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暴かれる秘密①

 この国の裕福な中流以上の屋敷には大抵、家族との憩いの場として、または屋外で茶会を開くための裏庭(バックガーデン)がある。


 家の表側の庭園にも負けず劣らず美しい花々が咲き誇り、瑞々しい樹木の緑が花々の色を引き立たせ。

 花や緑の他、小鳥の囀りや愛らしい姿を楽しむため、鳥用の餌箱や水浴び用受け皿(バードプール)なども設置されている。が、デクスター家は例外らしい。


 裏庭はあるにはある。

 しかし、花壇には古い土が埋まっているのみ。花は一輪も咲いていない。


 唯一色があるとすれば庭の両端に一本ずつ植樹されたシカモア(セイヨウカジカエデ)の葉だが、色といっても寂しい枯葉色。

 小鳥を呼び込む餌箱もバードプールも置いていない。

 庭師がたまに雑草取りするだけ。とどのつまり、ほぼ放置状態なのだ。


 しかし、ほぼ放置状態だった裏庭が今日この日、すっかり生まれ変わっていた。


 昨日までの間に表の庭から株分けした花を、新しい土と共に花壇へ移植。

 複数か所設置された餌箱やバードプールに小鳥が集まりつつある。


 そして、庭の中央には沁みひとつない、繊細で真っ白なレースのクロスを敷いた丸テーブル数脚。各テーブルを囲む大勢の紳士淑女の姿。


 そう、本日はチャヤの試飲会と称したお茶会の日だった──









「あー!疲れた疲れたっ!!」


 トレイを扇子代わりに仰ぎながら、従僕のハリッシュが厨房へ入ってきた。

 普段は外仕事が多いので平服に近い格好なのだが、今日は給仕役のため黒いスーツを着用している。


「ちょっとハリッシュ!あんまり大きな声でぼやくんじゃないよ!お客様に聞こえるだろ?!」


 チャヤを鍋で煮詰めていた料理番の中年女性が、きついインダス訛りでハリッシュをどやしつける。

 ハリッシュはうわっと首を竦めるも、「カイラさんのが声でかいし……」とぼそっとつぶやく。


「は?!」

「イーエナンデモナイナンデモナイ」

「ほら!新しいチャヤできたよ!早く持ってきな!」


 カイラと呼ばれた料理番は煮立ったチャヤを鍋ごと、どん!とテーブルへ雑に置いた。

 クリシュナとハリッシュはレードルを手に、並べたカップへ急いで鍋のチャヤを注ぐ。カップにつたわないように、冷めないうちに運ぶために手早く。


「あ!ガーランド先生は……」

「私だけぼーっと見ている訳にはいかないでしょう??」


 二人がチャヤを注ぎ終えたカップを、ナオミは手早くトレイへ並べていく。


「先生はいいんだよ!それよりも次作るチャヤに使う香辛料教えておくれよ!」

「次はカルダモンの種と皮、すり潰した胡椒を」

「え、胡椒かい??そんなもん、仮にも紅茶のこいつ(チャヤ)に使って変じゃないのかい??」

「思い付きで試してみたんですけど、却って甘味が増しましたよ」

「へえ、お堅そうに見えて結構遊び心ある人なんだねぇ」

「カイラさん!ガーランド先生に失礼ですよ!」


 がはは!と豪気に笑うカイラをクリシュナが狼狽しながら窘めたが、「これは褒めてるんだよ!」と軽く一蹴されていた。


「ガーランド先生、申し訳ありません……」

「いいえ、だいじょうぶ。悪いようには受け取ってないから」


 確かにカイラの言動は配慮に欠けてはいる。けれど、女性特有の粘着性は感じられず、カラッとしているのでなんだか憎めない。

 その証拠にクインシーの指示とはいえ、考案した複数のチャヤのレシピを教えるため、ナオミが厨房に居座っていても嫌な顔一つ見せない。


 自分の持ち場、特に厨房へ入って来られるのを嫌がる料理番は多い。なのに、ナオミと会って早々、『クッキー食べる??たぶん余ると思うから』なんて、ずずい、と今日の試飲会に出すお菓子を差し出してきたくらいだ。


