十四話 バラクエルの野望①
今日は遅れなかった! これを毎日できていれば……。
「……! ……!? お、お兄様ぁ! た、助けてぇえええ!!?」
「く、くひひ……ご、ごめんなさい、アリア。あの、私も今ちょっと、余裕が……」
叫ぶアリアに、震え声のアディア。ゲイスを前にした時の狂気混じりの余裕は何処にもなく、年相応に慌てふためていている。
魔王をツッコミ役にし、その胃にダメージを与えるいろんな意味で規格外な双子を慄かせるモノ。それは……。
「……何だろうな、この気持ち。やっとお前たちの普通っぽい反応を見れたことを喜ぶべきか、この反応を魔王だと名乗った時にされなかったことを悲しむべきか……」
「だ、だってだって! 魔王様、ワタシたち……空を飛んでいるんですよ!?」
「お、王城があんなに小さく……これが、魔王様の御力ですか……」
「……うん、やっぱり納得いかないぞ! お前らあれか!? 魔王よりも空飛ぶ方が怖いのか!?」
「「あ、はい。割と」」
「割と!?」
――――吹きすさぶ風と、目の前に広がる曇天の空。そして、どんどん小さくなっていくかつての住処。
双子は、魔王の魔法によって空を飛んでいるのだ。使用している魔法は、風属性の【飛翔】。言わずもがな高等魔法であり、そこいらの魔法使いでは一生かけても覚えられないようなそれを、バラクエルはフィンガースナップ一つで発動し、更にはその効果を双子にまで付与して見せた。
ゲイスを灰にしたのち、「どうやってこの王都から脱出するんですか?」と問う二人に、バラクエルは得意げな顔で笑って見せると、次の瞬間には魔法を発動し、双子を連れて空へ飛び出していた。
風を置き去りにして進む感覚と、高く、広くなっていく視界。それは双子にとって、まったくの未知だった。
……まぁ、人族の魔法使いが見たら驚愕に顎を外すか、己の力量がゴミ以下だと悟り絶望にむせび泣くかする妙技よりも、『空を飛ぶ』という未知の体験の方が双子には衝撃的だったようで、それはもう、バラクエルが魔王だと判明した時よりも慄いている。あの時はそれどころではなかったというのもあるだろうが……なんにせよ、魔王的には非常に納得がいかなかったらしく、バラクエルは拗ねたような表情を浮かべている。
「まったく……魔王とはもっとこう……畏れられる存在であるべきなのに……おかしい……何かがおかしい……」
ギャーギャー騒ぐ双子の頭上で、ブツブツ呟く魔王。やかましくも平和な一行は、そのまま空を行き、王都から離れた森林地帯に着陸するのだった。
曇っていた空は陽が沈むと晴れていき、夜空には星と月が顔を覗かせていた。
着陸した森林地帯で一夜を明かすことになったバラクエルたちは、薪を囲みながら食事をしていた。食材は近くの沢に赴き、雷属性魔法を駆使してバラクエルが採ってきた魚。冒険者になるための一環として、アディアとアリアが母親に教えられていた知識から判断し、森で採取してきた食べられる木の実や野草、キノコなど。
そして、バラクエルの実力も分からずに襲い掛かってきて、あっさりと撃退された魔物の肉である。イノシシ型の魔物は、雄叫びを上げ突進すると同時に、魔王の放った風魔法によってブロック肉と化したのだった。
「さ、できたぞ。調味料が塩くらいしかなかったから、そこまで凝ったモノじゃないが……まぁ、たんと食えよ。お前らはただでさえ痩せてるんだし」
「「……ゴクリ」」
大きめの葉っぱを皿替わりに、その上には焼かれた魔物肉とキノコが置かれ、その隣にはバラクエルが魔法でささっと作ったお椀に入ったスープが置かれている。薪の側には枝に刺さった魚が突き立てられており、食欲を誘う香りを放っていた。調理をしたバラクエルのいう通り、味付けは塩のみ。いかにも野営中の食事といった感じである。
けれど、これまでロクなモノを食べたことのない双子にとっては、もの凄く豪華な食事に見えていた。キラキラと瞳を輝かせるアディアたちはそろって空腹に腹を鳴らす。そう言えば、ここ三日ほど何も食べていなかったような……。
このままだと涎を滝のように流しそうな様子の双子に、「こいつらはこれまでどんな食生活を送ってきたんだ……」と憐れみを込めた視線を向けた。
「ま、魔王様? ほ、本当に食べてもいいんですか?」
