第1章 ① 別れと出会い
俺の名前は多田彰。
横浜の進学校に通う、高校2年の17歳。
身長180cmの筋肉質で目つきも良い方では無いせいか、他校の悪い奴らと付き合いがあり、喧嘩も強いと思われている。
長めの髪も茶色に染めている為、生徒指導の教師には目を付けられているが…これはあくまでオシャレの為だ。
実際はろくに喧嘩した事もなく、そこそこ勉強も出来る、彼女に一途で誠実な男なのだ。
クラスの気の合う奴らとつるみ、可愛い彼女も出来て、毎日を楽しく過ごしていた。ここまでの俺の高校生活は割と充実していた。
が、
…しかしそんな幸せも長くは続かなかった。
遥「…別れたいの」
1学期の期末考査の終わったその日、最近疎遠気味になっていた彼女、紺野遥から突如屋上に呼び出された。
2年になりクラス替えが有り、付き合っていた彼女とは別のクラスになった。それだけが理由では無いかもしれないが、俺はいきなり別れを切り出された。
彰「…は?いや、でもまだ付き合って3ヶ月ちょっとだろ?」
遥「…他に、好きな人が出来たの」
彰「何だよ、それ…」
遥「…とにかく!もう終わりにしたいから!じゃあね」
紺野遥は一方的に別れを告げると、振り向きもせず走り去って行った。
彰「…はぁ〜?…何なんだよ」
俺の青春が、音を立てて崩れ去ろうとしていた…。
1年の終わり頃、遥の方から告白してきた。
目鼻立ちがハッキリしていてスタイルも良く、可愛い女だなとは思っていたが…ほとんど話した事もなかったし、まさか自分に迫ってくるとは思ってもいなかったので驚いたのを覚えている。
特別好きだったわけではないが、タイプだったので気が付けばオーケーの返事をしていた。
彰「女って訳わかんねぇ…」
彰にとって遥は初めての彼女では無かった。中学時代はバスケ部だった事もあり、それなりにモテた。
女子に言い寄られ、付き合った経験は何度かあった。しかしそのほとんどが訳も分からず振られたのだ。
今回と全く同じ様に…。
今日はテスト最終日とゆう事もあり、既に校舎に人はまばらだった。テストから解放され、皆一刻も早く遊びたいのだ。
彼女に呼び出された俺に気を使い、友人の岡田と早川も先に帰った事だろう…。
帰路に着く途中、高校生のカップルが目に付き、付き合っていた頃の事を思い返す。
遥は積極的な性格で、付き合ってからキスするまではあっという間だった。
男の俺としては嬉しかったが、何とゆうかその先は…大事にしたかった。俺達はまだ、高校生なのだ。
もう…しばらく女はいいや、そう思った。
彰の自宅は学校から30分程歩いた所にある。
家に着くと直ぐ様自分の部屋にこもる。昼飯を食べる食欲もわかなかった。不貞腐れてゴロゴロしていると岡田からメールが来た。
『早川と先に合流してるんだけど、お前も早めに出てこない?』
彰(…ん?今日何か約束してたか?)
