十五話 バラクエルの野望②
遅くなりましたぁああああ!!すみません!!
理由としましては、気温の上昇についていけず体力と気力がないないしてまして、執筆にまるで手が付かなく……。
しかも、内容的に切ることが出来ず、今回文章量が普段の二倍くらいあります
――――『魔王』とは、何か。
気まずい沈黙を破ったバラクエルはそう前置きをして語り出す。顔を見合わせていた双子も、話を聞く体勢になった。
「まず、『魔王』は王と付いているが、人族のように王家の血というモノがあるわけじゃない。魔族に、とある特殊な魔力を宿した核……『魔王核』が宿ることで成ることが出来る。そして、この『魔王核』が宿る条件なんだが……これが、まったく分かっていない。種族なのか、血脈なのか、魔力なのか……これまでに『魔王』となった魔族を比べてみても、共通点なんてほとんど無いしな」
「……ん? ちょっと待ってください魔王様。今、種族って言いましたよね? それは、魔族以外にも魔王核というモノが宿る可能性があるということですか?」
「ん? ……ああ、そうか。人族の間ではそういう勘違いが起きているのか……。いいか、二人とも。魔族と一口に言っても、その中でさらに複数の種族に別れているんだ。魔族というのは、『魔界に住む種族』の総称なんだよ」
「そうだったのですか!? ……そうなると、魔王様も魔族ではなく、特定の種族名があるんですの?」
「勿論だ。わたしの種族は魔女族といって、魔人族の亜種なんだが種族的に女しか生まれないという変わった特徴を持っている。後、先天的に魔力や魔法の才能に優れていて、更には種族全体で薬学に精通していて……っと、まぁ、魔界に住む種族に関してはまた教えてやる。今はそれよりも魔王についてだ」
自分の種族について語っていた魔王は、一度言葉を切ると、コップの水を飲んで一息ついてから話を再開した。
「わたしの一つ前の魔王……十五年前に人族の領域に攻め込もうとして討伐されたのがいるだろう? そいつが死んだあと、本来ならすぐに次の魔王が見つかるはずだったんだが……その後十年以上、次の魔王は発見されなかった。でな? 魔王不在の間に魔界の在り方は随分と変わった。魔王が支配していた領域は魔界の三大国の内、二国によって分割され、そこに住んでいた人々は奴隷として捕らえられた。運よく逃げることのできた者たちも、魔界の中央部に位置する『逢魔の大深林』という危険な土地に隠れ潜んでいる。その二国は魔王領の土地を奪い合い、争いの日々だ。もう一国も内戦が起きていたり……まぁ、要するに。魔界は今、非常に荒れている。魔王という力ある存在が長期間不在になったせいで、秩序というモノが崩壊し始めている」
バラクエルはそこでふっと、笑みを零し、木々の隙間から顔を覗かせる月を見つめ、何処かどんよりとした空気を纏いだした。
「……今から三年前のことだ。なんの予兆もなしに、平和に暮らしていたわたしに魔王核が宿った。あの時は驚いたよ。まさかわたしが……てね。けどまぁ、なってしまったもんはしょうがないし、何とかなるだろう、なーんてことを思っていたんだ。……今思えば、その時のわたしを殴り飛ばしてやりたくなるくらいに甘い考えだった」
「……何が、あったんですか?」
訪ねるアリアに、バラクエルは月に向けた視線を動かさずに、ぽつりと答える。
「……話は変わるが、魔族は魔王核を持つ魔族を本能的に察することが出来る。魔界中の魔族が、魔王の存在を感知できるんだよ。どういう原理かは知らんが、前の魔王の気配はわたしも察したことがあるし、そういうものなんだろう」
「は、はぁ……」
「更に話は変わるが、前の魔王はかなりのロクデナシでな。その力に飽かして日々暴虐の限りを尽くしていたようだ。流石に三大国全てを相手取ることはできなかったようだが、それでも何度もちょっかいを出していたらしい。相当恨みを買っていたらしいな」
