2話
翌日。一晩寝てもすっきりしなかった。ただでさえ憂鬱な月曜日がますます憂鬱だった。
「どうした?なんか今日ずっと暗いじゃん」
授業の合間の休み時間、菅谷が心配そうにきて僕の前の席に座った。
そんなにわかりやすいのだろうか。
僕は、伏せていた顔をあげて菅谷に目を向けた。
「……休日に男女二人きりで出かけるってどういう関係だと思う?」
いきなりの問いかけに、菅谷は眉を寄せた。
「はあ?付き合ってるんじゃねーの?何、桜木さんが誰かと二人で出かけてたのか?」
付き合ってる……?
再びショックを受けた。やっぱり、そうなんだろうか。あの光景を思い出して深く落ち込む。桜木さんだったらこんな風にはならないのに、涼花ちゃんだったらこんなに辛い。涼花ちゃんが僕以外の男子と一緒にいるの見たのがはじめてだったからかもしれない。
「突然どうした。いつものことじゃん?」という菅谷の言葉に、弱々しく首を横に振った。
「違う。桜木さんじゃない」
「なら誰だったんだ?」
「涼花ちゃんだよ」
「誰だよ」
「図書室の後輩」
菅谷は思い出したように「ああ!」と言いながらポンと手を叩いた。
「あの子か!って何。桜木さんじゃなくて後輩ちゃんのことが好きだったのかお前??」
え?僕が涼花ちゃんのことが好き?
「僕は桜木さんが好きだけど」
「それは嘘だろー」
即座に否定されてしまった。
嘘じゃないし。
むっとして菅谷を軽く睨むと、菅谷はケラケラと笑い声を上げながら目を細める。
「前からちょーっと思ってたんだけど、瀬戸は本当に桜木さんが好きなのか?俺は違うような気がするんだよなあ」
「それは、なんで?」
「というか、瀬戸は後輩ちゃんのことが好きだろ」
「え?」
「だって瀬戸は桜木さんが誰といようが何しようがケロっとしてただろ。そこが周りにいる天沢たちとで桜木さんに対する反応が違うんだよな。なのに後輩ちゃん…えーっと涼花ちゃんだっけ、に対してはさ、誰か別の男といただけでそんなに落ち込むくらいだ」
菅原がニヤリと笑う。
「それを好きといわずに何というんだよ」
僕は目を瞠った。
好き。僕が涼花ちゃんを。
その言葉はストンと僕の中に入ってきた。
じわじわと顔に熱が集まっていく。同時に好きという言葉が頭に広がっていった。
涼花ちゃんの姿を思い浮かべて、しみじみ呟く。
「僕、涼花ちゃんのことが好きだったのか」
「おいおい、今更かよ」
呆れた視線を向けられ、既視感を覚えた。
「それ、別の話で涼花ちゃんにも言われたよ」
思い出して頬を緩ませると、菅谷は「そんな顔しといて、全く気づいてなかったのかよ」と呟いた。
涼花ちゃんが好きだ。
そう気づいたからには僕はまず、はっきりとさせなきゃいけない問題がある。
そう、桜木さんのことについてであった。
「桜木さん」
放課後、帰り支度をする桜木さんに僕は声をかけた。
「瀬戸くん、どうしたの?」
目を瞬かせて不思議そうにする桜木に僕は言った。
「好きだよ」
僕がそう言った途端、教室から物音が消えた。
残っていたクラスメイトの何人かから強い視線を感じる。よく考えれば、教室で話す内容ではなかったかもしれない。だけどこれは一種の僕の決意だ。誰かに証人になってもらうのもいいかもしれない。
そう考えていると、きょとんとした桜木さんがいつものようにふんわり笑って答えた。
「え〜?なぁに急に。私も好きだよ」
前と同じだ。前と同じ答え。
でも僕は前とは違う。だから涼花ちゃんが好きだと自覚した今ならわかる。桜木さんの瞳に熱がない。桜木さんは僕のことを恋愛的な意味では好いていない。だけどそれは僕もだった。
桜木さんに対するこの想いは恋じゃないと今ならはっきりわかる。嬉しかったはずの「好き」の言葉が前ほどには嬉しくない。
僕はすっきりした気分で頷いた。
「うん、だよね。じゃあ、これからもいい友達でいようね」
