八話 私/ワタシをどうか貴女のモノに②
二千五百位で終わるかな? っておもったら、普通に三千超えたでござる
とまぁ、そのような経緯があり、バラクエルは頭を悩ませていたのだ。
「お願いします、魔王様」
「どうか、ワタシたちを貴女のモノにしてください」
「い、いや……そうはいってもだな……」
アディアとアリアは何処までも本気だった。本気で、バラクエルのためになりたいと思って頭を下げている。そして、それを感じ取っているからこそ、バラクエルは強く否定することが出来ない。
それに、バラクエルも嫌ではないのだ。双子の申し出を、迷惑に思ったり、鬱陶しいと感じているのなら、バッサリと切り捨ててしまえばそれで済む事。それでもなお食い下がって来ようものなら、実力行使に出ればいい。魔王と双子の間には、それだけの力の差があるのだから。
それをしないのは、バラクエルが双子の言葉に惹かれているからに他ならない。それでも拒否するような態度をとるのは、偏にアディアとアリアを思ってのこと。自分がこれから歩んでいく運命に、二人を……バラクエル自身が綺麗だと感じた者たちを巻き込むことが躊躇われたからだ。
受け入れたい。けれど、受け入れるわけにはいかない。そんな二律背反な思いを抱くバラクエルは、人族の伝承に伝わる魔王とは思えないほど、心優しい少女だった。
自分では結論が出せないと思ったバラクエルは、アディアとアリアに思い直すよう説得にかかる。
しかし、覚悟の決まったアディアとアリアは手ごわかった。
「なぁ、お前たち。言っている意味が分かっているのか? わたしに付いてくるということは、人族の領域を出て、魔界に行くということなんだぞ? 周りには魔族……つまり、人族であるお前たちの敵しかいない場所だ。そんなところで生活なんてできないだろう?」
「まったく問題ありません。私たちには魔族に対する敵愾心や嫌悪感がありませんし……。むしろ、魔王様と同じ種族を嫌う理由がないです」
「そもそも、今までもワタシたちの周りには敵しかいませんでしたわ。種族が人族から魔族に変わるだけ……今までと何も変わりませんわ。それに、ワタシもお兄様も人族大嫌いですし」
「ぐっ……しかし、魔界は危険なところだぞ?」
「それも、今と変わりませんね。すこし人前に出れば、拳やら石礫やらが飛んでくるような環境で暮らしてきましたので、今さらです」
「ワタシたちも、戦いの心得は嗜んでいます。自分の身は自分で守るように努力しますわ」
魔界の危険性を説いたところで、そもそも人族の領域内でさえ命がけの日々を送ってきたアディアとアリアには『何を今さら』状態で……。
「わ、わたしに付いてこなくても、お前たちなら国に取り立ててもらうことも出来るはずだぞ? お前たちの魔力属性は人族にも魔族にも滅多に現れない『闇』だし……」
「へぇ、そうだったんですか。自分の魔力属性なんて初めて知りました。お母様は魔力適用法を使った肉弾戦しか教えてくれなかったので、魔法に関してはほとんど無知なんですよね……」
「ええ。属性を調べる魔道具があるのは知っていましたが、ワタシたちに使わせてくれるような奇特な人族はいませんでしたし。お母様も『魔法なんてなくたって、自分の身体一つあれば大抵何とかなるわよ』とおっしゃっていましたので」
「……い、今は他者から受け入れられていないお前たちかもしれないが、その属性を明かせば扱いは一変するだろうな。そうすれば、環境も変わってくるはずだ。平和で虐げられない暮らしだって……」
「とはいえ、今さら人族のために何かしたいなんて微塵も思いません。さっきもアリアが言いましたが、人族とか大嫌いですし、『いつか痛い目に遭わせてやる』くらいにしか思っていないので」
「そうですわね。それに、そんな珍しい力があるのなら、是非とも魔王様のために使いたいですわ。魔族の方でもめったにいないという話なら、ワタシたちにしかできないこともあるのでは?」
「うっ……ま、まぁ、その通りだが……むぅ……」
