二十一話 兄妹喧嘩?
一週間かかってないから早い方ですね(妄言)
それでは、新章の始まりです
「……ついに、この時が来てしまいましたか。アリア」
「……ええ、お兄様」
風が木々を騒めかせる森の中。そこだけぽっかりと木々が生えていない広場のような場所で、アディアとアリアが対峙している。
バチバチと視線を交わす二人とも、身に着ける衣服が襤褸布同然のみすぼらしいモノから一片していた。
アディアは漆黒の燕尾服をピシっと着こなし、手には白手袋を填めており、二又に別れた布を優雅に翻す姿はやり手の執事のよう。
アリアは紺色のロングワンピースに純白のフリルエプロン。頭にはヘッドドレスが乗っかっている。背筋をピンと伸ばす姿は怜悧で清廉としたメイドそのものだ。
これはアリアが『神智』を使って「仕える者に相応しい服装」を調べ、それを元にアディアが『創造』で製作したものだ。各パーツ事の材質や縫合の仕方など細かいところまで調べて作ったそれは、『名状しがたきパンケーキのようなモノ』の二の舞になることはなく、しっかりとした作りの燕尾服とメイド服になっていた。
服装を新たにした二人は、普段なら絶対に向けないような剣呑な視線で睨み合っていた。纏う空気は鋭い刃のようで、気の弱い者がこの場に居合わせでもしたら、二人の気配に充てられて気を失ってしまうかもしれない。
そこに仲の良すぎる兄妹の姿はなく、一発触発の雰囲気がその場を支配している。
「遠慮はいりません。全力で……いえ、殺すつもりで来なさい」
「……ッ。分かり、ましたわ。では、お兄様もそのように。万一にも、手を抜くなどしないでくださいね?」
簡素に言葉を交わし合った双子は、構えを取る。
アディアは左足を前に出し、緩く握った右拳を顔の前に。左拳を前に出し半身になった。腰を落とし、重心は前に。拳撃による攻撃を意識した攻めの構え。
アリアは両手で手刀を作ると、右の手を胸の前に。左の手は喉の高さに置き、腰を落とし重心を後ろへ下げた。相手の攻撃を受け流す、カウンターを目的とした守りの構え。
「勿論です。……では、行きますよ?」
「何処からでも」
それを最後に口を噤んだアディアとアリア。相対する相手を見据える瞳に闘志を宿し、戦いの始まりを今か今かと待ち望む。
ふと、静止した二人の間を、昼下がりの風が駆け抜けていった。それに煽られ、一枚の青葉が枝に別れを告げて空へと舞い上がる。
ひらひらと揺れ動く葉は重力の枷によってしたを目指し落ちていく。不規則な軌道を描くそれが、かさりと小さく音を立てて地面に触れた。
――双子の身体から、漆黒の魔力が吹き上がった。
『神造魔力炉』によって生成される高純度な魔力をその身に沿うように流す。魔力適用法、身体強化の二『流』。
タダでさえ高性能な『神造体』の
「シィ!!」
「やぁ!!」
十メルはあった彼我の距離が一瞬で消えた。離れていたはずの双子は、いつの間にか互いの鼻先が触れ合いそうなほどの至近距離で視線を交差させていた。アディアはアリアの顔へ右拳を突き出した体勢で、アリアは突き出されたアディアの腕の側面に手を添え攻撃を外に流した体勢で、互いの初手を冷静に観察している。
今度の静止時間は一秒もない。アリアがアディアの腕に自信の腕を絡ませ、身体の回転を使って生んだ力を使ってアディアを崩そうとする。アディアはアリアが生み出した力の流れに逆らわず、むしろ自分からそれに沿うように動くことでアリアの制御する力を乱す。
アリアの崩しからの投げ飛ばしは、アディアが途中で自ら前に踏み込んだ事で失敗に終わり、絡ませた腕も外れてしまう。それにより逆に体勢が崩れ、身体が正面を向いてしまったアリアに、アディアの左拳が迫る。
とっさに右手の手刀でそれを弾いたアリア。だが体勢が崩れた状態での受けは完全に決まらず、アディアはすぐさま逆の拳を突き出してくる。直撃を確信しているのか、その拳には魔力が濃く纏わりついている。
