十三話 兄妹は人族を見限りました④
まぁた遅刻だし長くなった! ごめんなさい!
けどこのサブタイはこの話で終わりです!
「おや、随分とあっけない」
「ワタシたちを殺すのではなかったのですか?」
「ぐぅ……くそ……くそがぁ……!」
全身ボロボロの状態で倒れ伏すゲイス。そんな彼をアディアとアリアは見下ろし、無邪気に微笑んでいる。
「まぁ、これ以上足掻かれても面倒なので、両腕を砕いておきましょうか」
「あら、ではワタシは両足を……えいっ」
「ガァ!? アァアアアアアアアア!!?」
無邪気な笑みを浮かべたまま、「えいっ」と、ゲイスの肩を踏み抜くアディアと、膝を蹴り砕くアリア。まるで砂糖菓子を砕くかのようにあっさりと壊された身体。ゲイスは走った激痛に獣のような叫びを上げる。
痛みに悶えるゲイスの頭では今、大量の「?」が舞い踊っている。なぜ、何故と自問自答を繰り返し、答えの出ない疑問の解を何とか見つけようと、必死に思考を回していた。
何故だ、どうして、自分が地べたに這いつくばっているのだ――と。
当初頭の中に思い描いていた結末と、まったくもって真逆な現状。双子を叩きのめし、魔族の分際で人族に逆らった愚かな女も殺す――そんな、彼にとって都合の良い未来は甘すぎる理想でしかなく、現実は遥かに厳しいモノだった。
だが、この結末は必然でもあったのだ。思い通りに行かなかった現実から目を背けながらも、ゲイスはそれに気付いていた。
「な、何故……だ……!」
肩と膝を砕かれた痛みを押して、ゲイスは口を開く。彼の矜持――醜く矮小でも、確かにある矜持に掛けて、聞かねばならないことがあった。
「何故……何故手を抜いた!? 何故、手加減をした!? 戦いを侮辱するような真似を、どうして……!!?」
手加減。アディアとアリアは、ゲイスとの戦闘とも呼べぬ戦闘の最中、手を抜いていたとゲイスは言う。そして、それは真実だった。
双子は地面に倒れ伏したゲイスの肩と膝をあっさりと砕いた。さらに言えば、ほとんど力を入れた様子も、何かの術理に従って技を使っていたようにも見えなかった。そんなことが出来るなら、ゲイスの身体は今、全身の骨がぐちゃぐちゃになっているはずだ。痣のみ――肩と膝を覗く――で済んでいるのは、ゲイスが『纏』を使っているか否かを考慮しても、道理に合わない。
そもそも、ゲイスが『纏』で身体の耐久性を上げていたところで、アディアとアリアは上位の強化法である『流』を使用し、更には『堅撃』まで纏っていたのだ。双子が本来の力で攻撃を行っていたら、ゲイスは最初の一撃で良くて戦闘不能、最悪死んでいた可能性もある。
その事実に気付いたゲイスは憤慨した。戦う者としてのプライドが、アディアたちの嘗めた行いを許さないと叫んでいた。
悔しさを覚えた。また魔族に負けるのかと。弟を亡くしたあの時から、「次は、絶対に守る」と誓ってきたものは何だったのかと、あまりの悔しさに涙が出そうだった。
キッと、涙を浮かべながら双子を睨むゲイス。どこまでも卑怯で、矮小で、笑ってしまうほどに滑稽なゲイスの、精一杯の矜持を掛けて。
……けれど。
「は? 何を言っているんですか?」
「あら、痛みで頭がおかしくなりまして? ……いえ、それは元からでしたね、失礼いたしました」
――そんなもの、この二人の前では塵芥も同然だった。
一瞬、きょとんとしたような顔をしたかと思えば、すぐに笑みを蔑みのソレに変えた二人は、ゲイスの顔付近にしゃがみ込み、顔を近づけた。
「「もしかして……貴方如きに、全力を尽くすとでも思ったんですか?」」
そして、声を揃えて、侮蔑に満ち満ちた声音で、ゲイスの問いに答える。
お前など、手加減をしていようが簡単に捻ることのできる雑魚でしかない。全力を出すなど勿体ないにもほどがあると。
『勘違い』をしているゲイスに、それを正させるために、アディアとアリアは次々と言葉を投げかける。