「シュナ、ハリッシュ。客人たちのカップがだいぶ空いてきた。早急に新しいチャヤを」


 執事のセバスチャンが扉から生真面目な顔を見せ、給仕するクリシュナとハリッシュに指示を出す。

 慌ててトレイを手に厨房を去っていく二人に「まったく。お喋りする余裕などないというのに」とひとりごちている。


「カイラさんもガーランド先生も。お喋りはほどほどにお願いします」

「はいはい、はいよ!」

「カイラさん」

「わかったよ!本当うるさい子だねぇ。ああ、言っとくけど先生は別にサボってもなけりゃ、おしゃべりもしちゃいないからね!」


 ふん!と大きく鼻を鳴らし、わざと音を立てて鍋をかき回すカイラに、セバスチャンはもう何も言うまい、と閉口した。


「ガーランド先生、大変騒がしくて申し訳ありません。本来であれば先生は、あちらに居ていただくべき方なのですが……」


 あちら、と言いながら、セバスチャンは裏庭がある方向を振り返る。


 視線の先はわずかに開いた扉の外、廊下の壁──、厳密には壁の向こう側。そこに裏庭がある。

 セバスチャンは、ナオミが家庭教師ながらデクスター家と同等の身分だから、と暗に示唆しているのだ。


「謝罪の必要などありませんよ。むしろ私の方がご迷惑をかけてなければいいのですが」

「迷惑??とんでもないとんでもない!」


 セバスチャンが口を開くより先にカイラが、何言ってんだい!と空いている手を大きく振った。


「チャヤなんてさ、アタシがインダスにいた頃にゃまだなかったからさぁ。ガーランド先生が試飲会に向けてレシピをいっぱい考えてくれたお陰でかなり助かったよ」

「いえ……、父共々デクスター家にはお世話になっていますし」


 へぇ、とカイラの太く黒々した眉が片方吊り上がる。


 彼女もインダス人の特徴に漏れず、濃く太い眉に目の周りの彫りが深い。

 皺や頬のたるみに埋もれつつあるが、おそらく若い頃は美人の部類だったに違いない。

 その名残であろう、ぎょろっとした大きな黒い瞳で凝視されるとなかなかの迫力だ。


 なんとなく気まずくなって、無意識にセバスチャンへ視線を巡らせ……、いない。

 優秀な執事はすでに本来の持ち場へ戻っていた。


「……ネハもおんなじこと言ってたねぇ」

「ネハ??」


 カイラが口にした名を疑問符交えて復唱する。途端にカイラの顔に動揺が走る。


「あ、あぁ、今のは……、聞かなかったことにしておくれよ」

「え、えぇ」


 カイラは、さっきのナオミ以上に気まずそうに視線を何度も右往左往させ、「ああ、そろそろ沸騰する頃合いだね!」と不自然に張り切った様子を見せた。

 が、少しの沈黙ののち、これまた不自然に声を落とし、ぼそぼそとナオミに話しかけてきた。


「……ネハ、ってのはさ、インダスにいた頃のアタシの友だちでさぁ」


 更にカイラは声を落とす。


「旦那様の亡くなった奥様のことさぁ」


 つまりルードの母親だ。

 察した次の瞬間、ある疑問が生まれた。


 ルードの母は確か、インダスの上流階級出身だとどこかで聞いた。(詳しく覚えていないが、イヴリンかレッドグレイヴ夫人のどちらかかも)


 この国よりももっと階級差別が激しいインダスで、平民であろうカイラが上流女性と親しい関係を築けるとは到底信じ難い。

 だからと言って、カイラが嘘をついたり見栄を張っているとも思えない。


「まぁ、その、なに。ネハ……、亡き奥様とガーランド先生ってちょーっとばかし似てんのよ」


 いや、全然似てないと思う。


 一度だけ、何かの折にクインシーから結婚写真を見せてもらったことあるが、この国の者にしては小作りな顔立ちの(あの母親の血のせいだ)ナオミと違い、ネハは典型的なインダス美人といったはっきりした顔立ちだった。共通点と言えば、せいぜい髪の色が濃いくらいでもる。


「あぁ、顔は全然違うよ、顔はね。性格さぁ」

「どのようなところがですか??」

「すんごい真面目ですんごい性格キツくて……、でも、誰かが困ってたら一緒に悩んで、助け合う……、優しい子だったよ。自分では別に大したことしてるつもりないみたいだったけど」

「そう、ですか」

「先生だってさ、快くシュナに勉強教えてくれるし、坊ちゃんのために一生懸命協力してくれてる。でも変に恩着せがましくないし、そういうところが似てるなぁってね!さぁ、カルダモンと胡椒のチャヤできたよ!……ん??先生、顔中汗かいてるよ??火を使うし、慣れないと顔も身体も熱くなってくるからねぇ」

「これくらい平」

「先生さぁ、顔拭いてついでに着替えてきなぁ??風邪なんて引いたら大変だし」

「いえ、だ」

「ほらほら!長いこと立ちっ放しで疲れただろうし、休憩も兼ねて行ってきなぁ??」


 断る隙も無く、カイラに腕をぐいぐい引っ張られ、ナオミはほぼ強引に廊下へ押し出されてしまった。

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