十七話 魔族転生②
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魔王様の『ありがたいおはなし』が終わり、正気に戻ったバラクエルは「うごご……」と己の行いを恥じていた。またもやツッコミ役に徹してしまったことに対する羞恥。それに加え、魔王の身でありながら魔王の素晴らしさを語るという自尊感情の強すぎる行為をしてしまったことに対する「わたしは一体何を……」という虚無感が混じり合い、バラクエルの胸中は今、軽率に死んでしまいたくなるような感情に占拠されていた。
しかし、そんなことでへこたれるような軟弱な精神を持つバラクエルではない。すぐに「なぁに、この程度所詮ただの致命傷よ……こふっ、もうやだ」と立ち直り(?)、何でもないような表情で話を再開した。
「……話を戻すぞ!」
「「イエス、マイロード」」
まぁ、そんな魔王の内心は、配下の双子にはまるっとお見通しのようであったが。二人の魔王を見つめる視線は何処までも生温かく、慈愛すら籠っていそうなほどに優し気だった。
バラクエルは双子の視線を意図的に意識の外に追い出し、小さく咳払いをして気を取り直すと元の話題を口にする。
「どこまで話したんだったか……ああ、お前らを魔族に転生させるのが、魔王の秘法だっていうところまでだったな。ん? 秘法の名前は教えたんだっけか?」
「いえ、まだ聞いていませんが」
「ん、そうか。じゃあ話すのはそこからだな。さて、お前らに使う秘法。その名を『存在改変・逢魔転生』という。魔王の持つ秘法の中でも特に異彩を放つコレは、さっきも言った通り多種族の幽体に干渉し、情報を書き換え魔族に転生させるというモノ。ただし、どんな魔族になるのかはまったくの不明だ」
「不明、とは?」
「そのまんまの意味だよ。魔人族になるのか魔女族になるのか粘体族になるのか闇鉱族になるのか……秘法を使ってみるその瞬間まで分からない。まったく、我が秘法ながらなんでこんなに適当な効果なのか……」
「「……ふむ」」
頭が痛い、とでも言いたげに額を抑えため息を吐いたバラクエルは、双子が顎に手を当て何かを考え込んでいることに気付いた。
そんな二人の姿を「不安がっている」と捉えたバラクエルは、気負いない笑みを浮かべた。
「まぁ、お前らがどんな魔族になろうが見捨てたりしないから安心していいぞ。魔界だと種族によって差別されたり迫害されたりしているみたいだが、魔界を良くするならそういうのから無くしていく必要があるからな」
その言葉に、ぱちくりと瞼を開閉し、きょとんとした表情をするアディアとアリア。バラクエルが気負いのない笑みのまま「おやぁ?」と首を傾げた。またわたし、なにかやらかしたか? と。
なお、双子が考えていたのは『魔王様の御役に立てる種族はどんな種族か』と『狙った種族に気合でなる方法』なので、不安とかは特にない。それどころか、確率論を精神論で覆そうとしているので、不安とは真逆と言ってもいいだろう。魔王様の気遣いは不発に終わった。
魔王の言葉に込められた心配の意を汲み損ねた双子だったが、すぐに己のやらかしに気が付き、バラクエルへと笑みを返した。
「ありがとうございます、魔王様。ですがご安心ください」
「優しき魔王様がそのようなことをするとは、最初から思っていませんわ」
とても自然に紡がれた言葉。貴方がいるから、心配事など杞憂に過ぎないのだと、強い信頼が感じられる理想的な主と配下のやり取りがそこにあった。双子の対応は完璧だった言ってもいいだろう……最初の、きょとんとした表情が無ければ。
魔王の表情がぴしり、と固まる。
双子は気付くべきだった。勘違いに対してあからさまに『気にしてませんよ』と気を遣われることの恥ずかしさと、それによって受ける精神的ダメージの大きさを。
もともと、勢いでやってしまった『ありがたいおはなし』によって割とシャレにならないダメージを受けていた魔王の精神は、これにより許容量を超過。その結果……。
「うぐぅ……」
「「ま、魔王様ーーー!?」
魔王の胃に大ダメージ。
お腹に片手を当ててうずくまるバラクエルに、慌てたように双子が駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか、魔王様!? 」
「お腹ですの? お腹が痛いんですの!? ……はっ、もしや昨日ワタシたちが採ってきたキノコに毒が……!?」
おろおろとうずくまった魔王の周りを行ったり来たりするアディアとアリア。バラクエルはよろよろと顔を上げると、額に汗を浮かべながら二人に声を掛けた。
「ち、違うから……お前たちのせいじゃない……こともないが、大丈夫だから安心しろ……。こ、これはわたしの未熟さが招いた事態だ……そ、それにだな……」
そこで言葉を切ったバラクエルは、双子に向けてニヒルな笑みを見せると、お腹に当てた手のひらに青と銀の魔力を纏わせた。
そして、空いている反対の手でフィンガースナップ。パチン、という音とともに魔法が発動した。バラクエルの手のひらに纏わりついた二色の魔力が輝きを増しながら体内に吸い込まれていく。それは、アディアの傷を治した時に使ったのと同じ、癒しの魔法。
それによって感じていた痛みをきれいさっぱり消し去ったバラクエルは、すくっと立ち上がり、
「わたしを誰だと思っている? この程度の痛み、魔王の魔法にかかれば無いに等しい!」
と、拳を握りしめながら、力強く言い放った。双子が「「おー」」と感心の声を上げながらパチパチと手を叩き、それを湛えた。
自信満々に言っているところ恐縮だが、回復魔法で胃痛を治すとかそれでいいのだろうか?
