七話 私/ワタシをどうか貴女のモノに①
今日はちょっと少な目。あと、章分けは細かくしていこうかなーと。
バラクエル・リリン・イブリースは魔王である。
『九曜の大魔女』の名の通り、数えることも馬鹿らしくなるような数の魔法を操り、対人戦闘から大軍殲滅までありとあらゆる戦況を一人で覆すことのできる魔族の中でも屈指の実力者。特に瞬間火力に優れており、彼女の放つ魔導砲(高密度に圧縮した魔力を一方向に放射する発動速度、威力ともに優れた魔法)はしばし竜の咆哮に例えられる。
加えて、その膨大な魔力を使った結界は堅牢の一言。対物対魔両方に優れた結界で身を守りながら、相手が消し炭になるまで魔法を叩き込むのが彼女の戦闘スタイル。その苛烈さたるや彼女の異名の一つに『不動要塞』があることからも伺えた。
さらには魔力強化によって生み出されるオーガやトロルなどの膂力に優れた魔物を上回る身体能力を駆使して、ある程度の近接戦闘まで行えるとくれば、よほどの強者以外は戦う前から匙を投げだすだろう。
――そんな強者たるバラクエルは今現在、非常に困難な事態に陥っていた。
魔王たる彼女を悩ませるもの、それは……。
「お願いします。どうか、この身を貴女のために使わせてください」
「どんな事でもいいのです。過酷な労働でも膨大な雑務でも喜んで行いましょう。ですので、ワタシたちをお側に置いてくださいませ」
――――片膝をつき、胸に手を当て拝するアディアとアリア。真摯かつ真剣な声音で謳うのは、『バラクエルに仕えたい』という趣旨の言葉だった。
何故こんなことになったのか。事態は数分前に遡る。
アディアの治療をし、二人から礼を受けたバラクエルは、ついでにアリアの怪我もちゃちゃっと治し、「それでは、わたしはこれで……」と極々自然に立ち去ろうとした。
そんな彼女に首を傾げつつ待ったを掛けたのは、アリアだった。
「あら、魔王様? まだお兄様を救っていただいたことに対する代償を支払っていませんわよ? ふふっ、もう、魔王様ったら。せっかちですわ」
「あ、いや……そ、そう言えばそうだった……な」
ぎくりと肩をこわばらせ、歯切れの悪い反応をするバラクエル。それを見て、アディアは妹と同じようにこてんと首を傾げる。
「代償……ですか? アリア、それは一体?」
「魔王様との契約ですわ。魔王様がお兄様を治す代わりに、ワタシは出来ることを何でもする……と。……ああ、ですが。ワタシの怪我まで治していただきましたし、代償に上乗せが必要かもしれませんわね」
「い、いや! わたしは別に、上乗せなんてしなくても……」
「ふむ、アリアの言う通りですね。というか、救ってもらった本人たる私が何のお礼もしないのはおかしな話ですし……そうですね。では、私もアリアと同じく、出来ることならどんなことでもします。どうぞ、この身をお好きにお使いください」
「……だ、だからわたしは、代償が欲しくて助けたわけじゃ……」
頭を下げるアディアに、慌てて否定を返そうとするバラクエル。しかしその発言はぽん、と手のひらに拳をのせたアリアによってインターセプトされる。
「ああ、そうですわ。ねぇ、お兄様、そのことで少しワタシに考えがあるのですが。聞いてくださいまし?」
「お、おい。お前も何を言って……」
「ふむ、考えですか? ええ、いいですよ。なんでしょう?」
「出来ることならなんでもする……なら、ワタシとお兄様で、魔王様に仕えるというのはどうでしょうか?」
「……は? つ、仕える? お、お前は本当に何を言って……」
アリアの発言に、信じられない!? という表情を浮かべるバラクエル。すぐに思い直すようアリアに言おうとするが、今度はアディアが頓珍漢なことを言い出した。
「なるほど……! それはいい考えですね、アリア!」
「そしてお前も何故乗り気なんだ!?」
力いっぱい叫ぶバラクエル。しかし、二人の世界に入っているアディアとアリアには届かない。
「魔王様の忠実な僕となり、魔王様の命により動く存在になる……これこそが、ワタシたちに出来る最上級のことだと思うのです」
「くひひっ! 確かにです。というか、命を救ってもらってただ何でもするだけではこれぽっちも釣り合っていない。お母様も『受けた恩は同じだけの恩で返すべし』とおっしゃっていましたし、やはり命の恩は命で返すべきですよね!」
「お母様はこうもおっしゃっていました。『こうすると心に決めたら、何が何でもやり遂げなさい』と。ワタシの心は今、魔王様に仕えたい……いえ、仕えるべきだという使命に燃えておりますわ……!」
「流石は我が妹。とても素晴らしい提案です。ご褒美にキスをしてあげましょう」
「まぁ、本当ですの? ふふっ、嬉しいですわ、お兄様♪」
顔を近づけ、妹の頬に唇を合わせるアディア。アリアは頬を朱に染めながら嬉しそうにはにかんだ。
美しき兄妹愛……と、言うにはいささか行き過ぎている気がしないでもないが、当人たちが幸せそうなので問題はない。
で、そんな感じに兄妹仲良くしている横では……。
「…………ぐすん。二人とも、わたしの話ぜんぜん聞いてくれない……」
完全に仲間外れになっていた魔王が、拗ねたように唇を尖らせ、地面をつま先でぐりぐりしていたのだった。
拗ねる魔王様カワイイヤッター