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四話 捨てる神あれば拾う魔王あり

若干遅れたけど更新!

やっと『あの人』登場だよぉ

「うぐっ……うぁ……」



 意識を取り戻したアディアは、全身に走る痛みに苦し気な声を上げる。苦痛に顔を歪ませる兄の姿に、アリアは慌てたように声を掛けた。



「お兄様!? ど、何処か痛むのですか? 早く治療をしなくては……!」



 おろおろと周囲を見渡すアリアだが、黒焦げの広場に治療に役立ちそうな物は無いし、そもそも元の住処にもそんなものはなかった。

 

 ぼんやりと慌てる妹を見つめていたアディアは、僅かに唇の端を持ち上げ何とか苦笑を作ると、掠れた声でアリアに問いかける。



「あー……アリ、ア? 大丈夫、ですか? 怪我は、して……いません……か?」


「ワタシは……ええ、大丈夫ですわ。お兄様が護ってくださったんですもの、当たり前ですわ」



 その答えに、アディアはほっと心を撫でおろし、満足そうに笑みを浮かべた。



「くひっ、ひひひ……良かった、です。アリアが……無事で……ほっとしました」



 その言葉と表情に、アリアは複雑で曖昧な表情を浮かべる。


 自分を護ったせいで大怪我を負ってしまった兄に対して言いたいことは沢山あったが、アディアの笑顔……あまりに満ち足りていて、幸せそうなそれを見てしまったせいで、何も言えなくなってしまった。……そんな混沌とした胸の内が、アリアにそんな表情をさせるのだ。


 アリアが答えに瀕していると、アディアがふと、何でもないような口調で問いかけてくる。



「ところで……アリア、私の足……どうなっていますか?」


「ッ!?」



 それは、アリアがもっとも聞かれたくないことだった。同時に、アリアが絶対に伝えなくてはいけないことだった。


 でも、アリアは何も言えなかった。否、言いたくなかったといった方が正しいだろう。


 自分を護るためにこんなにも怪我を負い、痛みに苦しんでいる兄に、追い打ちを掛けるように残酷な真実を告げる。そんな地獄すら生温い仕打ちを、どうしてできるというのか。



「さっきから……右足の感覚が……無くて……。傷が……よほど酷いのかな……って……」



 アディアが言葉を発するたびに、アリアは漏れそうになる嗚咽を抑えるのに苦労した。


 それでも、誤魔化すことはできない。真っ直ぐにアリアを見つめるアディアの瞳には、大きすぎる信用と信頼がこもっていた。それを裏切るなんて、アリアには不可能だった。


 『言いたくない!』、『やめて!』と叫ぶ自分を心の奥に圧しとどめ、アリアは震える唇をゆっくりと開いた。



「…………お、お兄様の、あ、足……は……」



 だが、アリアがその先を言葉にすることはなかった。


 まるで、『もう辛いことをしなくてもいいよ』とでも言うように、アディアは地面に置かれたアリアの手に自分の手を重ねた。



「……ああ、もう大丈夫ですよ、アリア。その……反応で、大体……分かりました。……くひひっ、足、無くなっちゃいましたか」


「…………ッ!?」



 もう、我慢は出来なかった。アリアの顔は盛大に歪み、じわりじわりと涙が瞳を濡らしていく。何でもないように言うアディアの顔を見れなくて、アリアはさっと顔を俯かせた。


 そんな妹の顔に、アディアは困ったように微笑み、アリアの手に重ねた手に力を入れようとして……結局、痛みでろくに力が入らず、僅かに指が震えるだけに終わった。そんな感触に、アリアの瞳に浮かぶ雫が大きくなる。



「泣きそうな顔……しないでくださいよ。アリアの、そんな顔……私は、見たくないです」


「だって、だってぇ! わ、ワタシの、せい……でっ、お、お兄様のっ、あ、足がぁ……!」



 駄々っ子のように首をいやいやと振るうアリア。アディアは笑みを崩さずに、そのまま言葉を続ける。



「くひひっ……愛しい、妹を……護れた、代償としては……安すぎるくらい……です」


「ごめんなさいお兄様……ごめんなさい……」



 もはや、兄の言葉すら届いていない様子のアリアに、アディアは『仕方ないなぁ』とでも言うように息を漏らす。



「……ふぅ。仕方ありませんね。……アリア、貴女の顔を……もっと、よく見せてくれませんか?」


「…………ぁい、お兄様……」



 アディアのその言葉でようやく顔を上げたアリア。その顔は流れた涙でぐしゃぐしゃになっていて、真紅の瞳がさらに赤みを増していた。



「……くひひっ、美人な顔に、なりましたね」



 からかうように言ったアディアは、アリアの目を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。



「…………アリア、いいんですよ。貴方が罪を感じる必要は、何処にもないんです。アリアが無事なら……それで……うぐぁ!」


「お兄様っ!?」



 しゃべり過ぎたのか、身体中を駆け巡る痛みに顔をしかめたアディア。アリアが焦ったように叫ぶが、落ち着けというようにアリアの手をぽんぽんと叩いた。



「だい……じょうぶ……です。それとも、アリアのお兄様……は、このくらいで死ぬほど、弱い人でしたか……?」


「そ……そんなことはありません!」


「……なら、そんな、悲し気な顔をしない……で、ください。私は……アリアの、笑ってる顔が、見たいです」


 