彰『悪い、何だっけ?』
メールを返信すると、すぐさま岡田から電話がかかってきた。
岡田「お前っマジか!今日の放課後、新しく出来た肝試しのとこ皆で行くって事になってただろ〜!?忘れたのか?」
彰「…あぁ〜…何かそんな事になってたっけ…」
岡田「全員参加じゃないと人数合わないんだから、お前も絶対来いよ!!」
彰「…はいはい、用意したら行くよ」
岡田「おう!着いたら連絡くれ」
岡田は鼻息が荒く、異様に張り切っている様子だった。
彰はそんなものすっかり忘れていた。失恋したばかりでとても乗り気じゃないが、岡田の勢いに負け仕方なく支度をする事にした。
場所は確か…最近駅前に新しく出来たアミューズメントスポットだったはず。
現在時刻は16時。クラスの集合時間は確かもう少し遅かったはずだが…あいつら、ナンパ目的か。ため息がでる。
一応最低限の身だしなみは心がける、オシャレする事は嫌いではないので流行りの店で買ったTシャツ、ハーフパンツに着替え、軽く髪もセットする。茶色く長い髪の隙間で、尖ったピアスが光っていた。これ…遥と付き合いだした頃に一緒に買いに行ったやつだ…そんな事をふと思い、彰はまた憂鬱な気分になっていた。
支度が終わると自宅を後にした。
下校途中の小学生を横目に早足で歩き、駅前に到着した。時刻は17時、今日は天気も良く辺りはまだ明るい。随分日がのびたんだな…ふとそう思った。そんな事にも気付かない位最近は忙しく、色んなことが充実していた。
岡田に着いた旨を連絡すると、5分程して早川と共に現れた。
岡田「おっせぇ〜よ!」
彰はバシッと強めに肩を叩かれた。
電話の時と同様、岡田はテンションが高く、興奮している様子だ。
彰「いてぇな、これでも急いできたんだよ」
岡田は見た目はイマイチだが面白い奴で、一緒にいて楽しかった。気合いを入れている割には、いつもの服装と特にかわりはなかった。
早川「こいつさ、今日の肝試しにかけてるみたいで、ずっとテンション高いんだよ」
早川は岡田とは正反対のゆったりとした性格で、物腰が柔らかく優しい奴だ。部活には入っていないが、ずっとサッカーをやっていてシュッとしている。赤いチェックのシャツに黒いパンツを履いていた。シンプルだが似合っていた。
彰「かけてる?何を?」
岡田「まりかちゃんだよ!奇跡的にペアになったんだって〜!前に散々言っただろ??」
彰「あ〜…そういえば。テスト前だったからそれどころじゃなかったわ」
彰のクラスは全部で34人、男女の割合が丁度半分だった。
肝試しは男女のペアで、テスト前にくじ引きで決めていた。彰は興味がなかったのでくじは最後に引き、結局誰とペアになったのかも分かっていなかった。
岡田「お前はっ本当にマイペースだな!とにかく!俺は今日この日を楽しみにテストを乗り切ったんだ!」
彰「それはお疲れさん。その、佐奈田まりかとか…他のクラスの奴もう来てんの?」
岡田「いや、分からん!ただテンション上がってウロウロしてただけだから」
彰「…付き合わされたお前も大変だったな」
早川に労いの言葉をかけると笑っていた、寛大な奴だ。
早川「さっきゲーセンの辺りとか行ってみたけど、まだ誰も来て無さそうだったかな」
彰「まだ少し早いしな〜まぁでも俺はまだ行った事ないし、ぼちぼち行ってみようぜ」
3人は駅前の広場からアミューズメントエリアに移動する事にした。
彰「…そういえばさ、俺別れた」
岡田「…何が?」
彰「いや、だから、振られた」
早川「えっ…遥ちゃん?」
彰「そう、他に好きな奴が出来たんだと」
岡田「…マジかぁ…お前何かしたの?」
彰「何もしてねぇよ!だいたい…まだ手も出してなかった位だし…」
岡田「うわっ勿体無い!早くやっちゃえば良かったのに〜」