「えっ」
桜木さんが驚いたように目を見開いた。
「何?」
「あっ、えっと瀬戸くんは私のこと好き……なんだよね?」
「うん。友達としてね」
「友達?え、何を……」
「え?他にどんな意味があったの?僕の他にも天沢くんや御子柴先輩に、結城くんにも好きだって言ってたよね」
首を傾げながら問うと、桜木さんが焦ったような顔で言い淀んだ。いつもふんわりと笑顔な彼女が珍しい表情をしている。
こんな表情するんだなと思ったけど、ただそれだけだった。
「それは」
「あ!そうだ、あともう一つ言っておきたいんだけど、これからも桜木さんと少し距離をおくね。桜木さんが他の女子に避けられてるの僕たちが原因だったみたいでさ」
「え、そんな……」
「じゃあ、僕もう行くね。バイバイ」
呆然とする桜木さんを置いて、僕は教室を出た。後ろからクラスメイトの戸惑う雰囲気を感じたけど、僕は清々しい気分だ。
図書室へと向う僕はもう振り返ることはなかった。
図書室についた。まだ入ってもいないのにもうすでに気持ちが重い。
ゆっくりドアを開けて入る。受付には、いつも通りの様子の涼花ちゃんがいる。固い声で挨拶をすると、涼花ちゃんは心配そうに僕を見た。
「先輩、どうしたんですか?」
何にもないよ、そう言って笑って返せばよかったのに頭の中にずっとずっと離れてくれなかった疑問がつい口からこぼれ出てしまった。
「昨日、一緒にいた人誰?」
口に出してから僕はしまった、と思った。彼氏だってことを本人の口から聞きたくないのにわざわざ聞くなんて僕は馬鹿なんじゃないだろうか。
自分が口にした言葉に動揺する僕に、涼花ちゃんは目を瞬かせた。
「一緒にいた人ですか?」
「あの、黒髪でクールなかっこいい感じの」
あの時の、端正な顔立ちの黒髪男を思い浮かべながら言う。
涼花ちゃんはしばらく考えたあと、思い出したのか小さく頷く。
「ああ、ゆうくんですね」
ゆうくん。親しい呼び方にショックを受ける。
ああ、やっぱり聞かなきゃ良かった。
「……涼花ちゃんはああいうやつが好きなの?かっこ良かったよね彼。僕と、違って……」
心臓が痛い。泣きそうだった。表情を上手く取り繕える自信がなくて俯いた。
震える声が情けない。声が小さくなってしまったけど、最後までしっかり聞こえていたらしい彼女は、きょとんと不思議そうな声で言った。
「何言ってるんですか。先輩だって充分かっこいいです」
「えっ」
思わず顔を上げた。
「なんで間抜けな顔してるんです?私が先輩を褒めるなんて滅多にないんですからよくよく聞いておいてください」
「滅多にないの」
「先輩は自己評価が低すぎます。優しく整った顔立ちから女子に王子みたいって褒められてるんですよ?もっと自信持ってください。
「外見だけ褒められても」
嬉しくない。
再び俯くと、涼花ちゃんの声のきっぱりと断言する声が耳に届く。
「外見だけじゃありませんよ」
「え」
「気遣いができて、ちょっとした変化にも気づいてくれる。困ったときに先輩に助けてもらったっていう人がどれだけいると思ってるんですか?いつも笑顔でいて、中身も見た目も王子そのものって言われてるの知らなかったんですか」
「知らなかった」
王子そのものって、何それ恥ずかしい。
でも、多分だけどそうやって言われるようになったのは、涼花ちゃんのアドバイスのおかげだ。気配りと少しの変化を見逃さないこと。もともと桜木さんを振り向かせるために気にしていたことだけど、それが良い評価に繋がっていたのならやっぱりそれは涼花ちゃんのおかげだ。
「先輩らしいですね」
柔らかい笑みを浮かべる涼花ちゃんに僕は見惚れた。
ああ、本当に
「好きだな」
「え?」
涼花ちゃんが目を丸くして僕を見ていた。
「…………ん?」
我に返って気づく。
あれ、今僕なんて言った?
