどんなものかを確認し、気になったものがあれば読むことだ。そして自分で妄想を広げて本を書くこともある。大学を卒業するまでに小説家になることが夢だ。
面白そうな小説を見つけて読もうとしたとき、コツコツと駅に向かって歩いてくる音がした。田舎で夜遅くに電車を乗る人は珍しいため、どんな人か気になって足音のする方へ視線を向ける。こういうとき多くは老人が多い。失礼になるかもしれないがホラーゲームに出てくるような不思議な雰囲気が纏った人が多いため、今回はどんなタイプだろうと思ったが予想は大きく外れていた。
腰までスラっと伸びた綺麗な黒髪と学校の制服に目を引かれた。しかも制服は俺の通っていた高校の女子用だ。あの独特のデザインのリボンとここら辺では見ない鼠色のスカートだから間違いない。
(こんな時間まで何をしていたんだ?とっくに学校は閉まっているだろう)という考えがよぎった。だが近くの塾で夜遅くまで開いているところがあるのを思い出し、塾帰りだろうなと結論が出た。共通テストに向けて頑張っているのだろう。しかし俺はその女子高生の表情を見て考えが変わった。
目のハイライトがなかった。二次元だけの表現だと思っていたが、現実でも出来るものなんだと驚いた。彼女の表情は何も将来に期待していない虚無な表情だった。よく見るとカバンを持っていない。持ち物はおそらく手に握ってあるスマホだけ。都会では電車に乗るときにスマホを使う人が多いが田舎ではほとんどあり得ない。カードか切符を買うのが主流だが思えば彼女はカードのタッチもしていないし、切符も買っていない。電車には乗る気がないのだろうか。
しかし彼女は電車を待つように突っ立ている。俺は彼女への視線を足元へと下げていく。彼女は黄色い線を越えて立っていた。嫌な考えが頭によぎった。上京して電車を利用してからは人身事故で遅延することが多くあった。田舎ではありえないと言ってもいいことだ。だが彼女の表情を見て俺は確信した。
彼女は線路に飛び込もうとしている
まさか人生で人が自殺する場面に遭遇するとは思ってもいなかった。昔よく使っていた駅、そして何より母校の制服で自分よりも若い女子高生が自殺しようとしている。自殺するかは当人の自由と俺は考えている。知り合いだと悲しくなるが、彼女は赤の他人だ。だから止めようとはしなかった。だがしかし俺にはある感情が芽生えていた。
「ねえ君」
「…………なんですか?」
俺の呼びかけに対して間があいたものの、俺の方に向いて返事をしてくれた。無視されたかと思って心が折れるところだった。あらためて正面から見るとアイドル顔負けの顔とスタイルだ。明らかに勝ち組。笑うともっとかわいいだろうにその表情は笑顔から最も遠い顔をしていた。
「間違っていたら申し訳ないんだけど自殺しようとしてる?」
「ド直球ですね。それが初対面の人に言うことですか………でも正解です」
どうやら俺の勘は当たっていたらしい。まあでも今の彼女を見たらだれでも自殺するだろうなと予想できただろう。負のオーラをビンビンに感じる。
「じゃあよかった。話聞かせてよ」
「なんですか。今会ったばかりで私のことを何も知らないくせにいっちょ前に自殺を止めるつもりですか?もしかしてヒーローになることや私の自殺を止めてそれを機に私と付き合うとかそんな期待しているなら間違いですよ」
暗い表情の割にはよく話す。だがますます期待できそうだ。
「別に俺は君の自殺を止めたりしないよ」
「じゃあなんですか?」
「君が何で自殺をしたいという考えに至ったのかを取材させてほしい」
「は?」
彼女は俺が言っていることに理解が追い付いていないようだ。俺の中に抱かれた感情…いや欲望。知識欲だ。小説を書くということは実際に自分が体験したことないことや違う性格のキャラクターの感情を書かないといけない。そんなとき実際に自分が体験して何を思うかや体験談を人から聞くなどの取材は大切なものになる。そうすることでより小説に出てくるキャラクターをリアルに表現することができる。