彰は軽薄な岡田を睨みつけた。俺はお前と違って品行方正な男なんだよ。
岡田「だってそうゆう事じゃないの?付き合って3ヶ月位でしょ?いい加減焦ったいってゆうか…早く抱かれたかったんじゃないかな〜。お前意外と硬派なとこあるもんな」
彰「…」
岡田「遥ちゃんって可愛いし経験豊富そうだから物足りなかったのかもな〜」
岡田はサラッと傷を抉る様な事を言ってきた。こいつの無神経さにはもうとっくに慣れていた。
早川「まぁ早く忘れて次探そうよ!」
みかねた早川が慌ててフォローを入れた。こいつは岡田と違って空気も読めるし本当に良い奴だ。モテないのが不思議な位だ。
彰「…しばらく女はいいかな」
早川「彰は格好良いんだし、そんな事言うなよ。あっ、ちなみに今日のペア誰だっけ?」
彰「…しらねぇ」
岡田「お前なぁ〜!誰か来たら俺聞いてきてやるよ!」
彰「…早川は?」
早川「あっ俺は中村さんだった」
彰「…中村?誰だっけ?」
岡田「あのガリ勉女だろ?俺は無理〜」
早川「まぁ…性格は良さそうだよね」
彰「ふーん…」
彰はますますどうでも良くなった。しかし岡田みたいなのがクラスで可愛いと人気の佐奈田とペアで、早川の様な良い奴が根暗そうなガリ勉女とペアだなんて…世の中はつくづく不公平だなと思った。
クラス女子「あっやっほー、ねぇ多田達も来てた〜」
岡田「おっ女子が続々と!」
岡田「なぁなぁ仕切ってんのって誰だっけ?彰がペアの子わかんねぇって」
女子「マジ〜?もう〜多田君その位覚えときなよ〜ペアの子が可哀想じゃん!杏奈に聞いてみる」
岡田「あっまりかちゃん達もう来てんの?」
女子「あっちにいたよ。」
岡田「じゃあ直接聞いてみるよ!サンキュ」
岡田「よし!お前ら行くぞ!!」
岡田は更にテンションが高くなった様で、彰と早川を引っ張って走り出していた。
岡田「よっ!皆揃ってきたな〜」
杏奈「ん?あぁ…あんた確かさなとペアだっけ?」
河野杏奈はサバサバしたギャルで、
こういったイベント事を仕切るのが得意の様だ。
おっとりした佐奈田まりかとは正反対だが、仲が良いのかいつも一緒に行動している。
岡田「そう!まりかちゃん、宜しく〜!」
まりか「宜しく」
ウェーブがかったロングヘアに、白いフリフリしたワンピースを纏って微笑んでいる。きっと男を虜にする為の笑顔だろう。俺はこの手のタイプの女は苦手だった。
岡田は分かりやすい男なので、私服姿のまりかを前にあからさまにデレデレしていた。
岡田「…あっ!そうだ!彰がさ、ペアの子分かんないって言うんだけど誰だっけ?」
杏奈「はぁ?それくらい覚えときなさいよ〜ちょっと待って」
杏奈は携帯を取り出し、何やら確認している。
杏奈「あぁ…多田はね、玲だわ」
彰&岡田&早川「…え?」
岡田「…玲って…もしかして北見の王子様?」
杏奈「そうだよ。女子側でカウントしないと人数合わないからね」
北見玲は女のくせに男子の制服を着ている変わった奴だ。
空手部所属で確か全国大会を制したと聞いている。
生徒会副会長でもあり、頭も良く、正義感も強く、端正な顔立ちでその辺の男よりよっぽど格好良いと女達が騒いでいた。他校にもファンがいる、この学校の王子様だ。
杏奈「多田〜あんた、ちゃんとエスコートしてあげてよ」
彰「…はぁ〜?必要ねぇだろ」
そういえば河野杏奈と佐奈田まりかは、北見玲とよく一緒に行動している様だった。
佐奈田はよく北見と腕を組んで歩いているので、まるでカップルの様だった。
北見はこの学校ではちょっとした有名人なので、1年の頃から名前は知っていたが、2年になり初めて本人を間近で見た時には正真正銘男かと思った程だ。
何しろ可哀想なほどに胸が無いのだ。
女子の割には背が高く、ショートカットで中性的な綺麗な顔をしていた。
そんな事を考えていると杏奈が彰に耳打ちしてきた。