迫りくる『硬撃』。喰らえばいかに魔力で強化された『神造体』と言えどひとたまりもない。アリアに取れる選択肢は一つ――回避。
「ふっ」
短く息を吐いたアリアは、上半身を思いっきり後ろに倒した。地面とほぼ平行になったアリアの上半身の上を、アディアの拳が通り過ぎていく。
『硬撃』を回避したアリアはすぐさま攻撃に転じる。体を倒した勢いのまま地面に両手を吐くと、そのまま足を浮かせてアディアの顎めがけてつま先を蹴り上げる。メイド服のスカートが翻り、一瞬だけアリアのハイソックスに包まれた足が露出する。
渾身の拳を突き出した後の前傾姿勢から重心を後ろに移動させる時間はなく、アディアは顔を傾けることで蹴りを避けようとする。が、一瞬だけ間に合わず頬に一筋の傷が刻まれた。
蹴り足が上がり切り、逆立ちにの体勢になった瞬間に両腕で地面を押し、飛び上がった空中で姿勢制御。足から地面に降り立ったアリアは、ふわりと広がるスカートを抑え、兄に向かって得意げな顔を向けた。
「初撃――いただきましたわ」
「くっ……言ってくれます……ねっ!」
ダンッ! と地面を強く蹴って前進。その勢いのまま左拳を突き出すアディア。当然のように受け流されアリアの横を体が通り過ぎていくが、先の一撃はあくまで布石。本命は振り向きざまに放つ右の裏拳と――そこから始まる、怒涛の連撃。
「はぁああああああああああああッ!!!」
裂帛の気合と共に、無数の拳撃がアリアに叩き込まれる。威力よりも速度を重視したそれは、何処に攻撃が来るか読みにくい。アリアは両手の手刀でそれを捌いていくが、徐々に対応が遅れてくる。
「……ッ!?」
「そこ……ですッ!」
そして、ついにアリアの防御が崩れた。アディアの連撃を捌ききれず、軽いヒットが数発アリアの上半身を打ち据えた。行動不能になるほどではなく、されど無視はできないダメージに、アリアは数瞬の硬直を余儀なくされた。
故に、この状況。アディアにとってはこの上ない好機。
腰だめに拳を構え、地面に罅が入るレベルの踏み込み――震脚。それにより発生した力を、足から膝、膝から腰、腰から背中、背中から肩、肩から腕と捻り上げるように伝播させる。各部位で生み出す力をそこに加算することで、最終的な威力は震脚で発生した力よりも数倍大きくなる。
そこに、だめ押しとばかりに『硬撃』と『速撃』が足された。濃く纏わりつく魔力が拳の強度をアダマンタイトすら砕く領域に引き上げ、肘で炸裂した魔力が加速を生む。
拳撃の威力、それを放つタイミング。どちらも最高と言って何ら差し支えない。アディアの一撃は今、『必殺』の域に達していた。
「せぇええやぁあああああああああああああああああああああああああああッ!!」
咆哮と共に放たれた『必殺』の拳。ぱぁん! という魔力の炸裂音と共に、それは視認が難しいほどの速度でアリアの鳩尾を穿ち抜いた。
「ぎ……ぁ……!?」
ズン……ッ、という重苦しい音が響き、アリアの口から声にならない悲鳴が漏れ出た。小柄な肢体が宙に浮き、衝撃でヘッドドレスがどこかに飛んでいく。
「せやあッ!!」
「ぐ…………かはっ!?」
アディアがトドメと言わんばかりに拳を振り抜けば、アリアの身体は風に吹かれる枯葉の如く吹き飛び、広場の端に生えた木の幹に叩きつけられる。
そのまま、ずるずると根元にへたり込むアリア。ぐったりと俯いており、前髪のカーテンで顔が隠れているが、ダメージが大きいのは瞭然だった。
拳を突き出した体勢で残心し、油断なく構えをやめないアディア。アリアは動く気配はないが、戦闘の場に置いて『油断』と『慢心』は死神の鎌と同義。
「……接近は愚策、ならば!」
アディアは構えたまま魔力を操作し、頭上に魔力の弾丸を作り出す。魔力適用法の遠距離単体攻撃の一『魔弾』。
動くことが出来ない相手に不用意な接近は必要なしと、アリアに向けてそれを打ち放った。直線軌道でアリアに向かう『魔弾』。動くことのできないアリアはなすすべもなく攻撃を受け――。