今俺の目の前には自殺願望を持った人がいる。そんな人と話す機会はこの先二度とないかもしれない。だから俺は彼女の感情が知りたくてしょうがなかった。
「実は俺は趣味で小説を書いているんだけど、今度自殺願望を持った女子高生を書く予定なんだ。そしたら丁度目の前に俺が想像で書こうとしていたキャラクターと同じ人がいるんだから取材するしかないと思って」
「はあ………付き合ってられません。遠慮します」
彼女はため息をついた後、再び線路の方へ向き直ってしまった。
「まあ人助けだと思ってさ。それに電車が来るまであと二十分ぐらいあるし暇だろ?」
「あなたは私に人生を思い振り返る時間をくれないんですか?」
「どうせ振り返っても死んだら思い出せないよ。それなら生きてていつでも思い出せる俺の方がいいじゃん。それに俺に話してたら人生を振り返ることにもなるよ」
俺は「まあ隣にでも座れ」とベンチをポンポンと叩いた。彼女は納得をしておらず不満そうではあるが、少し間を開けてベンチに座った。
「これは前払い報酬」
本当は帰ってから夜食にする予定だったドーナッツが入った袋を渡す。お金を渡しても彼女には価値がないため、今俺が彼女に渡せるものは食べれるドーナッツぐらいしかないだろう。彼女は俺の顔をじっと見た後、特に警戒することもなく袋を開けた。
「うわ…全部ポンデリングじゃないですか。しかも黒糖ばっかり」
「一番それが好きで、それしか食べないんだよ」
これは中学生からずっとで、友達とカラオケに行った後にドーナッツを買うのがお決まりであったが、いつもポンデリング黒糖ばかり買っていた。友達に何度も同じツッコミをされているため慣れている。
「ちなみに飲み物もあります。もちろん未開封」
流石に甘いものを飲み物なしではきついと思うから、俺は学校訪問をした際に先生からもらった缶コーヒーを渡す。
「私ブラックは飲めないんですけど」
「じゃあこれは俺が飲むとするか」
俺はふたを開けて一口飲む。俺を見ていた彼女はジト目になっていた。
「若い人がブラック飲むのはかっこつけていると思います」
「俺も昔はそう思っていたけどいつの間にか飲めるようになって、いつの間にか美味しくなっているんだよ。これが年を取ることなのかもしれない」
「私が思っていたよりも年上ですか?」
「十九」
「わたしと一つしか変わらないじゃないですか」
高校の制服を着ているためおそらくは俺より一つ下の年齢。つまりは高校三年生。東京に行ってからはエッチなお店や女子高生のコスプレをしている人を何度も見たため、一概には年下とは言い切れない。
「一応聞いておくが十八歳か?」
「私の格好を見てそれ以外ありえないでしょ」
「悪い都会に毒されてた」
「?あなたは都会に住んでるんですか?」
「実家はここだけど、大学に進学するのに上京した。今は夏休みを利用して帰省中」
やけに彼女は都会という言葉に反応を示した。上京をしたというとなおさらだ。やはり今をトキメク女子高生にとっては東京というのに憧れがあるものなんだろう。
「いいですね東京」
「……君が自殺することにつながっているのか?」
「本当にあなたは自殺を止める気がないんですね。せっかく自殺から話がそれていたのに」
「俺が取材したいだけだからな」
「世間一般ではあなたのことを最低と言うのだろうけど、ヒーローごっこをするような人じゃなくて安心しました」
隣にいる彼女から肩の力が抜けていくのを感じた。ようやく俺が本当に自殺を止める気がないことを理解したらしい。確かに力ずくで抑え込まれれば自殺は防がれてしまうから。一瞬で苦しまず死ぬ方法を選ぶのだから、きっと舌をかみちぎったりする勇気はないのだろう。