杏奈「玲はあれで案外怖がりだからね、ちゃんと守ってあげてよ」
彰「いやっ意味わかんねぇし…」
杏奈「じゃあね」
まりか「あっ岡田君また後で」
気付けばもう少しで開始時刻の様で、杏奈とまりかは受付の方に去っていった。
岡田「マジかぁ…おつ」
早川「新しい恋は…期待出来そうにないね」
彰「…ほっとけ」
岡田「まぁ王子様にしっかり守ってもらえよ、彰くん♡」
彰「…」
別に期待していた訳じゃないが、俺の新しい恋への道は早々に閉ざされたようだ。
全く…俺の最近の運勢はどうなっているんだ。
その時遠くで女子達の黄色い声が響き渡った。
岡田「…何騒いでんだ?」
早川「あっもしかして噂の王子様の登場なんじゃない?」
彰「…女のくせに、女子にキャーキャー言われて嬉しいのかよ…」
正直彰には全く理解できない人種だった。
特別興味もなかったが。
早川「色々話してみれば?話したら案外普通かも」
彰「…何聞くんだよ。お前、女が好きなのか?とか聞けねぇだろ」
岡田「モテるみたいだし女の落とし方とかレクチャーしてもらえよ」
彰「…うるせぇ」
早川「あっこっち来るみたい」
北見玲が爽やかに彰達の方に駆け寄ってきた。
白い大きめのTシャツにダメージジーンズ、白いスニーカーとシンプルながら格好良く着こなしていた。
素材が良いとこうも映えるのだ。
ただ走ってくるだけなのに、その姿は映画のワンシーンの様な美しい姿で、女子達が騒ぐのもわかる気がした。
玲「ごめんね。ギリギリになっちゃった!多田君達は早く来てたんだってね?今日は宜しく!」
北見玲が屈託の無い笑顔で微笑んだ。
彰達はこれまで玲とまともに話した事がなかったので、本人を目の前にその存在感や爽やかさ、美しさに圧倒されていた。
岡田「…は!あっ俺まりかちゃんのとこ行ってくる!」
玲「あっ岡田君、まりか楽しみにしてたよ。…ワンピース、褒めてあげると喜ぶかも」
岡田「…センキュ!」
岡田は思いがけないアドバイスをもらい、張り切って走り去っていった。
玲「早川君は?」
早川「あっ俺は中村さんがペアなんだけど…何処だろう」
玲「中村さんなら入り口の辺りで見たよ」
早川「ありがとう。行ってみるよ」
早川も立ち去り、玲と彰の2人きりになった。
しばしの間、沈黙が続いていた。
気まずく感じたのか北見玲が話しかけてくる。
玲「多田君とこうやって喋るの初めてだね」
彰「…そうだな」
玲「多田君はテストどうだった?」
多田「…まぁそれなりに」
玲「多田君、頭良いよね?いつもクラスで10位以内に入ってるから凄いなって思ってたんだ」
彰「…学年トップの王子様程じゃ無いけどな。てか無理に話そうとしなくて良いから」
2人の間に気まずい空気が流れる。そんな中、店のスタッフに呼ばれ、
「お2人が最後ですよ〜皆さん入られたので中へどうぞ」
と案内される。
くじ引きの時と同様、気付けば最後になっていた様だ。
玲「行こうか」
彰「…」
気まずい空気のまま2人は中へ進んでいく。
最新のアミューズメントスポットだけあって、一歩踏み込めばそこは既に恐怖の空間が広がっていた。
玲は思わず立ちすくむが彰はそれには気付かず足早に進む、置いて行かれまいと玲も彰を追いかけた。
玲「…!!た、多田君…生首がぶら下がってる…」
玲は彰の袖を軽くつまんで話かけた。
彰「….あんなの、ただの作りものだろ」
彰は気にする様子もなくひたすら進んでいく、北見玲も後ろから着いて来ている様だった。
彰(ったく…クソつまんねー…とっとと終わらせて帰るか)
「きゃー!!」
すぐ後ろから女の悲鳴が聞こえた。
彰「…?」(何だ?もう次の客達が来たのか?早いな)
彰は後から来た奴に抜かされるのは嫌だったので、さらに先を急ぐことにした。
