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六話 こうして魔王と兄妹は出会う

昨日更新できなかった分、今回は分量が倍くらいになってます。

「……よし、準備が出来た。あとは治療魔法とこの魔法薬で……。おい、お前は少し離れていろ」


「はい、分かりましたわ」



 バラクエルの言葉に即座に従うアリア。そこに一切の躊躇いはなく、バラクエルは奇妙なモノを見るような目でアリアを一瞥した。



「……なんか、やけに従順だな? ううむ、人族とは魔族と見れば即座に襲い掛かってくる蛮族ではなかったのか……? どうも調子が狂う」


「何かおっしゃいましたか?」


「……いや、何でもない」



 誤魔化すように視線を逸らしたバラクエルに、そうですか、とだけ言って、それ以上は何も言わないアリア。やはり、その態度は不自然なほどに従順だ。自分の中で『人族』の定義が揺らいでいくのを感じつつも、バラクエルはとりあえず治療に専念することにした。


 決して、アリアの浮かべるどこか仄暗い笑みを見るのが怖かったからではない。断じて、ない。


 

「……ふふっ」


「……ッ!?」



 ないったらないのだ!




  




 くすり、と笑みを零したアリアは、こちらに背を向けているバラクエルをじっと見つめていた。時折肩を跳ねさせたり、居心地が悪そうにソワソワとするのはなんでだろう? と首を傾げる。



(……ああ、きっと人族の領域で姿を曝しているのが気になっているのでしょう。魔王様にとってここは敵地……落ち着くはずがありませんわ)



 まさか自分がちょっと不気味がられているとは思いもしないアリアは、そう結論付ける。そして、そんな状態であっても兄の治療をやめないバラクエルに、この上ない有り難さを感じていた。


 さらに、アリアはバラクエルと接していると感じる『不思議な感覚』の正体を何となく理解し始めていた。


 それは、『好意』。


 無論、バラクエルが勘違いした恋情という意味ではない。


 誰かを親しみ、好ましく感じる思い。相手のために何かをしてあげたいという親切心。バラクエルがアリアに向けたのは――交換条件があったとはいえ――魔族が人族に向けるにしては、暖かすぎるものだった。


 そして、それらを向けられたことで生まれた、鏡返しの好意。


 なんともありふれた感情で、このようなモノを不思議がるのはいささか不自然だが、アリアのこれまではありふれているとは到底言い難い。悪意に満ちた人生の中で、彼女に好意を向けてくるものなど一人もいなかった。


 兄や亡き母親からは当然だが好意を向けられている。だが、運命共同体である――アリアはそう認識している――双子や、親から向けられる好意と、他者から向けられる好意はその性質がかなり異なる。


 親だから、兄妹だから……そういった明確な理由があるわけでもなく、ただただ「困ってそうだから助けた」というバラクエルの無償の好意が、アリアには新鮮で……とても、心地の良いモノだった。


 まぁ、身も蓋もない言い方をしてしまえば、『優しくされて絆された』という非常に軽い感じになってしまうのだが、ここで重要なのは客観的に見てどうのこうのではなく、アリアがどう思ったかという一点に尽きる。


 さらに言えば、傷つき死にかけた一番大切な存在を助けてくれるからという大きな要因があったことも、アリアがバラクエルに好意を抱くことになった理由の一旦だろう。



(魔王様……ああ、なんて素晴らしいお方……)



 アリアがバラクエルを見つめる瞳に、確かな熱が灯る。そんな彼女の脳裏には、亡き母親の言葉が蘇っていた。


 ――――貴方たちはなんというか、誰かに仕えてこそ輝きそうね。誰かのためになりたいという奉仕精神……それが眠っている気がするわ。将来は、執事とかメイドが天職かしらね?