お前たちは人族の中でも十分にやっていける力があるぞと言えば、『人族? そんなことより魔王様だ!』とさらにやる気を漲らせる。
「わ、わたしにはとある夢……いや、野望がある! しかし、それを成すにはかなりの危険が伴うのだ! わたしの下に付いたとなれば、命を失うだけならまだしも、拷問を受けたり、精神を壊されたり……と、とにかく! ものすごい酷い目に合うかもしれないのだぞ!?」
「覚悟の上です。我が命はすでに貴女のもの。貴女のお好きなようにお使いくださいと、先程から言っているでしょう?」
「ワタシたちも、生半可な気持ちで言っているわけではないのです。魔王様、どうかワタシたちに貴女様の野望をお手伝いする栄誉をいただけませんか?」
「う、うぐぐぐ……ご、強情なヤツらめぇ……」
「「それはこちらのセリフです。魔王様」」
「ええい! 声を揃えて言うなー!」
最後に、自分に付いてくる事の危険性を強調し、半ば脅すようなことを言ってみたが、二人には通用しなかった。
そろそろ説得する材料も尽きてきたバラクエルは、うぐぐ……と唸りながら、何とかして双子を諦めさせることのできる方法を模索する。
……と、なんだか妙な方向に努力しようとしているバラクエルだが、内心ではすでに分かっているのだ。いくら言葉を重ねようが、どれだけ脅そうが、アディアとアリアが諦めないと。必死になってるのは単に、心配しているのにそれをまったく分かってもらえないことにムキになっているだけだったりする。
もっと身も蓋もない言い方をしてしまえば、『拗ねてる』となる。バラクエルは心優しい少女であることに加え、見た目相応なところもある少女なのだ。
そして、ムキになっている時というのは、冷静な判断を下すことが難しい。故に、よく考えれば間違いだと分かることをついやってしまうのだ。
「ふっふっふ……。そうかそうか、わたしがこれだけ言っても分からないか……」
バラクエルは双子に向かってちょっとヤケクソな感じの笑みを向ける。腕を組んで薄い胸を逸らし、迫力たっぷりに口を開いた。
「……いいだろう、お前たちの願いを叶えてやろうじゃないか。わたしは魔王だが、残酷な魔王ではなく寛容な魔王だからな」
その言葉に、アディアとアリアは驚きを示すように目を見開いた。
「ッ! あんなに嫌がっていたのに……。まだ、お母様直伝の頼み事奥義、『ドゲザ』が残っていましたのに……」
「ええ、それでもダメなら、最終奥義たる『ジャンピング☆ドゲザ』を使うこともやぶさかではなかったのですが……」
「さっきからちょいちょい気になっていたが、お前たちの母親はどうなっているんだ!?」
思わず鋭いツッコミを入れてしまったバラクエルは、ハッと我に返ると、コホンと咳払いを一つ。気を取り直して「ただし!」と言葉を続ける。
「一つ、条件がある。それを飲み込めるというのなら、お前たちを我が配下にしてやろう」
「条件……ですか?」
「それは、一体?」
そろって首を傾げる二人に、バラクエルはビシッと人差し指を突き付けると、ニヤリと唇の端を吊り上げる。
そして、自信満々に言い放った!
「お前たちに課す条件。それは……――――魔族に、転生することだッ!!」
だぁ、だぁ、だぁ……と、広場にバラクエルの声が木霊する。
沈黙の帳が下りる中、バラクエルは内心で「ふっ……」と不敵な笑みを浮かべて見せた。
(どうだ、この無理難題っぷり! どれほど覚悟があろうと、生まれ持った種族を変えろと言われて『はい』と答えることのできるヤツなどいない! ……はずだ! ふっふっふ、流石のこいつらもこれには動揺するに決まって……)
「そんなことでいいんですか? はい、喜んで魔族にならせていただきます」
「ワタシも。むしろ、魔王様と同じ魔族に成れるなんて光栄ですわ」
「…………なんでだぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
魔王様の絶叫が、曇り空に響き渡った。
魔王様可哀想(にやけ面)