十九話 愚神・外神②
遅れてんだよなぁ……すまねぇ……本当にすまねぇ……
しかも話ほとんど進んでねぇんだ……マジですんません……
「……よし、いいぞ。やってみろ」
「はい、分かりました」
バラクエルの言葉に短く返事をしたアディアは今、身の丈の倍はありそうな大岩の前で拳を構えていた。腰を落とし、反対の手は緩く開いて前に。適度に脱力し、視線は真っ直ぐ標的を見据えている。
アディアと大岩との距離は五メルほど。短く息を吐き出すと同時に地面を蹴って、その距離を一瞬で食らい尽くす。
踏み込みの勢いをそのままに、腰の回転と腕の動きを連動させ握りしめた拳を叩き込む。
標的に叩きつける直前に拳を固めることによって、拳撃の威力を向上させる『殴りの技術』を使って放たれた一撃。
けれど、今のアディアは『魔力を纏っていな』かった。
魔力適用法を『流』どころか初歩の『纏』すら使用していない、まったくの無強化状態。
アディアの肉体性能は、まだ成人していない子供と考えても良くはない。これまでの悲惨な食生活からなる栄養不足。骨と皮だけ一歩手前の痩躯は、今の勢いで岩にぶつかったら砕け散ってしましそうなほど脆く頼りない。
良くて手首や肩の脱臼、最悪骨が砕けてもおかしくない凶行。けれど、アディアに躊躇いは……ない。
「せぇええやぁああああああああああああああああああああああああッ!!!」
裂帛の気合と共に、岩に拳が叩き込まれた。
固いモノに脆いモノがぶつかり合ったらどうなるか。それの答えのような光景が生まれる。
大岩が木っ端微塵に砕け散った。
「……おお」
「わぁ……! 凄いです、お兄様!」
その光景にを眺めていたバラクエルとアリアはそれぞれ、感心の籠った声と歓声を上げた。アリアに至ってはパチパチと拍手までしている。
「……ふぅ」
瞳を閉じ、拳を突き出したままの体勢で残心をしていたアディアは、ゆっくりと息を吐き瞼を上げ、己が成したそれを瞳に映した。
そして、僅かに目を見開き、小さく息を飲んだ。
「……凄まじい力、ですね。これが『神造体』の力ですか」
「魔力を纏わずにこれだけの威力が出せるとか、伝説に語られる鬼神族のようだな」
驚いたように言うアディアに、バラクエルは肩を竦めながらそう返した。
アディアが大岩を破壊したのは、『愚神』に転生したことによって宿った秘法の力を確かめるためだった。
魔界中を旅したバラクエルをして『見たことも聞いたこともない』と言わせる未知の種族と、そこに付随する名前を聞くだけで『ヤバい』と判断を下すことが出来る秘法の数々。
確実に詳細な情報を確認しておかなければ、後々何が起こるか分からないと判断したバラクエルによって、性能実験が行われることになったというわけだ。
なお、魔族は自分が使える秘法の概要をある程度知ることが出来る。より正確に言うのなら、この世に生を受けると同時に魂に刻まれるのだ。なので成長するに連れて自然と秘法を扱えるようになるのだ。
しかし、アディアとアリアは『存在改変・逢魔転生』という特殊な方法で後天的に魔族になったイレギュラー。秘法の使い方を手探りで見つけていかなくてはいけない。
というわけで、まずは効果が『非常に高性能な肉体』とシンプルな『神造体』から確認することになったのだが……まぁ、結果は御覧の通りである。
「アディア、今の一撃で体に異変はないか?」
「……いえ、まったくありません。拳を打ち込んだ右手も、筋や骨を痛めるどころか、皮に擦り剥け一つ出来ていません」
体を捻って全身を見たり、大岩を砕いた拳をプラプラと揺らしながら言うアディア。その顔には『信じられない』という思いがありありと浮かんでいた。
素直な反応をするアディアを見ながら、バラクエルは「ふむ」と頷きを一つ。
そして。
(わたしの! 配下が! ヤバいんだが!?)
そう、内心で絶叫した。
どうでもいいがこの魔王、叫びすぎでは?
(強化なしでこれって! 強化なしでこれってなんだよ一体!? さっきの岩だってわたしの魔法で作り出した、自然の岩の数倍は固いモノなんだぞ!? 中級じゃ罅を入れるのが精一杯……無強化のパンチ一発が上級の単体とほぼ同威力とかおかしいだろう!? そこに膨大な魔力による強化が加わると考えると……下手すれば、最上級並みの威力になる? あっはっは……何それ怖い)
考えれば考えるほど、冷や汗は止まらないし胃は痛む。バラクエルは少しだけ泣きたくなった。更に恐ろしいのは、強力無比なその力を持っているのが、アディアだけではないということ。『外神』となったアリアもこの秘法を持っているのだから。やったねバラクエル。強い配下が増えたよ!