「やっぱりコーヒーください」
「間接キスになるぞ?」
「どうせ死んだら同じですよ。今は寒気がしますけど」
「泣いちゃうよ?」
「冗談です。死ぬ前にブラックコーヒーを飲んでみたいだけです」
缶コーヒーを渡すと彼女は俺と同じように一口飲んだ。
「…やっぱりまずいです。これをおいしいと言う人の気がしれません」
「それはまだまだ君が子供だからだよ」
「一年しか変わらないじゃないですか」
「違う。一年も変わるんだよ。じゃあ君は今の俺と同じ年齢になるために後一年を生きれるか?」
俺の言葉に彼女は缶コーヒーを飲んだ時よりも苦い表情をした。自殺をしたいと思うだけではなく行動に移すような子だ。今一秒生きることがつらいはずだ。
「絶対に無理です」
「だろ?だから俺を敬え」
「嫌な上司みたいです」
彼女は黙り込んでしまった。俺も特に言葉は発さない。ただその時を待っていた。一分ぐらい経過しただろうか。彼女は口を開いた。
「私は学校でいじめられています」
「高校でか?」
「高校もそうですけど、小学五年生からずっとです」
ということは年にして約七年間も彼女はいじめられ続けているということだ。それはあまりにも長く苦痛なものだ。
「理由は?」
「小学校の時にいじめられるようになったきっかけは暗い性格と地味な容姿からでした。私が言い返せないことや弱そうだということで標的にされたんだと思います。悪口を言われたり靴箱に泥を入れられたりしました。ばい菌扱いもされました」
小学生のいじめは悪意がないものが多い。それがすごく厄介で解決が難しい要因だ。
「中学校は小学校とほとんど同じ人だからいじめは続きました。暴力とかは振るわれることはなかったんですけど、悪口を言われたり、物を取られたり、他には机とかに色んな落書きをされました」
落書きの内容は聞くまでもないだろう。
「悪口を言われることに慣れると思っていたんですけど全然そんなことはありませんでした。日々精神が切り崩されていくのを感じていました」
精神的苦痛は身体的苦痛よりも恐ろしいことがある。実際、今日あった友達で独り暮らしのストレスから二週間で十キロやせたやつがいた。
「でも高校に上がると中学校の人とはほとんど別れるからチャンスだと思ったんです。高校デビューを建前にして自分磨きをしました。ファッション雑誌などを何冊も読んで服の研究をしたり、勇気を振り絞ってお洒落な美容院にも行きました。そして私は生まれ変わりました。自分で言うのもなんですが学校でも一番かわいい自信があります」
「確かに君を初めて見たとき可愛いと思ったね」
中学校までが地味だったことが信じられないくらい彼女の容姿は整っていた。やはり努力すれば人は変われるものなんだろう。
「ほめてくれてありがとうございます。皮肉にも私をいじめていたやつの陽キャ女子の性格や行動を参考にしました。もちろんいじめはしていません。いじめをしていないときの彼女らは男子にも物おじしないコミュニケーション能力を持ったいい子ちゃんだったので。そしたら高校デビューは自分でもびっくりするくらい成功しました。性別関係なく友達もたくさんできたし、告白も何度もされました」
話を聞く限り彼女は一躍人気者になることができたんだろう。しかし人気者には必ず付きまとう定めのようなものがある。
「だけど楽しかったのは束の間でした。中学校まで人に好意を抱かれることがなかったので恋愛がよくわかりませんでした。なので告白はすべて断りました」
「なるほど話は分かった。つまりそれが反感を買ったのか。男女どちらともに」
「その通りです」