ついでに、少し離れたところに移動して、ゲイスの身体に拳大の魔力球を投げつけて嫌がらせも行う。魔力適用法が一つ、魔力弾での遠距離攻撃を行う『魔弾』の手加減仕様。その威力は、大体石を投げつけるのと同じくらいである。
「何を猛っているのか分かりませんが、アレは遊んでいただけですよ? それっ」
「ぐはっ!? な、何を……」
「そもそも、戦いですらありませんわ。ただ、貴方がワタシたちに殺される工程の一つ……処刑の一環です。えいっ」
「あガッ!?」
「貴方を殺すなら、首を『鋭撃』で刈り取って終わりです。アリアと二人で戦う必要すらありません。きっと、ゴブリンを討伐する方が大変でしょうね。ほいっ」
「うぐっ!」
「わざわざ貴方のお相手をして、手加減をして貴方の命を長引かせた理由は単純です。その方が、貴方を長く苦しめることが出来る……ただ、それだけ。せやっ」
「ひぎぃ!?」
「貴方はこれまで、私たちにいろんな事をしてくださいましたよね? これはそのお返しと言ったところです。やー」
「ぐほっ!?」
「殴ったり蹴ったり、石を投げつけたり……ああ、そういえば。先程の放火も貴方が画策したことらしいですわね。とー」
「ごふっ!?」
「なので、貴方を苦しめることで少々鬱憤を晴らさせていただきました。多少は溜飲が下がりましたよ、どうもありがとうございます。えいやっ」
「がッ、あああああッ!? 目、目ぇ!?」
「あっ、お兄様ずるいですよ。目はワタシも狙っていたんですからね?」
「早いモノ勝ちですよ、アリア。それに、まだ片方残っているではありませんか」
「まぁ、そうでしたわ。それでは……それっ」
「ッ!? ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」
「くひひっ、ナイスショット。お見事です、アリア」
「ふふっ、ありがとうございます」
アリアの放った魔力弾によって、ゲイスは残っていた片目まで奪われる。潰れた両目からだらだらと血を流し、腕も足も動かないせいで痛みにのたうち回ることすら出来ないゲイス。その姿を見て、双子はクスクスと笑みを零す。……その瞳に宿す殺意を、欠片も減らさぬまま。
そんな双子の所業を目の当たりにしたバラクエルは、非常に頭の痛そうな……俗に言う『頭痛が痛そう』な顔をしていた。
やりすぎだ。そう思いつつも、止めようとはあまり思わないバラクエル。長年に渡りゲイスの悪意をその身に浴びてきた双子。彼らが負った心の傷、その一部でも晴らすことが出来るなら、こうした行為も悪くないと。ため息交じりに思ってしまうのだ。
けれどまぁ、そろそろこの場にとどまっているのも危うい。人族の治める国に、魔族が……それも、魔王がいるとなれば大騒ぎになるのは想像に難くない。バラクエルも一応、隠蔽の類はしているが、それも絶対ではないのだ。
「……おーい、お前らー。そのくらいにしておけ。というか、そろそろこの場を離れたいんだが?」
そんなこと考えつつ、ゲイスに魔力弾をぶつけ続ける双子に声を掛ける。その声に二人は、投げかけの魔力弾を無造作に放り(それでもきっちりゲイスに命中していた)、バラクエルの方に向き直った。
「「分かりました、魔王様。それでは、コレは処分してしまいますね」」
「ああ、死体の始末はわたしがしてやるから、とっととトドメを刺してしまえ。お前たちの折檻を見ていて、わたしもだいぶ溜飲が下りたのでな、もうソレに用はない」
魔王の言葉を受けた双子はぺこりと礼を返した後、倒れ伏すゲイスの側に立ち、手のひらを向け腕を突き付けた。
「魔王様に言われたことですし、もう終わりにしますね。それでは、さようなら」
「来世は是非、そこらの蛆虫とかに生まれ変わることをお勧めしますわ。貴方にはとっても良くお似合いです」
突き付けた手のひらに、魔力が集まっていく。黒く黒く、二人の殺意の如く黒い魔力が球体を形作り、その威圧感を増していく。
魔力適用法の一つ、『魔弾』と並ぶ遠距離攻撃の技、『魔砲』。それを、『魔弾』とは違い手加減なしで準備する。