「えっと、魔王様? 話が見えないのですが……」
困惑したように聞いてくるアディアに、魔王はようやく笑みを向けた。笑みの形をした、今にも泣き出してしまいそうな顔を。
「……魔王になったその日の内に、わたしが暮らす集落に他の魔族が攻めてきたよ」
「「なっ……!?」」
「……全員、前の魔王への恨みを抱いている連中だった。新たな魔王であるわたしを殺すことでその恨みを晴らそうとしたのか、前の魔王と同じようなことをわたしがする可能性を踏まえて、悲劇を未然に防ごうとしたのかは知らんが……まぁ、全員が全員、『わたしは正義のために動いています』って顔をしてたのは覚えてるよ」
「そ、そんな……魔王様は、魔王になってしまっただけで、まだ何も悪いことなんてしていなかったんですよね!? それなのに……」
「酷い……酷すぎます……」
「ああいう連中にとって、事実なんてどうでもいいんだよ。重要視してるのは、自分がどう思っていいるのか……それだけだ。お前たちにも覚えがあるだろ?」
「「……はい」」
「ははっ、そう考えるとわたしとお前たちって、似た者同士なのかもしれないな」
おかしそうに言うバラクエルに、なんと言っていいのか分からなくて黙り込むアディアとアリア。またしばらく、薪の音だけが響く時間が流れた。
重苦しい沈黙。それが耐えれなかったのか、バラクエルが努めて明るい様子で口を開いた。けれど、笑みは変わらずに悲しみを湛えており、それが無理にやっていることだと、側で見ている双子にはすぐに理解できてしまう。
「でだ、そう言って襲い掛かってきたやつらを全員返り討ちにして、なんとかその場は収まったと思ったんだが……今度は、集落の連中から『出ていってくれ』って言われてな。わたしがいると、またいつ襲撃に合うか分からないからって。確かに襲撃で集落にいくらか被害は出ていたし、襲撃が一度で終わるとはどうしても思えなかったから、連中の考えも理解できた。けど……アレは、少しショックだったな」
「……それが、魔王様に誰一人味方がいないと言った理由ですか」
「……魔王様」
アディアは気遣わし気な目で、アリアは今にも泣きだしてしまいそうな瞳でバラクエルを見た。まるで、「なんてことない」と自分に言い聞かせるように話すバラクエルの笑顔は、今にも潰えてしまいそうなほど脆く儚そうで、とても見ていられるものではない。
それでも、二人は視線を逸らそうとしなかった。バラクエルがこうして己の話をしてくれていることこそ、配下として信頼してくれている証拠だと思うと片時も目が離せない。
だから、双子は胸中に浮かんでくる悲哀を押しとどめ、笑顔をつくる。バラクエルが浮かべているのとよく似た笑顔を。
「……では、魔王様のいう野望とは、魔王様に楯突いたその愚か者どもを滅ぼし、魔界を支配することですか? なるほど、それは確かに危険のある野望ですね」
「ですが、恐れるほどではありませんわ。魔王様に逆らう輩など、芥子粒一つ残さずこの世から消し去ってしまうのがよろしいでしょう」
「というか、前の魔王がどれだけ酷い輩だったのか知りませんが、そんな輩と魔王様を同一視するなど無粋と言う他ありません。魔王様を襲った者たちの目玉は石ころか何かだったのでしょうね」
「頭にはきっと藁が詰まっていたに違いありませんわ。魔王様の素晴らしさを理解できないその無能っぷりには心底同情しそうになりますが、魔王様に牙を向いた獣に同情の余地などありませんわね。……ちなみにですが魔王様、その愚か者どもはどのような末路を辿ったのですの?」
「おや、それは私も興味がありますね。どのような死に方をしたのか、今後の参考のためにも是非とも知っておきたいものです」