「ふっ、胃痛など恐るに足らず!」
「おお! 流石です、魔王様!」
「それでこそ魔王様ですわ!」
……まぁ、本人が良いというならいいのだろうけど。
ところで、この三人は何時になったら本題を進めるのだろうか?
天頂にあった太陽は、徐々に西へと傾き始めていた。
「……話を戻すぞ!」
「「はい! 魔王様!」」
テイクツー。ほんのりと頬を桜色に染めたバラクエルが宣言し、アディアとアリアがそれに答えた。朝、転生についての話を始めてからすでに半日近くが経過している。段取り悪すぎである。
「さっきから話が脱線しすぎだ! というか、説明することは全部説明したしお前らも覚悟が決まってるのなら、もうさっさと始めるぞ! いいな!?」
「「勿論です、魔王様!」」
「よし、じゃあそこに立って並べ。あと、秘法を使っている最中にはくれぐれも動くなよ? わたしもこの秘法を使うのは初めてなんだ。副作用的なモノがないと分かってはいるが、万が一ということもある。分かったな?」
「「承知しました、魔王様!」」
「……素直なのは素直なのでなんか気味悪いんだが……」
はきはきと返事をし、バラクエルの前に並んで立つアディアとアリア。そんな二人を見ながら顔をしかめていた魔王は、咳払いで余計な思考を振り払うと、並んだ二人へと開いた手のひらを伸ばした。
すぅ、と息を吸ったバラクエル。そして――――埒外を生む唱が紡がれる。
「『理よ歪め。世界に敷かれた法に背きし者よ、汝の御魂は闇に溶け、やがて暗き世界に新生する』」
バラクエルの身体から魔力が立ち上る。その魔力は暗い極彩色の輝きを放っており、バラクエルの周りで渦を巻くように蠢いている。
見るからに異質な魔力。それは、魔王核より生成される『魔王の魔力』だ。どの属性魔力にも当てはまらないが全ての属性魔力の代用品となり得るという性質と、この魔力で発動した魔法の効果を飛躍させるという特性を持ち、魔王の秘法は全てこの魔力を使うことで発動が可能となる。
「『汝が軌跡は冒涜された。故に我が運命の導に従え。それこそが深淵へと至る唯一無二』」
バラクエルの周囲で蠢いていた『魔王の魔力』が徐々に双子の身体に纏わりつき、鼓動を刻むように明滅する。バラクエルが一言一言紡ぐたびに放たれる光はより大きく、魔力の放つ気配はより異質になっていく。
「ぐっ……こ、これは……」
「身体が……熱い……?」
やがて、双子の身体にも明確な変化が現れ始めた。纏わりつく『魔王の魔力』が少しづつ体内に侵入してくる感覚と、その部分に生じた熱に眉を顰め、呻くような声を上げた。けれど、アディアとアリアはバラクエルの言いつけ通り、その場から一歩も動かずそれに耐える。
バラクエルは顔を歪ませながらも、種族改変に伴う影響に耐えている二人を心配そうに見つめる。しかし、ここで中断などしたら、それこそ二人の覚悟を無駄にすることになってしまうと自分に言い聞かせ、秘法の行使に集中する。
「『我が名はバラクエル・リリン・イブリース。魔の支配者たる我が命に従い、命よ再誕せよ』」
詠唱が終わりに近づく。双子に纏わりつく魔力の明滅速度が上がり、光量はバラクエルの瞳から森の木々を隠すほど大きくなっている。それと同時に、アディアとアリアの身体に与えられる影響も大きくなっているのだが、二人は泣き言一つ、悲鳴一つ上げない。焼き焦げるかの如くの熱は全身に及び、身体よりも深い場所をいじくりまわされているような感覚にも襲われているが、それでもだ。
アディアもアリアも、バラクエルのことを心から信じている。彼女が大丈夫だと言ったのだから、大丈夫なのだと。何の疑いもなく信用しているからこそ、どんな苦痛だって耐えられるのだ。
やがて、バラクエルの詠唱が終わりに差し掛かる。『魔王の魔力』の高ぶりは最高潮に達しており、暴走し、荒れ狂っているようにも見える。
暴れる『魔王の魔力』を制御しながら、バラクエルは最後の言葉を口にした。
「行くぞ、アディア、アリア……『存在改変・逢魔転生』!」
「「ッ! ァ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?」」
纏わりつき蠢いていた『魔王の魔力』が、バラクエルの言葉を合図に膨れ上がり、アディアとアリアの姿を隠した。『魔王の魔力』は双子の幽体に干渉し、現体を変貌させていく。人族から魔族へ、魂の領域で変化が起きていた。
己の存在を根底から書き換えられる感覚は饒舌に尽くしがたいようで、双子の絶叫が森の中に響き渡った。
「ッ! アディア! アリア!」
バラクエルが焦るような声で二人の名前を呼ぶ。それと同時に双子の姿を隠していた魔力がはじけ飛び、魔族に変貌した二人の姿が晒され……。
「…………あれ?」
『魔王の魔力』から現れた双子を見て、バラクエルがきょとんとした表情を浮かべる。「訳が分からないよ」とでも言いたげな表情のまま、ゆっくりと首を傾げた魔王の視線の先には。
『存在改変・逢魔転生』を使用する前と変わらぬ姿のアディアとアリアが、ぽつんと立っていたのだった。
転生失敗? 真相は次回にて!