そのあとの話は俺の予想通りであった。男子からは彼女が誰とも付き合わないとわかると興味がうせてしまった。女子からは彼女の容姿への妬みや、モテているのに付き合わないのは気取っていると思われた。実際は彼女は慣れてなくうぶなだけであるが、それがかわいこぶってると非難された。最初は味方してくれる人もいたけど、彼女を妬んでいくやつらが増えていき、自分に標的が変わることを避けるため彼女のもとを去っていったらしい。
「それだけだったら私は耐えることができました。だけど私を気に食わない人たちがありもない噂を立てたんです」
「複数の先輩との援交か」
俺が発した言葉に彼女は驚いた顔をして、俺の方を見てくる。
「何で知ってるんですか」
「だって君と同じ高校に通っていたからね」
彼女は唖然としていた。
「やっぱり上級生にも噂は流れてたんですね」
「少し耳にしたぐらいだ。まさかそれが君だったとわ」
「私は先輩とセックスなんてしてません!!」
表情には一瞬現れても、声色には決して感情を表に出していなかった彼女が声を上げる。そして自分が何を口にしたのかを思い出したのか顔を赤くしている。
「すいません大きな声を出して」
「田舎でこんな時間に駅にいる奴なんていないだろ。それに本当にしていないんだな」
「どうして信じてくれるんですか?」
「セックスした奴がそんなうぶな反応できる訳ない」
「っ!?」
俺の言葉を聞いてさらに顔を赤くしていた。そういう経験がないことを恥じらっているのだろうか。若いね。
「それに俺は噂は信じないタイプだから。だけどそれが君をさらに苦しめたのか」
「本当になんて言葉に表したらいいか…ただただ気持ち悪くなって体調を崩しました。裏でみんな私のことをビッチや痴女と罵り馬鹿にしてきました。男子は私の身体目当てに言い寄る人がたくさん出てきました。もちろんすべて断りましたし、あれはデマだと説明しました。だけど誰も信じてくれませんでした。そして遂には私のことを強引に犯そうとする同級生が出てきました」
俺は最後の言葉に耳を疑った。俺の通っていた高校にそんなことをする男子がいるとは。県内でも高校の中で一番レビュー評価が高く、問題児が少なく問題が起きても大事ではないため、先生からも楽だと人気が高い高校だ。俺が知らない裏側でそんな事件が起きていたのか。
「大丈夫だったのか?」
「どうにか口を押えてきた手に噛みついて逃げることはできました。だけどこれが完全に男子を敵に回す結果になりました。私を強引に犯そうとしたのは同級生の男子のなかでもカーストトップに立つような人でした。あの人がうわさを流すとみんなが信じます。身体目当てではありましたけど私の見方をしてくれた男子も私のもとを去りました」
ここまでが高校一年の秋までの間に彼女の身に起きたこと。こんなにも濃いことが一年も満たない間に起きたいた。しかも高校三年に上がった今もそういうことが続いているらしい。どうしてこういう人を傷つける奴らは他のことは中途半端で長続きしないのに、いじめることは飽きないのだろうか。
「それでも私には夢がありました」
「夢って?」
「東京で美容師になることです」
「へーそれはおもしろい。東京の美容院はいいぞ」
「行ったことあるんですか!?」
さっきまでの絶望しきった表情と俺への警戒心はどこに行ったのやら。飛びついてくるのかと思うぐらい急接近してきて瞳を輝かしている。
「行ったことあるよ。まだ一つしか行ってないけど待合室を含めて内装が自然をモチーフにした飾りをしていておしゃれなんだ。美容院さんもそれぞれ髪型や服で自分の個性を出した美男美女。おまけに鏡にはテレビがついていて有名なサブスクは利用できるから待ち時間に映画やアニメだって見れる」
美容院以外にも数か月ではあるが俺が見てきた東京の大学や町並み、どのような生活をしているかを語った。彼女はそれはそれは興味深そうに聞いてくれ、何回も質問をされた。本当に東京に憧れていて、美容師になることを夢見ているのだなと感じる。
