因縁の対決①
(1)
ピッチに立つルードとパーシヴァルの様相はすべてが正反対だった。
片や黒髪長身、瞳も黒と見紛いそうな暗緑。やや浅黒い肌、冷然なる無表情。
片や淡い栗色の髪に中背、髪よりやや濃い同じ色の瞳。ミルク色の肌、強い感情剥き出しの表情。
共通するのは揃って白いポロシャツとズボン姿(アマチュアクリケットの正装)と見目好い容貌の二点のみ。
チーム・デクスター、チーム・ガーランド双方から黄色い歓声が続々と上がる。
麗しい対決にご婦人方の熱気と興奮が夏の暑さに拍車をかけていく。
「やれやれ、うるさいな」
ルードは肩を回しながら、さも鬱陶しげにぼやく。
小声なので芝生の観客席には聞こえなかったが、ピッチの中やルードに近い外野でははっきり聞き取れた。
何を隠そうナオミが彼の近くの外野にいたので、「何様のつもりかしら」と怒りを通り越し、呆れすらもしなかった。
「おま……、皆さんが送ってくれる声援になんてことをっ!」
「あの人たちは君と僕の容姿が優れているから、もしくは身内だから声援を送ってるだけだよ。さっきだって、僕の父が打席に立つまでの声援はパラパラと寂しいものだったろう??」
「だからって、いちいち口に出すことじゃないっ!!」
「パーシー!!」
激高する弟に向けて首を横へ振る。
『これは挑発。下手に乗らないで』と忠告を込めて。
ナオミの合図を正しく汲み取ったのか、パーシヴァルからすん、と怒りが消えていく。
ルードはほんの一瞬、おや、と目を丸くしたのち、外野を振り返る。
「さすが姫。人心掌握に長けていらっしゃる」
だーかーらーー!!
姫はやめてってば!!!!姫は!!
特に公衆の面前では本っっっ当やめて!!
ほら、彼の側にいる捕手が「姫??」って首傾げているじゃない!
すごく不審な顔で二度見してくるんですけど!!
パーシヴァルはというと、変わらず落ち着きを保っている。
どうやら戯言は聞こえていなかったらしい。よかった……。
「さて、おしゃべりはこの辺で」
「望むところですね」
ルードがバットをかまえる。
パーシヴァルはキッと睨みを利かせ、強く助走をつけ──、渾身の力で球をワンバウンドさせ、投球。
力強く跳んだ球はルードの顔面へ──、打たなければ直撃は免れない。観客席からさっきとは別の種類の悲鳴が上がる。
カキーン!!
黄色い悲鳴は再び元の色を取り戻す。
ルードが打ち返した球は空高くへ、内外野問わず、誰もが一瞬見惚れるほどの美しい放物線を描いていく。
球を打たれたパーシヴァルでさえ、口を半開きにさせ蒼穹を見上げた。
「……って、拾って拾って!」
誰よりも早く我に返ると、ナオミはパンパンと手を叩き、指示を出す。
球はある一点から急速に速度を落とし、ゆっくり落下。ワンバウンドした今が絶好の好機!
「ダフネさん!捕って!!」
「え、あっ……!きゃあっ」
球の落下地点で待機していたダフネに呼びかけたものの──、球の動きに怯んだせいで得点を許してしまった!パウンダリーライン超えたから四点も!