(お母様……お母様の言ったことは間違っていませんでしたわ。ワタシは今、自分でも抑えきれないほど――魔王様のためになりたいと、思ってしまっている)



 はふぅ、と熱のこもった息を吐き出すアリアは、そっと胸を抑えた。そして、いつもの倍以上のペースで高鳴る鼓動を感じながら、陶然とした笑みを浮かべるのだった。







「『――――すべての傷を、苦痛を、わたしは否定する。万物万象は正しきに戻るべし』。【リクレンス】」



 バラクエルの翳した手のひらから、淡い青と銀色が交じり合った魔力光が放たれ、横たわるアディアの体を覆った。魔力光はまるでアディアの体に溶けるように浸透していく。すると、光が浸透した部分にあった傷がみるみる内に消えていき、真っ赤になっていたりケロイド状になっていたり黒ずんでいた肌が元の白色に戻っていった。


 更に、光はアディアの崩れかけの右足にも纏わりつくと、ひと際輝きを強めた。そして、光が晴れた時には――元通りの痩せた足がしっかりと存在していた。


 傷一つない体になった兄の姿を見て、アリアが感涙のあまり飛び掛かろうとするの「待て」と伸ばした腕で抑えつけ、バラクエルは取り出した後一旦地面に放置していた魔法薬を手に取った。


 

「ふむ、傷はこれでいいな。あとは限界まで魔力を捻り出したことで損傷している幽体を魔法薬で治して……っと」



 そう呟きを零しながら手にした瓶の中身をアディアの全身に振りかける。僅かに発光していいる液体はアディアの体に当たると空中で波紋を起こした。それは、魔法薬の効果が正常に現れている反応。


 バラクエルがアディアに振りかけたのは、肉体……『現体(マテリアル・ボディ)』の傷を治す魔法薬ではなく、精神体……『幽体スピリチュアル・ボディ』の傷を治すためのモノだった。


 魔法を使うための魔力。おおよそ全ての生物が持っているこの力の源はこの『幽体』だとされている。故に、限界以上に魔力を使うと『幽体』が損傷してしまうのだ。そして、『現体』の傷と違い『幽体』に負った傷は治療手段が限られており、『幽体』が傷ついていると『現体』にも影響を及ぼす。


 アディアの体は『現体』も『幽体』もボロボロだった。それこそ、すぐに治療を――それも、相当高位のものを――施さなければ、今日の内にでも死んでしまうほどに……。


 穏やかな顔で眠るアディアを見下ろしながら、バラクエルは思いに耽る。



(……凄まじい、な。場の魔力残滓を見るに、使われた魔法はかなりの威力があったはず。範囲効果故の火力の分散があれど、魔力適用法が少し使える程度のこいつらでは耐えることは不可能だったはず。……しかし、一人に対して二人分の魔力で覆えば、防ぐことは出来る。だが、それは自分の命を投げ捨てることと同義……いくら家族のためとは言え、何のためらいもなく命を投げ出すことができる者が、一体どれだけいるだろうか……? ……少なくとも、わたしには不可能だ)



 バラクエルの胸の内に、なんの混じりっけのない賛辞が浮かんでくる。魔王な彼女の目下で眠っている、彼女の持つ力の百分の一にも届かないであろう、矮小な人族の少年に、敬意すら抱いたのだ。


 そして、バラクエルはアリアにも視線を向ける。



(この娘もだ。見たところ、同じ人族に酷く虐げられていたみたいだが、それでも魔族……それも、魔王であるわたしに対して、自身の全てを捧げるのに匹敵するようなことを本気で言って見せた。自分のためではなく、兄の命を救うために……。ふはっ、はははは! まったく、素晴らしいとしか言いようがない。こんなにも互いを想いあっている兄妹を見るのは初めてだ。……こいつらに会えただけで、人族の領域に足を踏み入れたかいがあったかもしれないな)



 バラクエルが上機嫌に思考を続けていると、眠っていたアディアは「うぅ……」と小さくうめき声をあげ、ゆっくりと瞼のカーテンを上げだした。



「むっ、おい。起きたみたいだぞ」


「ッ! ほ、本当ですか!?」



 バラクエルの言葉に従い、『待て』をしていたアリアが、今度こそアディアの側にすっ飛んでいく。そして、兄の顔を覗き込むような体勢になったその時、ちょうど瞳の焦点が定まったアディアと視線があった。