玲「!た、多田君待って〜」
彰より少し離れた所にいた玲も走って追い掛けようとするが、暗くて足元が見えず転倒した。
玲「…!…いたた…」
(あっ…多田君…行っちゃったかな…怖いな…)
玲は1人暗闇でシュンとしていた。
その時何かが目の前を遮る。玲は恐る恐る見上げると、彰が大きな手を差し伸べていた。
彰「…何やってんだよ」
玲「…あっありがとう」
彰の大きく逞しい手に、玲は自分の手を重ね合わせた。空手をやってる割には可細く華奢な手だった。
彰「…お前、空手部の割に案外鈍いな」
玲「…だって、多田君が先に言っちゃうから…」
彰「俺のせいかよ?」
玲「あっ決してそうゆう意味では…」
彰「とっとと行こうぜ。…2人一緒じゃないとゴール出来ないんだからな」
そこからしばらく進んで行くと…
〝お疲れ様!ここが折り返し地点だよ!…後半はもっと怖いから気を引き締めて行こうね♡”
と書かれた看板があった。
やっと折り返し地点に到着した様だ。まだ半分か…。
看板の先にある黒いドアを開くと、前半より更にどんよりとした雰囲気がただよっていた…。
そのまま進んで行くと…途中、後ろから何かが玲の肩を叩いた…恐る恐る振り返ると………。
そこには血塗れの女が立っていた。
玲「…きゃ〜!!」
玲は恐怖のあまり彰に後ろから抱きついた。
彰「…!?」
彰は血塗れの女など怖くもなかったが、北見玲のそのギャップに驚いていた。
普段の声が低いわけでは無いが、そんなに可愛い声が出るのか、と感心した。
気を取り直しそのまま歩いて行くと、少しして玲は正気に戻ったのか彰から離れた。
玲「…ご、ごめんなさい」
彰「…別に」
更に進んで行くと今度はイキナリ井戸の中からゾンビが現れた。
玲「…いや〜!!」
今度は彰の横から玲がしがみついてきた。
彰「…」
黄色い声をあげる女に抱きつかれて、悪い気はしなかった。
玲「…あっ!またっごめんね!」
玲は素早く彰から距離を置いた。
彰「あの…もしかして本当にこうゆうの苦手なの?」
玲は今にも泣き出しそうな顔で思いきりうなずいた。
彰(…河野がそんなような事言ってたけど…本当だったのか…)
玲「…あの…もしご迷惑でなければ、腕に捕まらせてもらっても良いかな…?」
北見玲が涙目で訴えかけてきた。
暗くてあまり見えなかったが、震える声が可愛かった。
それに女に頼られるのは男として単純に嬉しかった。
彰「…どうぞ」
こんな展開になるなど全くの予想外だったので少し驚いたが、彰はそっと自分の腕を差し出した。
北見玲がギュッと腕を絡めてくる。
予想通り胸は全く無いが、女らしい華奢な腕の感触だった。
その後も度々玲に抱きつかれながらも、2人は何とかゴールまで辿り着いた。
玲「…こっ怖かった…」
出口を出て少し歩いた所で、玲が膝から崩れ落ちた。
彰「…マジなんだな」
玲「…え?」
彰「いやっ王子様にも弱点あんだなって」
彰もしゃがみ込み、玲の顔を覗き込んだ。
玲「そりゃあるよ…人間だもん…」
北見玲は恥ずかしそうに俯いていた。
彰「…何か飲み物買ってくるよ。そこ座ってな。…あっ立てる?」
玲「あっ大丈夫…!うん、待ってるね」
近くのベンチを指差し、彰はお化け屋敷を後にした。
ゲームセンターのある方に彰の姿は消えていった。
玲はゆっくりと立ち上がり、近くのベンチに腰を下ろした。
玲「…あ〜…やってしまった」
(多田君、また怒ってるかな…)
玲は気が重くなり、1人うなだれていた。
少しすると向こうの通りから、缶コーヒーを持った彰が戻ってきた。
顔を上げた玲と目が合う。
彰「…疲れた?」
玲「あっ…ちょっと自己嫌悪とゆうか…。あの、この度は大変ご迷惑をおかけしました…」
玲は彰に深々と頭を下げた。
彰「ぶっ…!何だよそれっ」
