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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

クレイジーサイコ偽善者の枕元にみっちゃんは立つか

作者: 待鳥月見

 みっちゃんが死んだ。自殺した。入道雲が蒼い空にぷかぷか浮かぶ夏の暑い日のことである。


 みっちゃんは私の親友だった。


 私がみっちゃんと出会ったのは中学一年生のときだ。私はバレー部に所属していたのだけど、うざい子というような評価を受けて微妙に浮いていた。たぶん先輩よりバレーが上手かったから、嫉妬されていたのだと思う。私は部活内で先輩に軽くはぶられていて、同学年の子たちもそのあおりを受けて私のことを遠ざけていた。でもみっちゃんは違った。みっちゃんはみんなが私に話しかけないなかで、私に唯一話しかけてきた。空気の読めない子だった。おまけにとろくさくて、バレーも中学生から始めたばかりなんて生温いことを言っていて、部活内で浮いていた。この狭い田舎の地域では、みんなスポーツ少年団のときからずっと仲良しで続けている人ばかりだ。都会の雰囲気を纏うみっちゃんは、アヒルの中に混ざった白鳥だった。

 みっちゃんの手足は細長くて、肌は白くてつるんとしていた。鼻筋の通った顔で、笑うとその場に花が咲いたみたいだった。

 私も多少はうざったく思ったものの、話してみれば趣味があう。好きなテレビ番組は一緒だし、好む服装は一緒だし、あのドラマいいよねと言えば、あのストーリーが好きならあっちのマンガも好きそうとおすすめされた。見てみれば、見事に私の趣味に合致していた。


 一年ほど一緒にいて、私達は親友のようになっていた。バレーの試合のとき、みっちゃんは怪我していて観戦していたけど、私が上手く決めて点数をとれたときベンチから飛びあがって喜んでくれた。やさしい子だった。面白い子だった。


 でも、みっちゃんはいじめられて死んじゃった。


 三年生にあがって、私はみっちゃんと会話しなくなっていた。中学二年生になって、みっちゃんはふとした試合の失敗と新しい部長との性格の不一致から先輩からいじめられるようになっていた。私がされてきたのとは比べものにならない本当のいじめを受けていた。それが怖くて、同学年の子たちは先輩に同調した。みっちゃんに対して、なにかしら思っていたことも関係しているのかもしれない。でも大多数は私への当てつけだった。


 それを知っていたから、私はなにもしなかった。なにも言わなかった。みっちゃんも何も言わなかった。だから、大丈夫なんだと思った。


 そしてみっちゃんはバレー部が悪だとかなんとかいじめをしてくれたやつは人生がだめになれとか、蚯蚓がのたうっているような字で書いた呪詛を遺して、体育館の更衣室で首を吊った。授業中、トイレだといって抜け出して死んだらしい。いやに計画的な自殺だった。それをする勇気があるのであれば、進学校へいく勉強をしてほしいと私は哀しみつつも思った。しょせんは他人事だから、そんな余裕のあることを考えた。


 事件後、詰問された部長がしおらしく誰かにそう言っているのを聞いた。


「死んじゃうなんて思わなかったの」


 くだらない言い訳。いじめをするほうもされるほうも人間だから、間違いはあるし、取り返しのつかない失敗をしてしまうこともあるだろう。でも相対した人間から目を逸らすのは甘えだし、相手の本質を捉えようと努力しない人間は、吐き気がするほどきらいだ。ああ、やっとわかった。私ってそういう惰弱な人間が嫌いだ。自覚した。そして、自分がみっちゃんに対しても怒っていることも自覚した。もう無理なら、ダメなら、不可能なら、助けを呼んでほしかった。ネットでも現実でも問わないから、だれでもいいから助けを求めて、生き延びてほしかった。両親にいじめを告白するのは恥ずかしいかもしれない。幸福に子供を産んで学校に行かせてもらって、娘や息子の平穏かつ人間的な学校生活を微塵も疑っていない両親に、自分がされているような尊厳を踏みにじられるような行為を告白するのは恥ずかしいかもしれない。でも言うべきだ。家族は力になってくれるかもしれないし、穏便に解決しようとして話し合いばかりで力になってくれないかもしれない。そんなときは面倒だから手っ取り早く新天地である。転校である。当面の問題は解決である。


 或いは、そんな平和な家庭じゃない場合、いじめを告白したら嘲笑してきそうな家族の場合は、誰か別の力になってくれそうな人に相談するべきだ。教師や、友達や、むしろもう現実で探す必要はない。ネットでもいい。いじめられている人間が一人で考え続けることが問題なのだ。一人になれば自己卑下が当たり前になって、今日一日の大反省会が始まって、生まれてきたことを悪だと感じて、延々と同じ思考を繰り返す。落ち込みすぎている人は一人になってはいけない。