「「魔王様に敵対するクソ虫共に、それ以上の苦痛を与えて殺すための必須事項ですから」」
胸に宿っていた悲哀は、いつの間にか怒りに変わっていた。どうして魔王様のような優しい人が拒絶されなければならないのか。なぜ魔王様のことを知りもしないで、ただ『魔王』であるというだけで襲撃を受けなければならないのか。この厳しくも優しく、残酷かつ慈悲深い少女を孤独にした愚か者に、地獄の業火すら生温い怒りの炎を抱く。
悲しみを隠した表情は変貌し、ギラギラと殺意の籠った瞳を光らせ、世界そのものを食らい尽くさんばかりの形相でまだ見ぬ魔王の敵を睨みつける。
それは、思わず魔王が気圧されてしまうほどの迫力だった。配下にビビらされる魔王様であった。
放っておいたら、今にでも魔界にカチコミかけそうな双子を見て、バラクエルは小さく……それでも、悲しみを隠すでも誤魔化すでもない笑みを零した。
そして、それを真剣な表情に引き締め、口を開く。
「待て待て、早まるなお前ら。自分を傷付けた者への恨み? 追放した奴らへの復讐? ハッ、わたしの野望がそんなちっぽけなモノだと思われているのなら心外だな。大体、わたしを魔王だからと襲ってきた輩はすでに源素に溶けた。己の弱さに負けた奴らに相応しい末路を辿ったよ」
バラクエルは唇の端を吊り上げ、不敵に笑って見せる。弱さなど微塵もない、自信に満ちた力強い笑顔に、双子は自然と背筋が伸びた。
ここはありふれた森の中で、バラクエルが座っているのは切り株だ。着ているのだって何の変哲もない地味なローブだ。
それでも、今のバラクエルは、疑う余地が微塵もないほどに、『王』だった。身に纏う空気が、醸し出す覇気が、この場に豪華絢爛なる王座の間を、バラクエルの頭上に権威を示す王冠を幻視させる。
「集落を追放された後、わたしは魔界中を旅した。魔王領域を、三大国を、逢魔の大森林を。様々な土地を放浪し、そこに住む人々を、育まれている文化を、抱えている問題を見続けた。そうしているうちに思ったんだよ。魔界には――笑顔が、少なすぎる、ってな」
「……笑顔、ですか?」
「それは、どういう……」
「言葉通りの意味だよ。絶えることのない争いの毎日に、死んだような目で武器を握る兵士がいた。魔物の襲撃に怯え、常に焦燥感に駆られる村人がいた。貴種に支配され搾取にあっている者は、今にも死んでしまいそうな顔をしていた。何処に行っても絶望が蔓延っていた。鬱々とした雰囲気で息が詰まりそうだった。……そんな光景を見て、これは間違っていると思った」
その光景を思い出しているのだろう。バラクエルはゆっくりと瞳を閉じ、強く歯噛みした。彼女の胸の内で暴れる感情の名は、悔しさ。
「わたしは、魔王だ。望んだわけでも、望まれたわけでもない。けど、わたしは魔王になった。なったんだ。ならばわたしは、魔王として……魔界の支配者として果たさなければならない命題がある」
暴れ狂う悔恨を無理矢理ねじ伏せ、開く瞳に決意を宿す。力強い輝きを湛えた視線を受け、双子は背筋が痺れるような、甘美な衝撃に身を震わせる。
「今の魔界が間違っているなら、わたしがそれを正そう! 絶望と悲鳴が蔓延る地を、幸福と笑顔で埋め尽くす! 魔界をより良い地にすること……それが、わたしの野望だ!!」
バラクエルが吼えるように言葉を放った。迸るような熱意がこもったその宣言は、アディアとアリアの胸に深く染み込んでいき、やがて根底に宿る火種となった。
「魔界にはわたしに賛同してくれる者はいなかった。三大国にはすげなくあしらわれ、それ以外の部族も己の事で手一杯。わたしの野望に追従する者は現れなかった。――それも、今日までの事。わたしには、わたしに着いてきてくれる者が、初めての配下が出来た! アディア、そしてアリア……お前たちのことだ」
