あたしのヒーロー ゆーたくん・ザ・シュキナヒトン
あたしはゆーたくんが好きである。
背は低いし、顔もつるつるしたおじさんみたいだけど、彼はヒーローなのだ。どんなことがあってもあたしだけを守ってくれる。
今月のお小遣いが底をついた。早速ピンチだ!
「ゆーたくん! 助けて!」
呼ぶだけじゃだめだ。
これだけじゃ来てくれない。
あたしはゆーたくんのことを考える。彼がどんなにあたしのことを愛してくれてるか。彼が何回あたしの容姿を褒めてくれたか。彼がどれだけあたしのことをわかってくれてるか。
しゅき……。
しゅき! しゅき!
しゅきしゅきパワー発動!
「呼んだかい? ゆづかちゃん!」
飛んで来てくれた。
彼があたしのヒーロー! その名もゆーたくん・ザ・シュキナヒトンだ! 普段はただのバンドマンを夢見るフリーターの男の子だけど、あたしのしゅきしゅきパワーを感じ取ると、スーパーヒーローに変身するの!
空を飛んで来て今、あたしの前に着地して、勢い余って後ろにコケた。かわいい!
「ゆーたくん……。お金がなくなっちゃったの。……助けて?」
「もー! ゆづかちゃんたら! ボクにもお金のことだけは無理だって言ったろ?」
「ギャルはお金がいるの」
あたしは自分の金髪をいじくりいじくりしながら、甘える。
「わかってほしいギャル心……。遊ばせてほしい、あなたの腕の中で」
「しょうがないなぁ」
ゆーたくんは豪快に笑うと、青いピチピチのスーツに赤いマントを翻して、地面を蹴った。
「ボクに任せて! 銀行強盗して来る!」
飛んで行く彼があっという間に点になるのを見送りながら、あたしは呟いた。
「ゆーたくん……。無理はしないでね?」
そこに突然、後ろからイケボがあたしのハートの古傷に突き刺さる。
「いいのか? 銀行強盗なんかやらせてしまって?」
振り返ると元カレのワカレッティがそこに立ってる。本名は若本烈禎だけど、ホストをやってるんでみんな源氏名でワカレッティって呼ぶの。
「あんたには関係ないでしょ」
あたしはなるべく冷たく言い離した。
「あんたはもう、あたしのしゅきぴっぴじゃないんだから」
「そうかな?」
ワカレッティがなんかにんまりと笑った。
「目を合わせろよ」
合わせらんない……。ワカレッティの目を見たら、何かが産まれてしまう。絶対。そんな気がするの。なんで? わからんけど……。
「こっちを見ろ、ゆづか」
自信たっぷりなそのイケボが憎らしい。
「俺の目を見るんだ!」
見てしまった。強引な力に引かれて、彼をみてしまった。かつて愛しかったその自信たっぷりな男の整った顔を。
ああ……。イケメンだ。やっぱり彼はイケメンだ。
ああ……。これに比べたらゆーたくんは人間じゃない、マメコガネだ。なんて整った顔。なんて美しい口元。なんて眉毛バッサバサでキラッキラな……目。
ああっ……!
ズッ……キュゥ〜ン☆
あたしは久々に直視する彼のイケメンさに胸がズッキュンしてしまったの。そこから湧き出るパワー。しゅきしゅきパワー。それが彼をヒーローに変身させるの。
あたしのしゅきしゅきパワーを浴びた彼は、みるみる横回転しながら全裸になると、きらめく光にあっという間に包まれて、ピンクのピッチピチのスーツに青いマントを翻して、スーパーヒーローに変身しちゃった。
「ハハハ! 正義のヒーロー、ワカレッティ・ザ・シュキナヒトン参上!」
「ええええ!?」
あたしは思わず叫んだ。
「ワカレッティもシュキナヒトン!?」
そこへゆーたくんが帰って来た。両手に札束のぎっしり詰まってそうなスーツケースを下げて、空から地上に降り立った。
「ゆづかちゃん! やったよ!」
「『やったよ』じゃねーだろ」
ワカレッティが正義の厳しい笑いを浮かべて迎え撃つ。
「この犯罪者が!」
ワカレッティの必殺イケメンパンチがゆーたくんの顔面にめり込んだ。
かわいそう! バレーボールみたいに軽〜く後ろへ飛ばされた! あるいはかわいい!
「きっ……、貴様は誰だ!?」
ゆーたくんはワカレッティと面識なかったんだよね。
「俺はゆづかの彼氏だ」
やーん! 彼氏だって! あまりに女遊びがひどかったから振ったのに、今でもあたしのことだけ想ってくれてるんだって、ワカレッティってば!
「ゆづかちゃんの彼氏はこのボクだ!」
ゆーたくんが立ち上がった。勇ましい! 素敵!
「ボクはゆづかちゃんのためなら何でも出来る! 喰らえ! 必殺ゆーたくんパンチ!」
「銀行強盗までしちゃだめだろ」
ワカレッティがゆーたくんパンチにカウンターでイケメンパンチを合わせてた。だめ! リーチが違いすぎる!
「地獄へ飛んで行って閻魔様に詫びるんだな」
「あっ……!」
あたしはそれを見て心がジュンと濡れちゃった。
ゆーたくんが、イケメンパンチを左手で受け止めてた。燃える目をして、ワカレッティを睨みつけてた。
「ゆづかちゃんは……」
懐に飛び込むと、ワカレッティの整った顔のど真ん中に、ゆーたくんパンチを命中させた。
「ボクのものだぁーーー!!!」
「ワカレッティーン」
バイバイキーンみたいに言いながら、ワカレッティが空の彼方へ飛んで行った。
「ゆづかちゃん」
振り向いた彼の顔は、イケメンではないけど、最高に輝いてた。
「このお金でタワーマンションに2人で暮らそう」
「無理じゃん?」
さすがにスーツケース2つぶんじゃ、ね?
遠くからパトカーのサイレンが響いて聞こえて来た。
「あれもやっつけようか?」
「だめだよ、ゆーたくん! 国家権力にだけは逆らっちゃだめ!」
「じゃあ、ずらかろうか。あの夕陽の向こうにあるという、ボクらの愛の国へ」
「うん、ゆーたくん!」
ゆーたくんがあたしの腰を抱いて、飛んだ。あたし達はまるで映画の主役とヒロインみたいに、明日のない国へと旅立って行った。
「……あ。スーツケース忘れちゃった」
「バカか!? 取りに戻れーー!」