 そういえば高給バイトでは、金を貰って電話で人の悩みなどを延々と聞いてあげるというものがあるらしい。守秘義務は絶対守られて、ただ泣いたり、感情を昂らせたり、傷ついた人と対話してあげる。そこに料金が発生している。商売として成立している。需要があるのだ。やはり喋り相手のいない孤独は人を狂わせる。

 みっちゃんを一人にしちゃいけなかった。

 めずらしく私は爪を噛んでいた。

 みっちゃん、どうして、どうして。胸にそんな問いが疼くけれど、それはもはや言葉にならず、ただ辛く黒く渦を巻く。蛇のような情念は私の喉元を締め上げて頭から飲み込む。


 卒業を迎えた先輩に対しては一言、「あなたって人殺しですよね」と伝えておいた。彼女が幸福になるときに意識に現れ、烙印となるであろう言葉。


 いや、これから私が烙印にしてみせる。


 それから私はできることをしはじめた。


 手始めにクラス内の清掃をはじめた。クラスにもいじめられているやつがいる。私はその子と仲良くなった。いじめをやめさせるのは不可能かもしれないけど、私という自分以外にこの状況を客観的に整理して話してくれる人がいるから、彼女はたぶん自殺はしない。次は学年全体に手を広げた。学年内でもちらほらといじめられている人間がいた。話を聞いて、相談にのってあげた。


 終わったら、いじめをしている人と距離を縮めた。


 取り巻きのいる女子男子に混ざるのは厳しかったけれど、なんとかやり遂げた。暴力的な人は少なくて、意外とみんなふつうのひとだった。


 卒業が近くなってきて、受験勉強の色が濃くなってきた。自由登校になる日も近い。みっちゃんが死んで、私達は卒業しようとしている。みっちゃんのことを全部忘れている――でも、やっぱり、このまま終わるなんてありえないから。


 計画の最終段階。

 死体をつくる。

 被害者はいじめられっ子。

 加害者はもちろんいじめっ子。


 いじめっ子が何者かに呼び出されると、そこにいじめられっこの死体が転がっていて、なぜかその死体の凶器には自分の痕跡が付着している。冤罪をかけるのが私の計画だ。何組かペアがいるけれど、緻密に組むのは面倒だったので、いじめられっこ同士、部活が同じだったりした場合は一纏めにしておいた。複数人の揉みあいっていうシチュエーションだ。シチュエーションに現実味がないけれど、死体を見てショックを受けて怯えてほしいからそうした。


 自分で大作だと思ったシナリオを現実に演出するのは大がかりな仕掛けが必要で、まずキャストの多さにげんなりしたけれど、とりあえず予定時刻まで死体を用意するまでは上手くいった。死体の前まで招かれたいじめっこたちも、この異常な状況に恐怖したり、混乱したり、予想外の行動をしたりしたが、よい映像を見ることができた。


 いまは学校に何台ものパトカーが停まっている。

 警察が何十人も慌ただしそうに動いている。

 生徒たちは早く帰された。これから一週間ほどは予備登校だそうだ。特別な用事のある生徒以外は登校しなくていい。無関係の生徒には天国かも。


 でも犯行のさすがに不自然さを拭えないし、たぶん、警察は時間がかかっても私を見つけるだろう。私は死刑になるかもしれないね。そしたらみっちゃんとお揃いだね。


 吊られた者同士、天国で仲良くしようね。

 いや、天国じゃなくてもいいや。地獄でも、煉獄でも、みっちゃんと一緒にいられるのなら、どこでも。


 みっちゃんのことを全員が知る必要はないけど、私のこの言葉は先輩に刻まれてほしい。


 学校の前で待ち構えていた報道陣に私は得意満面で俯き、渾身の涙声でコメントした。


「いじめとかほんとうにひどいと思います。友達が先輩にいじめられて殺されてるので、今回のことも本当にショックです……」


 この報道を先輩は見ているかな。


 私の押した烙印に先輩が苦しんでくれたらいいな。

 このあと、暴走のきっかけを作ったのは先輩だって延々と言い続けるつもりだから。

 私の爪はぼろぼろに削れて醜くなってしまっている。

 後戻りできないくらい、すり減ってしまっている。

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― 新着の感想 ―
いじめが人間の本能であったとしても、醜いものは醜いのだなと感じました。助けが必要な人のゲートキーパーになることはとても難しいことで、後悔ばかりが手のひらからすべり落ちていくのだと思います。 しかし主人…
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