「高校デビューをするときに勇気を振り絞って美容院に行きました。とても怖くて美容師の人に馬鹿にされないか心配でした。だけど一緒に頑張ろうと言ってくれました。一生懸命私が可愛くなれるように髪を整えてくれて、アドバイスもたくさんしてくれました」
今の彼女があるのはその美容師さんのおかげだということか。
「その時私は美容師になりたいと思いました。わたしもわたしのように自分の見た目にコンプレックスを持った人、生まれ変わりたい人を助けたいと思いました」
「いい志じゃないか」
「私は美容師さんに聞きました。どうしたらあなたのようになれますかと。そしたらその人が通っていた東京の専門学校を紹介してくれました。だから高校を卒業したら絶対にそこに行くと決めました。高校一年生の時に両親にも相談して了承を得ました。だからこの高校生活を乗り越えればまたやり直せる。地獄から解放されると今まで耐えてきました…だけど…」
彼女の笑顔は消えていき、また最初に見た絶望した表情へと戻った。きっと彼女が自殺を決意した最後の要因だ。
「だけど先週に進路相談のための三者面談がありました。そこで私が専門学校に行くことを反対されてしまいました」
「先生にか?だけど両親の了承は得たのだろ?」
「先生と両親の両方です」
彼女は今日見た表情の中で一番深刻な顔をしていた。信じていたものに裏切られた、たった一つの希望を消された、そんな顔だ。
「先輩はOBだから知っていると思いますが自称進学校です。私は勉強で学年一位を取ることが多かったです。自分の夢をかなえるのに成績は良いことに越したことはないと考えていたからです。だけどそれがダメでした。先生からは成績が良いのだから国立や有名私立に行けと言われ、両親も先生に同調しました。私の成績がどんどん良くなっていったから専門学校ではなくて偏差値が高い大学に行けと。皮肉ですよね、夢をかなえるために勉強を頑張ったのにそれが邪魔になるなんて。
そして生徒もそうですが地元志向が高い人たちが多いです。それも相まって両親は地元の国立大学に行けと言うようになりました。他よりもお金がかからなくて済むし、大卒の方が就職がしやすいと」
彼女は美容専門学校を行くことだけでなく、東京に行くことすら認められなかった。彼女の夢は閉ざされたのだ。確か美容師になるには美容学校に通って、国家資格に受からなければならない。
「わたしもう耐えられません。頑張りました七年間…わたし頑張りましたよね!?」
「ああ…俺では計り知れない苦しみだろうな…」
同級生、先生、家族…彼女の周りのすべてが敵だ。彼女はここにとらわれ続けるだろう。それが分かったから彼女は自殺を決心したのだろう。嫌われ妬まれる、すべての努力の意味がなくなり、夢もかなえることができない。それなら死んで自由になろうと。彼女の答えだ。
「だから私は…人生をここで終わりにします」
彼女は立ち上がると黄色い線の前に同じように立った。電車はもう数分で来るだろう。あと数分後にネットで騒ぎになるようなことが起こる。明日にはニュースになっているだろう。
「話を聞いてくれてありがとうございます。あなたのおかげでなんだかすっきりして死ねます」
「こちらこそありがとう。ドーナッツは食べないのか?」
ベンチに置かれたドーナッツの入った袋を除くと手を付けられてなかった。
「持って飛び込んでもいいですがドーナッツが勿体ないので止めました。あげます、食べてください」
「じゃあ一個もらう」
俺は一つ手に取りかじった。ブラックコーヒーを飲んでいたからかすごく甘く感じる。だがこれがまたおいしい。糖分が脳を活性化させてくれる。
「東京まで何円で行けると思う?」
「…わかりません」