突然意味の分からない真面目な謝罪をする玲が何とも可笑しく、彰は思わず吹き出してしまった。
玲の予想に反して彰は思い切り笑っていた。
玲にとって彰の笑顔を見たのはこれが初めてだった。
玲「…あれっ…怒ってないの?」
彰「怒る?何で?」
玲「…何かずっと不機嫌だったから…私何かしたかなって、気になってて…」
彰「…あ〜…別にお前のせいじゃないから。…俺、今日失恋したの」
玲「…え?」
彰「ここに来る前に彼女に振られたんだよ。…急だったし、結構ショックでさ…。何か勘違いさせたなら悪かったな」
玲「…そうだったんだ。…そんな時に私はこんな醜態を…。多田君今日本当ついてないね」
彰「お前が言うなよ」
彰は再び笑顔を見せる。
缶コーヒーを飲み終わり一息つくと、玲が再び口を開いた。
玲「…皆どうしたかな?どうする?解散する?」
彰「あぁ…この後何か約束でもある?」
玲「…?特に無いけど…」
彰「じゃあ途中まで送ってくから一緒に帰ろうぜ」
彰は玲の飲み終わったコーヒーの缶を受け取ると立ち上がり、駅の方に歩き始めた。
玲「え…う、うん、ありがとう」
玲は少し戸惑った様子だったが、彰の後をついてきた。
帰宅時間のラッシュもあり駅前は混雑していて、街は夜の人で溢れていた。会社帰りのサラリーマンやOL、学生や若いカップルなど…。
2人は特に会話もないまま最寄りの駅まで到着した。
玲「あっ私電車じゃ無いの。こっち、歩いて帰れるからここで」
彰「マジか、俺んちもこっちだよ」
玲「そうなんだ!…家、案外近いかもね?」
彰「…だな」
別れる理由もなかったので、2人はそのまま一緒に帰る事にした。
彰「なぁ、何でいつも男子の制服なの?女の格好とかしないの?」
玲「…たまにするけど、こっちの方が楽なんだ」
彰「ふ〜ん…たまにするんだ、見てみたいな」
玲「…それより、何で彼女と別れたの?…あっ言いたくなかったら良いけど…」
玲は彰の要望を軽やかにスルーして、話題を変えてきた。どうやら女の格好はあまり見せたく無い様だ。
彰「…他に好きな奴が出来たんだと。まぁ2年になってクラスも別になったし、同じクラスに俺より良い奴が居たのかもな」
玲「多田君…格好良いからすぐ彼女出来るよ」
彰「女子にモテモテの王子様に言われたくねーよ」
玲「本当だよ?今日だって男らしかったし…頼れる感じ」
玲が眩しい笑顔で微笑みかける。長いまつ毛と少し赤らんだ頬が女らしさを感じさせた。
彰「…じゃあ、今度デートして」
玲「え……私!?何で?」
彰「何でって…普通聞くか?お前に…興味があるから。
短い時間だったけど、今日一緒に過ごしてみて思った。
周りは最強王子なんてもてはやしてるけど…普通に、普通の女の子だよな」
玲「…そんな事、初めて言われた…」
玲はどうして良いのか分からずに俯いた。
彰「今日守ってやったお礼って事で!週末あけといて!」
玲「え…(まだ行くって言ってないけど…お礼はしなくちゃ)分かったよ」
彰「あっお礼なんだから絶対女子の格好で来いよ?そんな感じで来たらその場で着替えさせるからな」
玲「…多田君、何か楽しそう…Sなの?」
彰「違うよ、どSだよ」
彰はニヤリと笑った。
玲を自宅付近まで送り届けると、彰も帰路に着く。方角は少し違ったが、それでも割と近い距離に位置していた。学区が違うので中学は違ったが、まさかこんなに近くに住んでいたとは…。
クソつまんねぇと思っていたクラス行事だったが、気付いたら俺は失恋の事などすっかり忘れて、彼女との時間を楽しんでいた。
自分でも信じられないが、俺はこの時から彼女に興味を持ち始めていた。おそらく自分よりも強いであろう彼女に…。
今日あった色んな出来事を、昨日の自分が知ったら何て言うだろうか…。きっと信じられずに頭を抱え込む事だろう。