「ご、ごめんなさい……」
「いえ……、失敗は誰だってあります。次は頑張りましょ」
苛つかないと言えば嘘になるが、責めたところで得点が入るわけでもない。
追いつめられた小動物のように怯え、震えるか弱い女性を下手に責めれば、苛めている気分に陥ってしまう。そんなの、自分も他者も気分が悪くなるだけ。
「パーシヴァル。気を取り直して」
「……はい」
結局、パーシヴァルは残りの五球すべてルードに打ち返されてしまった。
交代で外野に戻ってきたパーシヴァルのしょげた肩を叩いてやる。
「姉さん、頑張ってきてください!」
「ありがとう」
パーシヴァルの激励を背に、ナオミはピッチへと向かう。
得点決めてもどこ吹く風。それが何か??と言った体の褪めた雰囲気から一転。
わずかばかりだが、ルードは確かに嬉しそうに口元を緩めた。
「お待ちしておりました、ひ」
「その呼び方は本当にやめて」
ぴしゃん!と容赦なく扉から締め出すように言葉を遮る。礼儀知らずは重々承知。
「では、キャサ……」
「今の私の名前じゃないわ」
ルードの笑みが顔全体に拡がっていくの見て、しまったと思った。が、時すでに遅し。
「ふふっ、ようやくお認めになりましたね」
「……か、関係ない話はもう終わり!Mr.デクスターJr.!先程のパーシーとの対戦でも思いましたけど、貴方ちょっとおしゃべりが過ぎます。試合に集中していただけませんか??」
「失礼。以後気をつけましょう」
この涼しい顔はどこからどう見ても反省の色なし。
気を落ち着かせようと深く息を吸い込み、呼吸を整える。
外野でレッドグレイヴ夫人とパーシヴァルが「落ち着いて!」と叫ぶ。
そうよ、落ち着け。落ち着くの。
深呼吸を二、三度繰り返す。息は完全に整った。
もう一度だけ大きく息を吐く。
助走をつけ、低空跳躍する。
球に強い回転をかけ、ワンバウンドさせる。
同じ変化球でもレッドグレイヴ夫人の投球よりも回転が速く。
パーシヴァルの投球より威力は劣るが、真っ直ぐでない分、球筋に複雑さが増す。
ルードが深く眉を顰め、奥歯を噛みしめる。
初めて見せた焦り顔で、足元で二回、低く細かくバウンドした球を辛うじて打ち返す。ウィケットを守るので精一杯とでもいう風に。
「イイですよっ姉さん!その調子ですっっ!!」
「おにーさまぁー!!がんばってぇー!!ガーランドせんせーもー!!」
多くの歓声を蹴散らす勢いで、パーシヴァルとセイラの声援が誰よりも空へと盛大に響き渡った。
「やはりというか……、貴女はやる御か」
「ちゃっちゃと次の投球いきますね」
休憩時間も近づきつつあるし(試合は二時間置きに休憩が入る)、いちいち戯言に付き合っていられない。
それよりも今度の投球、回転はさっきと同じくらいでいいとして、わざともう少し弱く投げてみようかしら。
目を閉じ、数秒間脳内で投球の想像を固める。
目を開け、想像に添って助走をつけ、跳躍。球をバウンドさせる。
ほら、想像通りに威力を弱めての回転球を投げられた。
次こそは──、打たれた!!
「ダフネさん!!」
「ひゃあ、いやっ、こわい!」
打ち返された球はまたしてもダフネの守備位置へ跳んでいく。
さっきと違い、頭上から落ちてくる球を、ダフネは受けるどころか怖がって避ける始末。あああ!また点取られた!
「足を引っ張る方が一人でもいると大変ですね」
投手側のクリースまで走ってきたルードが、にやり、と笑いかける。
その笑顔ときたら憎ったらしいことこの上ない!バットを奪って殴ってやりたい!!
両の拳を握りしめ、屈辱に震えるナオミをよそに審判が両チーム、観客へと休憩時間を言い渡した。
(2)
休憩用テントの下、ナオミはテーブルに並んだ料理を無心で口へ運ぶ。
あの国出身の料理人(母国の料理人よりあの国の料理人の方が腕がいい)が折角腕を振るった食事も怒りと悔しさの前では味がしない。好物のヴィクトリアンサンドウィッチの甘さも柔らかさも感じられず、砂を噛んでいるよう。
ふつふつ込み上げる怒りに拍車をかけるのは、何も試合のせいだけじゃない。
休憩直後に訊かされた、とある人からの打ち明け話も一端を担っている。
楽しみにしていた休憩だったのに!
遠く対面するチーム・デクスターの休憩席をぎっ!と睨む。
わかってる。格好悪い八つ当たりだと。
まだ二球投げただけ。派手に点を取られたけど、大きく打たれたのは一回だけ。
まだまだ挽回の機会はいくらでも残っている。これからこれから!
気を取り直し、二つ目のヴィクトリアンサンドウィッチと焼き立てのアップルパイを大皿から手元の取り皿へ、一個ずつ運ぶ。
うん、ちゃんと味がするし美味しく感じられる。
苛々したときの糖分補給は大事。
「これもお好きでしょう??」
レッドグレイヴ夫人が横から差し出したのは、ほうれん草ときのこ、ベーコンのキッシュ。ナオミの好物のひとつだ。
「まぁ、ありがとうございます」
卵の黄色、ほうれん草の緑、ベーコンのピンクが混ざり合うのが目にもきれい。
チェダーチーズはさっぱりしたほうれん草ときのこで程よい濃厚さに。
「んー!素朴だけど複雑な味わいが堪らないわ」
将来、あの国に移住したら絶対現地の料理人を雇う。特にキッシュが美味しく作れる人を。
試合のことなどひととき忘れ、好物に舌鼓を打つ。
普段働かない表情筋も自然と綻ぶ。
状況にもよるが、人は食事時に素の顔が出やすくなる。
だからだろうか。
対戦チームの休憩席では、表情を緩めるナオミを信じられない程優しい顔でルードがそっと見つめていた。