「こ、こんなに豪華なモノを、本当にいただいてもよろしいのですか?」
「いいって言っているだろう? ほら、食え食え。早く食べないと、取り上げてしまうぞ?」
「「恵みをくださった魔王様に感謝を! いただきます!」」
「……この程度でこれだけ感謝されるのも、なんかアレだな……」
施したものに対して感謝が釣り合っていない。感謝の方が多すぎると微妙な顔になるバラクエル。感謝されること自体は嬉しいが、過剰なソレはなんだかなー、なんか違うんだよなー? と内心でぼやきながら、自分も食事を開始するバラクエル。骨付きの魔物肉を手に取り、ぱくりと一口。溢れ出る肉汁に、油の甘味。多めにかけた塩がいろいろあって疲れた体に染み渡る。
双子は一心不乱に料理にかじりつき、これまで味わったことのない『料理として成立している料理』の味に目を見開き、目じりに涙さえ浮かべながら思う。これまで自分たちが口にしてきたモノは、食料ではなかったのだ……と。
食事中は、三人とも無言だった。正確には、鬼気迫る様相で食事をするアディアとアリアに、バラクエルが声を掛けることが出来なかっただけだが。
十分ほどで食事も終わり、お椀と同じように魔法で作ったコップに注いだ水を飲み干したバラクエルが、料理の余韻に浸っていた二人に声を掛ける。
「なぁ、お前たち。ちょっといいか?」
「「…………」」
「うん、こっちの声が完全に聞こえないくらい美味しく食べてくれたのは作った側としては冥利に尽きるが、さっさと戻ってきてくれ。話が出来ない」
「「……あっ、も、申し訳ございません、魔王様」」
ようやく反応した双子に、「仕方ないなぁ」みたいな苦笑を浮かべたのち、それを真剣な表情に引き締めたバラクエルが口を開く。
「アディア、アリア。お前たちにはわたしの目的……いや、野望というべきか? まぁ、それを話しておこうと思う」
「野望……ああ、言っていましたね、そんなこと」
「確か、魔王様がワタシたちを諦めさせようと説得し、失敗に終わった時のアレですね」
「うん、そこまで詳しくいう必要はないぞ? ……まぁ、その野望に関しての話だ。あの時は詳しく説明できなかったが、『かなり危険を伴う』という言葉は嘘じゃないからな? とりあえず、驚く覚悟をしておけ」
口調は軽く、だが、双子を見つめる視線は何処までも真剣だった。聞く側の双子も、表情を引き締め、バラクエルの言葉を一言一句聞き漏らさんと耳に神経を集中させる。
二人が聞く体勢に入ったのを確認したバラクエルは、重々しく口を開いた。
「野望のことを話す前に、一つだけ……一つだけ、言っておかなければならないことがある」
「「…………」」
僅かに訪れる静寂。張り詰めたような空気の中、薪の爆ぜるパチパチという音がやけに大きく響いた。
「……実は、な」
やがて、バラクエルの口が開かれ、静寂が破られる。緊張感の漂う中、彼女から告げられたのは……。
「わたし、『魔王』をやっているが、魔界に味方はいない。定住している土地もなければ、故郷からは追い出された身だ」
という、とんでもない事実だった。
「「…………え? あ、あの……失礼ですが、魔王様は魔王なのですよね? 魔界の支配者の」」
少しの間、ぽかんとしていた双子は、再起動と同時にバラクエルに恐る恐る問いかけた。言外に「嘘ですよね?」と言っているのが丸分かりな様子で。
それに、バラクエルは何でもないように答える。
「支配者ではないが、まぁ、魔王だな」
「「……なのに味方がいない? まったく?」」
「ああ、まったくいない。皆無だ」
「「…………場を和ませる冗句とかではなく?」」
「ああ、いたって真面目に真実だ」
「「…………」」
閉口し、顔を見合わせる双子。どういうことを言えばいいのか、分からなくなってしまったらしい。
そんな二人をバラクエルは変わらずに何でもないように見ているが……よくよく見ると、額からだらだらと冷や汗が流れ出ていた。
何も言えない双子と、その双子の反応を待つしかない魔王。
また無言になってしまった三人の間には、非常に居た堪れない静けさが流れるのだった。
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