「俺は飛行機と夜間バスを使ったことがあるんだけど、飛行機なら八千円、バスなら六千円ぐらいで行ける」
「思ったより安いんですね」
「だろ?学生でも全然何とかなる値段だ。それに俺はバイトしてるから金はあるから一人ぐらいなら奢ってやってもいい」
「何が言いたいんですか?」
「死ぬ前に一度東京を見てみないか?」
俺の言葉の後に、踏切のサイレンが鳴り始めた。普段はうるさく耳に響くのだが、今は全く気にならない。むしろ彼女のしぐさからでるちょっとした音でも鮮明に聞こえる。今は俺と彼女だけが音を発せる時間のようにも感じる。
彼女は歯を食いしばっていた。自殺を止めようとしている俺への怒りか、それとも悔しさ、悲しみ、欲望…俺には分かってあげることはできない。
「見たって悲しくなるだけです」
「悲しい時間なら散々味わってるだろ。何を今さら」
「もうつらいんですよ。はやく解放されたいんです」
「後悔はないのか」
「後悔ばかりの人生でした。だからこれ以上の後悔を味わいたくありません」
「…なんで泣いてるんだ」
「やっと解放されるのが嬉しいからです」
「最後ぐらいは素直になれよ」
その言葉で彼女は俺の方へ振り向いた。涙でぐしゃぐしゃになっている。喜んでいる顔なんかじゃない。ちょっと怒っているかもしれない。
「だったら言いますけど、なんで私の前に現れたんですか!?誰も味方してくれなくてみんな私を嫌った、美容師の人も仕事じゃなかったらきっと私にやさしくなんてしてくれない、家族も教師も私の敵、女は嫉妬で男は身体目当て…なのにあなたは何なんですか!?私の暗い話をずっと聞いてくれるし、優しくしてくれるし、身体目当てじゃないことが視線に慣れている私は分かります。死ぬ前に何で現れちゃうんですか…私の味方が…」
俺は本気で怒鳴られていた。彼女の本心からの叫び。だから俺も本心の素直な気持ちを伝える。
「最初に言っただろ。これは取材だ。趣味で小説を書いていると言ったが小説家になることが俺の夢だ。俺は俺自身の夢のために君を利用しただけだ。だから君の味方ではない」
話す内容は頭で考えず、素直に心に思った言葉をつないでいく。
「俺は自殺は止めない派だ。その人が死にたいと思ったなら自由にすべきだと考える。日本では許されていないが安楽死にも賛成している。だから俺は止めない。君がどうしたいかだ」
彼女は俺の言葉を黙って聞いていた。そして「ふふっ」と声を出して笑った。
「あなたは本当に優しい人ですね。あなたが立会人でよかったです。警察からの事情聴取宇やテレビ局からのインタビューで忙しくなると思いますがお願いします」
「死ぬ前に一つぐらいは願い事を聞いてやるよ」
「ありがとうございます。じゃあ私の死ぬ瞬間を見て小説を書いてください」
「わかった」
電車が来ている方へと視線を向ける。もうすぐそこだ。どうせ駅員二人しか乗っていないから被害は都会と比べては少ない方だろう。人に迷惑をかけて死ぬのには間違いないが、女子高校生の最後の我がまま。彼女の今までの人生を考えれば許してやってくれないだろうか。
夢か…
…いや待てよ
「えっ…?」
俺は彼女の手を握りしめていた。彼女は俺の行動に困惑した様子だった。
「何するんですか!?」
「すまん気が変わった」
彼女は俺の手を引きはがそうとするが決して離しはしなかった。そうこうしている間に電車はゆっくりと駅に停車した。
「なんで止めたんですか!?」
「いやよく考えてみたら田舎の電車は全部各停しかないと思って。駅に止まるために減速するから死ねない可能性あるから」
「私は電車の下敷きになってでも死ぬつもりだったんです!?」
「あっ…すまんそこまで考えが回っていなかった。普通は電車に衝突して死ぬと考えてたからさ。申し訳ない」
俺の言葉を聞いて彼女はあきれているようだった。とりあえず怒りは収まったらしい。