 じっと、見つめ合うアディアとアリア。アディアはきょとんとした瞳で、アリアは今にも泣きだしそうな瞳で、視線を交わす。


 沈黙が流れる中、先に口を開いたのはアディアだった。



「…………アリ、ア?」


「……ッ! は……いッ! はい! ワタシです! お兄様……!」


「どう……して……? 私は……死んだはず、じゃ……?」



 自分が生きている事が信じられなかったのか、アディアは呆然と自分の体に視線を向ける。そして、怪我をしたのが夢だったのかと錯覚しそうなほど、普段通りの体に目を見開いた。



「怪我も……全部、治ってますね……? これは、一体……?」


「お前の怪我なら、わたしが全部治してやったぞ。お前の妹の頼みでな」



 困惑したようすのアディアに、バラクエルはそう声を掛ける。この場に自分と妹以外の人物がいるとは思っていなかったのか、アディアは更に目を見開き、そして声の主――バラクエルの姿を視界に収めると、目を皿のように丸くして絶句した。



「…………まぞ、く……?」


「ああ、そうだ。ついでに言うと、わたしは魔王。名をバラクエル・リリン・イブリースという」


「…………まおう?」



 次々とぶつけられる驚愕の事実に、アディアは目を白黒させる。アリアも、「まだ目覚めたばかりのお兄様を、何驚かしてるんですの?」といった感じのジト目でバラクエルを見ている。


 だが、バラクエルにとってこれは重要な行為だった。


 彼女はすでに、アリアのことを――完全にではないが――信用し始めている。人族でありながら、自身に敵意も殺意も向けず、それどころか好意を向けてくるアリア。兄のためなら自分を賭けることも厭わないアリア。物珍しいを通り越して奇特な存在に魔王の目には映る彼女を、バラクエルも好ましく思っていた。


 しかし、その兄はどうだろうか? 行動を鑑みるに、アリアと同じく稀有で実にバラクエル好みな精神性を持っている。妹のために自分の命を捨てて見せたその姿は、何よりも気高く美しいものだとバラクエルは評価している。けれど、アディアがアリアと同じように魔族に敵意を持たない存在かどうかは分からない。というか、向けないアリアの方がおかしいのだが。


 だから、警戒と警告のために自身の正体を明かしたのだ。『魔王』という言葉はたとえ嘘であっても人族に対して大きな衝撃を与える。


 ここでアディアが怯えた視線を向けてきたり、敵意を剥き出してくるようならば……いや、考えるのはよそう、と。バラクエルは内心で頭を振った。


 バラクエルは、とある目的があって人族の領域に来ている。というか、目的もなく来れるような場所でもないので当たり前といえば当たり前なのだが、それはまぁ置いておいて。


 これは、その目的を達するためにどうしても必要な行為だった。バラクエルは、彼の反応(こたえ)が自分の望むモノであることを密かに願った。


 しばらく驚いた表情のまま固まっていたアディアは、ゆっくり大きく息を吐き出し……そして、そのかんばせに笑みを浮かべて見せた。



「そう……でしたか。それはどうも、ありがとうございます」


「……ぁ、い、いや……た、ただの気まぐれだ。それに、あの程度の治療などわたしにとっては児戯に等しい。感謝されるようなことではない」


「……貴女はそうおっしゃるかもしれませんが、私にとっては途轍もないことなのです。死にかけた私を治療し、救ってくれたこと。そして……こうしてもう一度、大切な妹の顔を見ることが出来たこと。それは全て、貴女のおかげです。そんな相手に礼を欠いたとあれば、私は無礼者を通り越して、クソ野郎の謗りを免れません」



 なので、と前置きをし、アディアは腕に力を入れて体を起こそうとする。だが、全身の怪我が治ったとはいえ、全力以上を捻り出した魔力は依然枯渇しており、上半身を直角の半分ほど持ち上げたところで、ふらりと倒れそうになってしまう。