バラクエルの言葉が、アディアとアリアの胸に宿った火種を燃え盛らせていく。火種は小さな灯火となり、夜を照らす暖かな篝火となり、やがて天を焦がす劫火となる。
それは、『覚悟の火』だ。バラクエルの語る壮大な野望に付き従い、彼女と共に歩んでいくという覚悟の表れである。
双子の瞳に燃え盛るモノを見たバラクエルは、最後の試練だと言うように言葉を紡いでいく。
「問おう、我が道に続く者よ。わたしの歩む道は地獄が生温く感じるほどに過酷で困難なモノになるだろう。そして、この野望には『終わりがない』。良い世界とは一体何なのか。その問いに答えが存在しないからだ。終着点のない永遠の荊道を突き進む覚悟が無ければ厳しいぞ? お前らはそれでも、わたしに仕えることを望むか?」
「「……ッ! はっ! 我が身我が心我が命、そして我が全存在を賭けて、貴女様に仕えます!」」
魔王の問いかけに、双子はその場に跪いてから答えた。首を垂れ、全身全霊で忠誠を誓う。
「そうか……そうかぁ……アディア、アリア。お前たちの決意、しかと受け取った。改めて、宜しく頼むぞ。我が僕たちよ」
「「こちらこそ、宜しくお願い致します。我が主」」
「……ふふっ」
そんな二人の姿に、バラクエルは優しげな笑みを浮かべる。こらえきれぬ喜びを噛み締めるような、咲き誇る大輪の笑顔。漏れ出た声に顔を上げた双子は、それに胸を撃たれたのか、無意識に手のひらを心臓の上に添えて悶えた。
それと同時に、途方もなく巨大なモノが胸の内から湧き上がる。
――――ああ、何故だ。何故こんなに我が主は素晴らしいのだろうか?
抑えきれない感情が涙となって流れ出そうになる。双子は湧き上がる感動を衝動のままに解き放ちたくなったが、今は主が御前。そのような醜態をさらすわけにはいかぬと、理性を総動員して荒れ狂う感情を鎮めた。
『魔族は敵だ』、『故に魔族は滅ぼさなくてはいけない』。そういって虐げられてきたアディアとアリア。
『魔王は悪だ』、『故に魔王は殺さなくてはいけない』。そういって居場所を追われたバラクエル。
バラクエルが言った通り、この二つはよく似ている。勝手な正義感や思い込みで悪意に晒されたという点は完全に一致するといってもいいだろう。
けれど、アディアとアリアは、自分たちがバラクエルと同じだなんてこれっぽっちも思えなかった。
受けた被害は似たようなモノだったのかもしれない。けれど、その後の対応が双子と魔王とではまるで違う。
双子は、ただ耐えていただけだ。痛みも苦しみも、何時かは過ぎ去ってくれると。時が来れば逃げ出してしまえば良いと、じっと縮こまって耐え忍んでいただけ。それが最上だと信じていたし、それ以外の手段があるなんて考えもしなかった。
けれど、バラクエルは違う。彼女は悲劇を己の力で跳ね除け、そしてそれに立ち向かおうとしている。相手の強大さも、自身の選択がどれほど困難なモノなのかも十全に理解していながら、不敵な笑みで挑みかかろうとしているのだ。
諦めた者と、前を向いた者。ずっとずっと底辺の世界で生きてきた双子に、バラクエルは酷く眩しく……そして、何よりも頼もしく映ったのだった。
後に『最後の魔王』と呼ばれることとなるバラクエルは、こう語ったという。
――――夜の森。月と星だけが見守る中で行われた誓い。一人きりだった魔王と二人きりだった孤児が主と配下になったこの瞬間こそが、わたしの覇道が始まった瞬間であり……。
――――同時に、突飛なことしかしない双子に振り回される日々の始まりだった……と。
魔王軍、結成!(なお、メンバーは魔王を入れて三人の模様)
次回はいよいよ双子が魔族に転生する話……かな? 多分そうなると思います