「あなたは少し天然なところがあるのかもしれませんね…いいですよ次の電車で飛び降りますから…お話に付き合ってもらったので許してあげます。だけど今度邪魔されたら嫌なのでもうこの電車に乗って帰ってください」
「言われなくてもそのつもりだけど…もう電車来ないぞ?」
「え…?」
彼女は驚きの声を上げた後、時刻表の看板を見た。
「ほ、本当にこれが終電だ…」
「次の電車は六時ぐらいかな…お前は夜遊びとかしたことがないんだな」
「もっと電車は夜遅くまで走ってるもんじゃないんですか?」
「それは都会だけだよ。飛び降りるんだったらそのぐらい調べておけよ。それとも路線飛び込みの自殺をする場面が描かれたドラマか漫画に影響されたのか。そういうのは都会だろだいたい。田舎をなめるなよ」
彼女は黙って目をそらしていた。顔が赤くなっているのが見て分かる。どうやら本気で何かの作品に影響されて電車の飛び降りをしようとしたらしい。
「あのーお二人さん。乗らないんですか?」
駅で電車を待っていてかつ終電だということもあり、なかなか電車に乗らない俺たちを見て乗務員さんは困惑していた。
「すいません乗ります。はやく君も乗れ」
「え、なんでわたしも?」
「どうせ朝まで暇だろ?俺が降りる駅までの暇つぶしになってくれ」
俺は彼女の手を引き、電車に乗らした。俺の予想通り俺たち以外誰も乗っていなかった。適当に座って、彼女も俺の隣に座った。特に俺たちは何も話さなかった。沈黙が続いていたが駅を一つ通り過ぎたぐらいで彼女の方から口を開いた。
「まだ私生きてますよね?」
「俺が邪魔してしまったからな」
また次の駅に着くまで沈黙は続いた。彼女は自身の手のひらを眺めていた。なぜそのようなことをしているのかは特に理由は聞かなかった。
「どこで降りるんですか?」
「終点」
「まさか終点まで連れていかれるとは思っていませんでした」
彼女はため息をついた。そして今度は沈黙ではなかった。彼女は俺の方にグイった向いた。
「なんで止めたんですか?」
「電車とめられたら俺が家に帰る手段がなくなるから」
「それは確かに止めたくなりますね…………でも本当は私を助けるために手を握ったんじゃないですか?」
「………………」
「あの時のあなたの表情はとても悲しそうで必死でした。ずっとすまし顔だったのに」
彼女の手を握った時、想像以上に暴れられたため顔に出てしまっていたのだろう。今度は俺がため息をつく。
「東京に行くぞ」
「え?えぇー-!?」
「今の手持ちは?」
「え、財布なんて持ってないです」
彼女の手元に出されたのはスマホのみだった。
「そうかじゃあお金は貸してやる。明日の朝七時半の飛行機に乗るぞ」
俺はスマホで二人分の飛行機の予約を始める。今ならぎりぎり間に合う。
「前日の予約だから馬鹿高いな…絶対返せよ」
「そんな勝手に進められても…」
「もう予約したから逃げられないぞ。ちゃんと二人分の席だ」
「私でももう死ぬから…」
「まだそんなこと言ってるのか。言っとくが予約キャンセルしたらお金払わないといけないから絶対に死なせないからな。それにチェックインの時間を考慮したらはやめに行かないといけないからそのときまだ電車動いてないぞ」
本当はスマホから手軽にチェックインできるが今は黙っておこう。
「自殺は止めない派じゃなかったんですか?」
「家に帰れなくなるとか財布の金がなくなるとか俺に影響するならとめる」
「電車はまだしもお金の方はあなたの責任だと思うんですけど…」
「ちなみに東京の駅は人が多いし、一日に何本も走っている」
「急にどうしたんですか」
「だからもし飛び降りようとしたやつがいても止めれないだろうな」
「………………」