叩きつけられる殺意と、死の気配を感じ取ったゲイスが何とかして逃げようとするが、芋虫のように藻掻くことしかできない。
「……ぁ、い、いやだ……や、やめてくれ……いやだ、いやだぁ!! し、死にたくない!? 殺さないでくれぇ!!」
そして、逃げることが出来ないと悟ったゲイスが、最後の最後にしたのは……目も当てられないほど無様な、命乞い。
だが、それは悪手も悪手。最悪といっても過言ではない。
「……くひひ。死にたくない、ですか」
「……ふふっ、殺さないでくれ、ですか?」
思わずといったように笑みを零す双子。だが、完全に目が笑っていない。魔力が昂り、それに呼応するように真紅の瞳が妖しい光を帯びた。
二人の手のひらに集まった魔力は臨界点を超え、それでも無理矢理抑えつけられている。解放の時を今か今かと待ち望んでいるのだ。
そして、その時はすぐに訪れた。
「死にたくない、死にたくな……」
「「アリア/お兄様を殺そうとした腐れ人族が、ふざけたことを抜かすな。死ね、死んでしまえ」」
「――――い?」
双子の手のひらから放たれた漆黒の奔流がゲイスの頭部に命中し、消し飛ばす。
後に残ったのは、首のないボロボロの肉袋が一つ。ピクリともしなくなったそれを、最後まで汚物を見るような瞳で見続けたアディアとアリアは、やがて視線を外しバラクエルへと向き直った。
「お待たせしてしまい申し訳ございません、魔王様」
「魔王様に逆らった愚か者の処分が終わりました」
「ああ、お疲れ様。それじゃあ、さっさとここを離れるぞ。それと…………いや、何でもない」
何かを言いかけて、途中でやめるバラクエル。そんな彼女の様子に首を傾げた双子だったが、主が何でもないと言っているのだからそうなのだろうと思考を打ち切り、彼女の側まで駆け寄っていった。
自分のもとに駆けてくる配下の二人を見ながら、バラクエルは先ほど言いかけた言葉を、今一度心に思い浮かべた。
――――これまで、よく頑張ったな。
それは、二人のこれまでを賞賛する言葉だった。
主と配下の関係になったとはいえ、その仲が深まったわけではない。こんなことを言われても、困惑するか嫌な思いをするだけだろう。だから、敢えて言葉にしなかった。
悪意に晒され続け、誰からも拒絶され、それでも互いに助け合いながら生きてきた双子。実際に見たり聞いたりはしていないが、それがどれほど辛く苦しいモノだったのかは想像できる。
(けれど、それも今日までのことだ。辛い思いなど、させてなるものか。成り行きでそうなったとはいえ、わたしは二人の主……なら、わたしが二人を護る)
心の中で、そう誓うバラクエル。慈悲深き魔王であり、心優しい少女であるバラクエルの決意は、誰にも知られることなく彼女の胸に仕舞われた。
(あとは……わたしも、石を投げられたり、いろいろと言われたり……わたしの配下を虐げてくれたりした礼をさせてもらおう。まっ、もう死んでるんだけどな)
すっ、と左腕を掲げたバラクエルは、パチン、とフィンガースナップ。
無詠唱、陣構築無しで発動する魔法は、【着火】。種火を生み出すだけのその魔法を、火力と範囲を拡大して発動する。
ボウッ、と音を上げて火に包まれる首なし死体。何処かの勇者が放ったものとは比べ物にならないほどの精度を誇るその魔法は、初級も初級であるにも関わらず、物言わぬ肉袋を灰に変えた。
ゲイスが焔によって人の形を失っていき、黒ずみ崩れていく間も、アディアとアリアは振り返ることなくバラクエルの方を見ていた。ゲイスの存在など、もう脳裏から消し去ったとでも言わんばかりに……。
そんな二人に苦笑しつつ、バラクエルは口を開いた。
「さ、行こうか。まずはこの王都から出るぞ」
「「はい、魔王様」」
バサリ、とローブを翻し歩き出したバラクエルに、アディアとアリアも続く。
後には、もはや誰だったかすら分からない、灰の山だけが残されていたのだった。
にしても、この子たちは何時魔族に転生するんだろう……?
後数話で何とか転生までもっていきたいなぁ……。