「お兄様ならそう来ると思っていましたわ!」
――ることなく、自身に向かって飛ぶ『魔弾』を準備していた『魔砲』でかき消した。突き出した掌から放たれる魔力の砲撃。アディアはそれを横に飛ぶことで回避する。
「甘いですわ!」
しかし、それを読んでいたアリアはニヤリと口角を吊り上げる。妹の表情を見たアディアの胸に嫌な予感が生まれる。
そしてその予感は的中する。アリアが放った『魔砲』はアディアの脇を通り過ぎる瞬間に、鋭角に曲がった。
「な……ぐぅ!?」
基本的に直線的にしか飛ばない『魔砲』を曲げたのは、高度な魔力操作技術の妙。とっさに魔力を集中させた腕を挟んで防御するが、威力を完全に殺すことはできない。今度はアディアの体が吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がった。
「まだまだ行きますわよ! 『魔砲・八閃』!」
立ち上がったアリアが八条に別れた『魔砲』をアディアに向かって放つ。今度は最初から曲線を描いて放たれたそれを、アディアは転がった体勢から素早く起き上がると、防御に使った腕と逆の腕の拳に魔力を集める。『硬撃』の時よりも多くの魔力を『硬撃』の時よりも小さく圧縮したそれは、一つ上の領域の技。
魔力適用法拳撃の二――『破拳』。
この技は物理的な破壊力に加え、高密度圧縮魔力による高い耐魔性能を有している。簡単に言えば、八条に別れ一つ一つの威力が落ちた『魔砲』程度なら……。
「はぁあああああッ!!!」
――殴るだけで壊すことが出来る。
片腕だけで放つ高速の拳打はアディアを狙う魔力の砲撃を的確に穿ち、強引に破壊する。それを行うこと都度八回。アディアは自身に迫る危機を打ち破ることに成功した。
パァアアンッ!! という破裂音を最後に、広場は静寂に包まれる。どちらもそれなりにボロボロな状態で、アディアとアリアは睨み合った。
「……おや、どうしたんですか、アリア。足が止まっていますよ?」
「……お兄様こそ、息が上がっているのではないですか?」
軽口を叩き合う間にも、相手の隙を付く機会を目聡く探り続ける双子。
互いに受けたダメージはほぼ同じ。アディアは主力の拳が片方潰れ、アリアは全体的に動きがワンテンポ遅くなっている。双方、己の損傷具合に、これ以上戦闘が長引くとまずいと判断を下した。
故に取る選択肢は一つ。――――最強の手札を切っての、早期決着だ。
「――『神智』よ」
「――『創造』よ」
アディアとアリアは、己の秘法を解き放つ文言を口にする。『愚神』と『外神』の持つ、文字通り『神の如き』権能が振るわれる……寸前に、相対する双子を分断するように、魔力弾が放たれた。
それに驚き、秘法の行使をやめた二人は、とっさに魔力弾が飛んできた方に視線を向ける。そこには……。
「……やりすぎだ、阿呆ども。もしや、模擬戦だということを忘れていたのではあるまいな? おん?」
渾身のジト目で双子を見やる魔王様が立っていた。その瞳には呆れの感情が多分に含まれている。
バラクエルが言った通り、アディアとアリアは模擬戦を行っていたのだ。けして仲違いからのアバンギャルドな兄妹喧嘩をしていたわけではない。
だが、何事にも全力で取り組もうとする双子は模擬戦をするたびに本気になりすぎて、最後にはバラクエルが止める、というのがお決まりの流れとなっていた。
主からのお咎めを受けた双子は、身体強化も何もかもを即座に解除すると、姿勢を正しさっと視線を逸らした。
「「そ、そんなことありませんよ?」」
「うん、わたしの目を見ながら言おうな?」
かたくなに目を合わせようとしない配下二人にため息を吐いたバラクエルは、二人が模擬戦で負った怪我を治すべく治療魔法の準備を始めるのだった。
さてと、次回から話を動かしていかないと……