 すぐに「お兄様!」と慌て声を上げたアリアによって支えられながら、なんとか体を起こしたアディアは、バラクエルの正面で姿勢を正すと、深々と地面に手をついて頭を下げる。それは、アリアがバラクエルに兄の治療を頼んだ時とよく似た姿だった。



「本当に……本当に、ありがとうございました! 私を助けてくれて、妹の願いを叶えてくれて……! おかげで私は、妹を一人にしてしまうという愚行を犯さずに済んだ……! 妹を一生悲しませる愚兄にならずに済みました……!」



 震える声で言う兄に続くように、横で見ていたアリアも頭を下げる。



「ワタシからも、ありがとうございます。魔王様が居なければ、ワタシは世界で一番大切な者を失っていました。ワタシの願いを叶えてくれて、お兄様の命を救ってくれて……おかげでワタシは、兄を見殺しにして自分だけが助かるような愚妹にならずに済みましたわ」


「「それも全て貴女様のおかげです、魔王様。我らが兄妹、この御恩は一生忘れません」」



 そういって二人は頭を下げたまま沈黙した。礼の体勢を崩すことなく、バラクエルの言葉を待つ。


 




(……ああ、本当に……この二人の関係性は眩しいな。あんまりにも眩しすぎて、目が潰れそうだ)



 頭を下げるアディアとアリアを見つめながら、バラクエルは本当に眩しそうに目を細めた。


 ――ああ、この二人はわたしが求めていた存在だ、と。



(この二人なら……もしかして、わたしの――になってくれるかもしれない……。いやでも、二人は人族だぞ? いや、人族としてだいぶ異端なのは分かるが、それでも……いや、これ以上考えていたら収集が付かなくなるな。今はこの二人の礼に答えるのが先、か……)



 思考を一旦止めたバラクエルは、未だに頭を下げた体勢から微動だにしない二人に、「面を上げい」と声を掛ける。そうして、まっすぐに向けられた二対の紅眼を見つめ返しながら、言葉を紡いでいく。



「……お前たちの気持ちは受け取った。だが、わたしは誰であろうと助けるお人好しではない。お前たちを助けたのは、それに値するだけの価値をお前たちが示したからだ。つまり、今お前たち二人がこうして並びあっているのは……他でもない、お前たち自身が勝ち取ったものだ」



 そこで言葉を切ったバラクエルは、見惚れるほど優し気な笑みをアディアとアリアに向けた。



「お前たちの美しき兄妹愛は、この魔王を動かすほどのモノだったということだ。アリア、そしてアディアよ。その事実を、存分に誇るがいい」



 バラクエルの言葉に、アディアとアリアは顔を見合わせると――くすり、と相好を崩し、この上なく嬉しそうな笑みを交わし合った。


 バラクエルが賞賛し認めたのは、二人が成したことではなく、アディアとアリアがこれまで重ねてきた絆そのもの。そしてそれは、アディアたちにとって何よりも大切にしてきたものだった。自らの根底ともいえるものを褒められて、嬉しく思わない者はいない。


 ひとしきり笑い、胸の内の歓喜を交わし合ったアディアとアリアは、互いに手を取りながらもう一度頭を下げた。



「「この上ないお言葉です、魔王様」」


「うむ、そなたらのような存在に会えたことを、わたしは喜ばしく思うぞ」



 頭を上げ、ほころぶような笑みを浮かべる兄妹に、バラクエルもまた笑みを零す。


 三つの笑顔が咲き誇るその場所は、先程の悲劇などなかったかのように暖かい空気に包まれていた。




 ――――これが、後世に伝わる『最後の魔王』バラクエル・リリン・イブリースと、彼女の最初の配下にして最大級の戦力とされる『魔王の腕』アディアと『魔王の影』アリアの出会いであった。


 



よし、次回だな! 次回にゃ何とか種族転生させたい……!!

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