 アディアは、脂汗を滲ませながらも、「ね?」と満面の笑みを浮かべる。


 それを見たアリアも、ぽたぽたと溢れていた涙を拭い、精一杯の笑顔を作って見せた。



「……これで、いいですか。お兄様」



 無理矢理吊り上げられた唇は左右非対称で震えている。拭ってもぬぐい切れない涙が流れているし、目元は真っ赤に腫れていた。


 とても不格好で、歪な笑顔。けれど、アディアにとっては――



「くひひっ。ええ……やっぱり、私の妹は、何よりも誰よりも……可愛いですね」



 ――――この世のどんなものよりも、美しい笑顔だった。


 アリアの笑顔を見て安心したのか、アディアの瞼がゆっくりと落ちていく。



「……ごめんなさい、アリア。少し、眠たくなってきたので……先に、休ませてもらいます、ね。まだ、今日の食料調達とか……訓練とか……してませんけど……なんだか……すごく、眠くて……」


「ッ!? …………は、い。心配しないでもいいですよ。お兄様は、ゆっくりと休んでください」



 兄の言葉に不穏なものを感じつつも、アリアは心配させまいと出来る限りいつも通りの声音で答えると、アディアの頭をそっと持ち上げ自身の膝に乗せ、優しい手つきで頭を撫でる。



「……おやすみ、なさい。アリ……ア…………」

 

「……お兄様、おやすみなさい」



 頭を撫でるアリアの手の感触。この世の何よりも安心できるそれに身をゆだねながら、アディアの意識は深い闇の底へと落ちていく。


 全身に火傷を負おうが、足が一本無くなろうが、愛しい妹を護れたのだから後悔なんてない。


 ……だけど、ただ一つ。たった一つだけ、心残りがあるとすれば……。

 



「――――……アリアと、ウミ……見たかった……なぁ……」


「――――――ッ!?」








 意識を失い、死んだように眠るアディアを膝に乗せながら、アリアはただただ涙を流していた。



「うぁ……! お兄様ぁ……お兄様ぁ……」



 涙は後から後から流れてきて、ぽたぽたと落ちる雫がアディアの顔を濡らしていく。


 アディアを助けたい。そう思ったところで、治療も延命も、アリアに出来ることなど一つもなかった。


 だから、アリアは……ただひたすらに、祈る。



「誰でもいいです……ワタシに出来ることなら、なんだってします……だから、だから……お兄様を、助けてください……! お願いします……お願いします……!」



 嘆くように、縋るように。悲痛な叫びが木霊する。


 けれど、それは無意味な行為だ。アリアの居る場所は街の外れも外れ。こんなところに来る物好きはほとんどいない。


 そして、アリアたちは迫害を受けている身。辛苦を舐める彼女たちを見て、指をさして笑い、石を投げる者がいても、救いの手を差し伸べる人族など、この街には一人もいなかった。


 アリアも、そんなことは分かり切っているほどに分かっているのだ。でも、それでも祈りをやめることはできなかった。壊れた機械のように「お願いします……お願いします……」と繰り返す。


 しかし、いくら祈れど救いをもたらす神が現れることはなかった。


 だが、代わりに――



 

「――――なぁ、少女よ。今の言葉は本当か?」




 突如、アリアに声を掛けてきたのは、褐色の肌に紫水晶を思わせる瞳を持つ、黒い長髪の少女だった。アリアたち兄妹と、年齢はさほど離れていないように見える。上質な黒いローブを身に纏い、手には長い杖を携えていた。


 その少女の側頭部からは一対の角が生えており、まっすぐ天を衝くように伸びていた。さらにその瞳は瞳孔が縦に裂けている。


 そして、その身に秘められた――あまりにも強大な魔力。


 人族とは明らかに違う存在。だが、アリアは少女が何なのかをすぐに理解した。


 頭に生える角、縦に裂けて瞳孔、人族の限界を超えた魔力。


 それらは全て――『魔族』の特徴。



「……ふむ、ちょうどいいか。少女よ、契約と行こうか。わたしがお前の兄を救ってやる。だから、お前はわたしの願いを叶えろ」


 

 少女は尊大な口調でそう告げる。言っていることはまるで伝承に語られる悪魔のようだが、何故か少女からは邪気が感じられない。


 しかし、あまりに突然な出来事に、アリアは反応することが出来ない。ただ、呆然とした表情で少女を見つめるアリア。



「うん? ……ああ、わたしがお前の兄を救えるのか、と思っているのだろう? 安心しろ、見た目はこんなんだが、腕の方は確かだ」



 アリアの反応を、幼い見た目からなる実力への不安と受け取ったのか、少女はやれやれというように肩をすくめた。


 そして、ローブの裾をバサリと翻し、少女は歌い上げるようにその『名』を告げた。



「わたしは、バラクエル・リリン・イブリース。『九曜の大魔女』の異名を持つ魔界随一の魔導士にして――――『魔王』、だ!」



 

 ――兄を想う妹の悲痛な願い。だが、彼女を救う神は何処にもいなかった。



 そんな彼女に手を差し伸べたのは――――人族の天敵である魔族の王だった。


 

きた! 魔王様きた! これで勝つる!

不幸兄妹が最凶兄妹になるためのキーパーソン!


なお、ヒロイン化するかどうかは未だ不明です。

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