彼女は俺の言葉の意味を理解したようだ。別にお金を返してくれとは言わない。せめて彼女が夢見た地である東京を見てほしい。
「あと親にメッセージを送っておけ。友達の家に泊まるって」
「なんでですか?」
「親の許可がないと俺が警察に捕まったらどうするんだ」
「ん?どういう…?」
「今日はとりあえず俺の家に泊まってもらおう」
「なんでですか!?」
「お前に逃げられたら困るだろ。勉強会だと言ってたら大丈夫だろ」
「何が大丈夫なんですか!年頃の男女がお泊りなんて…」
「安心しろ。実家だけど今日は俺以外誰もいない」
「もっと安心できませんよ!」
◇
「おいそろそろ起きろ。空港行くぞ」
「ん~…あと五分…」
なんだこいつ。本当に死ぬ気があるのか。警戒していたものの結局彼女は俺の部屋のベットに横になって寝てしまった。寝るところがなくなってソファーで寝ることになってしまった。起こしに来たら自分の部屋のようにすやすやと眠っている。
「寝るなら車か飛行機の中で寝ろ。乾燥機かけたから服ここに置いとくぞ」
「ん…服…服!?」
彼女は飛び起きてたたんでおいてあった服の方を見る。
「わたしの下着触ったんですか?」
「しょうがないだろ洗濯したのに」
「なんで自分でやらしてくれなかったんですか!?」
「いやだってお前寝てしまったのに」
彼女は自分が俺のベットを占拠していたことにやっと気づいた。とりあえず俺のパジャマを貸したがぶかぶかだ。
「じゃあ早く着替えておりて来いよ。朝飯はさっき適当にコンビニで買ってきたから車の中で食ってくれ。早く着替えて降りて来い」
◇
「そろそろ機嫌よくなってくれてもいいんじゃないですか?」
相席に乗っている彼女はすっかり拗ねてしまって窓の方を見ている。洗濯しておいた制服に着替えている。
ご飯以外にも折角いろいろお菓子を買ってきたのに全部取られた。
「彼女か女兄弟でもいるんですか?」
「残念ながらどっちもいないな」
「やけに慣れているようにみえるんですが」
「布で興奮するわけない」
「…私が寝ている間に何もしてませんよね?」
俺は彼女の方をちらりと見る。彼女は俺の方をじっと睨むように見ていた。どうやら機嫌は良くなったらしい。赤信号で停車したため彼女を上から下まで見下ろした。青信号となってアクセルを踏む。
「ふっ」
「今なんで鼻で笑った!?」
再び窓の方に向いてしまった。機嫌は良くなってなかったらしい。
「あっ…あれが空港?」
彼女の目線の先には大きな建物と開けた土地が広がっている。
「そうだ。飛行機に乗るのは初めてか?」
「うん…なんだかワクワクする」
「そうか」
◇
チェックインをすまして現在は飛行機の中の席に座っている。彼女は慣れない荷物検査などに緊張している様子だったが無事に飛行機に乗れてほっとしている。
「駐車料金一万以上はかかるだろうな…」
「何を今さらケチなこと言ってるんですか」
「うるさいぞ無一文」
隣でグミなどのお菓子を食べている。俺が買ったのに一つも分けてくれない。彼女は窓の方を見る。
「………本当に東京に行っちゃうんだ」
「約一時間のフライトだ」
「あっというまなんですね。一時間で私の夢の場所に」
彼女はうっすらと笑みを浮かべていた。俺はコーヒーを一口飲んだ。
そうやって笑うこともできるんだな。
「そういえば私たち自己紹介してませんでしたね」
「本当だ。なんで気づかなかったんだろ」
「不思議ですね。名前の知らない人の家に泊まって一緒に東京に行くなんて」
「フィクションでしかありえないだろうなこんなの。終凪らいちだ」
「桃月夜智。よろしくらいち」
「まさかの呼び捨てか」
「らいちも夜智って呼んでいいよ」
なんて生意気なのでしょうか。近頃の若い者は。
そして飛行機は離陸した。
二人は東京で何をしたのか。そしてそのあと何が起きたかは別のタイトルで挙げるかもしれません。