なお、バラクエルがいう中級やら上級やら最上級というのは魔法の等級のことである。最下級から始まり、下級、中級、上級、最上級、伝承級、伝説級、神話級と続き、どの等級の魔法が使えるかが魔法使いの等級を表している。
それはさておき、気を取り直したバラクエルは次の実験を開始する旨をアディアとアリアに伝える。『神造体』の効果で引き上げられたのは、何も筋力だけではないのだ。
その性能実験の内容はというと……。
其の一、走力。
「はい、よーいドン!」
ダッ! バビュン!
「「ッ! おととと……わぁ!?」」
ズデーン!
「……百メルを一秒程度か。強化すれば音速は行くか? ……まぁ、それよりも先に、今の速度に体を慣らさないとな。おーい、大丈夫かー?」
「「……いたた。だ、大丈夫、です……」」
其の二、視力検査。
「ここから数キルメル(キロメートル)先の岩場に文字を刻んで来た。どの距離からなら読めるのか試してみろ。岩場はあっちの方向だ」
「「えっと……『魔法とは幽体により生成される魔力を用いて世界に己の定めた法を敷く外法だとされている。ではその外法の根底とも呼べる魔力とは一体何なのか。魂から漏れ出る力とも、精神が生むエネルギーとも言われているが、この書ではまた別の説を推している。それは【物質的実像世界に内包された情報的虚像世界に存在する『情報世界に干渉する力』を幽体を介して人の身でも扱えるように希薄化、単純化、劣化させ、抽出したもの】という説だ。人の幽体はこの情報的虚像世界に深い部分で繋がっているとされ――――』。…………何ですか、コレ?」」
「この距離からでも読めるのか……。ああ、その文章はとある魔法教本の一部分を模写したものだ。中々斬新な切り口から魔法に迫っていて我ながら良く書け……わ、わたしがこれまで読んだ魔法教本の中でも、かなり有意義なモノだぞ。うむ、今度お前たちにも読ませてやろう」
「……魔法初心者の私たちには高尚すぎる気もしますが……魔王様のおすすめなら、是非」
「ちなみにですが魔王様、その教本のタイトルはなんですの?」
「む? タイトルか? 『簡単! ゴブリンでも出来る魔法教導書!』だが?」
「「…………あっ、やっぱりそれ以外の教本でお願いできますか?」」
「え、なんで?」
「「…………」」
「ちょっ、なぜ視線を逸らすんだお前ら!? わたしがか……す、薦めた教本に何か不満でもあるのか!? なぁ!?」
其の三、聴覚検査。
「じゃ、何かしら会話しながら徐々に距離を離していけ。どのくらいの距離まで会話が続いたかで判断する。会話は魔法で聞いてるからな。それじゃあ、はじめ!」
「では、行きましょうか、アリア」
「はい。お兄様」
スタスタ(×2)。
二人の距離――五メル。
「それにしても、急に話をしろと言われるとなかなか困りますね」
「何時も意識しないでやっていることを意識してやれというのは、存外難しいモノなのですわね」
スタスタスタスタ(×2)。
二人の距離――十五メル。
「ふむ……アリア、少し髪が伸びましたか? 昨日よりも長い気がするのですが……」
「あ、分かりますか。そうなんですわ、どうやら転生の影響が髪に出たみたいでして」
スタスタスタスタスタスタ(×2)。
二人の距離――五十メル。
「肩にまでかかるようになりましたか。なんだか新鮮ですね」
「ええ。……ねぇ、お兄様? お兄様はこのくらいの髪の長さの女の子、どう思うかしら? お、男の人は髪の長い女性が好みというし……やっぱり、女の子らしくない?」
スタスタスタスタスタスタスタスタ(×2)。
二人の距離――百五十メル。
「……なんとも可愛らしい悩み事ですね、アリア?」
「もうっ、お兄様! からかわないでください!」
スタスタスタスタスタスタスタスタスタスタ(×2)。
二人の距離――三百メル。
「くひひっ、すみません。ですが……私の意見はあまり参考にならないと思いますので、後に魔王様に尋ねるといいでしょう」
「……? それは、どうしてですの?」
スタスタスタスタスタスタスタスタスタスタスタスタ(×2)。
二人の距離――五百メル。
「私では、どんなアリアでも迷うことなく『可愛い』と言ってしまいますから。遅れましたがアリア、今の髪型もとても似合っていて、可愛らしいですよ」
「お、お兄様……そんなことを言われたら、ワタシ……」
『実験中にいちゃついてんじゃねーーーーーーーーーー!!』
「「ま、魔王様!?」」
『魔王様!? じゃないわ! わたしは会話しろと言ったんだぞ!? いちゃいちゃしろなんて一言も言ってないわ! 聞いてて恥ずかしくなるようなやり取りしやがって! それともあれか!? お前らの会話はその砂糖吐きそうなくらい甘ったるいのが標準とでも言うつもりか!?』
「「あ、はい。割と」」
『割とォ!?』
……とまぁ、こんな感じで。どの性能実験も賑やかな感じで進んで行った。
なお、一通りの実験が終わった後、もの凄く疲れた表情の魔王がぐったりとしながら己の胃に治療魔法をかけ、配下二人が心配そうな顔でその周りをおろおろしていたそうな。
読んでくださりありがとうございます。
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次回は……性能実験の続き? あと一話か二話でこの章も終わるかと思われます。