好きって言わなかっただろうか。
途端に顔から血の気がひいていく。どうしよう。言うつもりなかったのに。
いやでも、せっかくの機会だ。
今言わなくていつ言うのだ。
僕は決心し、涼花ちゃんをまっすぐ見た。
「桜木さんのことを散々相談しといて信じられないかもしれないけどさ。僕、涼花ちゃんのこと好きなんだよね。本当に無自覚だったんだけど恋をしていたんだ、君に」
「………」
「彼氏がいるのはわかってるから返事はいらない。でも、これからも図書室に来るけど、避けずにいつものように話してくれると嬉しいな」
涼花ちゃんは驚いた様子で固まっていた。無理もない。散々別の女の子の相談しておいて、今更君が好きなんて信じてもらえる方がおかしい。
なのに、僕は涼花ちゃんから離れたくなくて、避けずにいてほしいとか、またいつものように話してほしいなんて未練たらたらで縋ってる。
「自分勝手かもしれないけど。本当にごめん」
本当、僕は自分勝手だな。
心の中で自分に向かって嘲笑する。
そんな僕に涼花ちゃんは意味がわからないと言いたげな表情を向けていた。
「ちょっと、待ってください」
「うん」
「彼氏って誰ですか?そんなのいないんですけど」
え?
今度は僕が先ほどの涼花ちゃんと同じ表情をすることになった。
どういうことなの?
「え?さっき言ったじゃん。ゆうくんって」
「ゆうくんは兄ですよ」
「兄!?似てない!!」
ええ!?
僕はもう一度、あのイケメン男を思い浮かべた。似て……ないな?
強いて言うなら黒髪がさらさらで似てるかもしれない!
混乱する頭でそう結論を出す。
「よく言われます。写真、見ます?」
「見る!」
「家族で撮った写真なんですけど」
食い気味に頷くと、涼花ちゃんはスマホを操作し写真を見せてくれた。
そこには、涼花ちゃんと涼花ちゃんと雰囲気の似た男性。そして兄だという、ゆうくんとゆうくんによく似た美人が笑顔で写っていた。
「私は父似なんですよね」
納得した。たしかに涼花ちゃんは父親似で、ゆうくんとやらは母親に似ている。そして、気づく。
ということはつまり、ゆうくんは兄で間違いない。
思わず顔が嬉々としてしまう。
「え、じゃあ本当に涼花ちゃんに彼氏はいない?」
「そうですけど。……先輩、すごく嬉しそうですね」
「そりゃそうだよ!あっ、告白やり直していい?今度はちゃんと返事を」
もう一度告白し直そうと口を開こうとする僕は、涼花ちゃんに唇を人差し指で押さえられて言葉を封じられた。
え、何で?
戸惑って涼花ちゃんを見ると、なぜかとても真剣な表情をしている。
「先輩」
一体、何を言われるのだろう。
不安でドキドキする僕に気づいているのかいないのか、涼花ちゃんはふわりと笑みを浮かべて言った。
「好きです」
「へ?」
脳がその言葉を理解してくれない。思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
好きって言われたような。
いや待った、僕の聞き間違いかもしれない。
涼花ちゃんはまるで僕の心を読んだように、「聞き間違いじゃないですよ」と再びニコニコと笑顔で言ってくる。
「好きです先輩。王子っぽい感じもいいんですけど、私はどこか抜けてて、思った感情がすべて顔にでる可愛い先輩が大好きです」
「え、え、本当?」
「本当です、先輩。あと、私は先輩と違って返事が欲しいです。私と付き合ってくれませんか?」
「うん!喜んで!」
ああ、人生の中で今が一番幸せかもしれない。
嬉しい。嬉しすぎる。
涼花ちゃんの手を引っ張って、思いのままに強くぎゅっと抱きしめる。耳元で涼花ちゃんが囁いた。
「先輩が私を好きだってこと、薄々気づいてたんです。そうだったらいいのにってずっと思っていたんですよ」
「えっ」
僕の気持ちを僕よりも早く気づいてたってこと?
驚いて涼花ちゃんの顔を見ると、彼女は幸せそうな笑みを僕に向けた。
読んでいただきありがとうございました。




