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十二話 兄妹は人族を見限りました③

遅刻した! ごめんなさい!?


あと、このサブタイ今回じゃ終わらなかったの……。

 ――魔力適用法。


 それは、魔力を魔法という形にすることなく利用する術理。巨大な魔物がその身を支えるために常日頃から魔力を纏って生きていることから生まれたとされるそれは、この世界に置いて戦闘者が何よりも早く身に着ける基礎の技である。


 そして、魔力適用法は戦闘者の実力を測る基準にもなっている。この技をどれだけ上手く使えるかで強さのランクが分かれるほどだ。


 双子が殺意を持って自分に向かってくることを悟ったゲイスは、とっさに近くに落ちていた廃材の棒を拾うと、長さ一メル(一メートル)ほどのそれを両手で構えた。握りは腰の前、先端は喉の高さ。腕を内側に絞り、腰を落とし重心を僅かに前にずらす。中々に同に入ったそれは、剣術でいうところの中段。正眼の構え。


 そして、全身を覆うようにして纏わせた魔力。魔力適用法の基礎中の基礎。


 身体強化術、『纏』。ゲイスの筋力、頑丈、敏捷が戦闘者の領域にまで引き上げられた。


 

「ハッ! お前らみてぇなクソゴミ餓鬼魔族が俺を殺すとか言ってんじゃねぇ! お前らが死ぬんだよ、お前らが殺されるんだよ!!」



 強気に、そして醜悪に笑うゲイスは、唾を勢いよく飛ばしながらまくし立てる。狂気に塗れた余裕を見せているのは、虐げられている子供風情に……そして、自らが虐げていた弱者風情に負けるわけがないと思っているからだろう。先程、双子の放つ殺気に充てられて声も出なくなったことは彼の記憶から失われているらしい。なんとも自分に都合がいい頭をしているようだ。


 双子は魔力を纏ったゲイスを見ても動揺一つしていない。驕り高ぶり自分に絶対的な――なんの根拠もない――自信を抱き、これからその身に降りかかる運命のことなど微塵も理解していない厚顔無恥で無知蒙昧で愚昧愚劣な人族を、絶対零度よりもなお冷たく名剣名刀よりもなお鋭い視線に深淵と煉獄を混ぜ煮詰め焼き固めたような暗黒よりも漆黒な殺意を宿して一切合切を殺そうと身構える。


 そして、その身に魔力を纏い体内と体外を絶えず循環させるように動かし身体強化。ゲイスのした『纏』よりも上位の身体強化術――『流』を発動した。


 双子の身体能力が戦闘者の領域に引き上げられ、なおも上昇し強化されたゲイスの身体能力を軽々と抜き去った。



「…………は?」


「……ほぅ」



 アディアとアリアがそろって発動した魔力適用法を見て、ゲイスは間の抜けた声を、バラクエルは感心したような声をそれぞれ漏らした。


 信じられないモノを見たような顔で呆けるゲイスに、双子はいっそ不気味なほど軽い口調で告げる。


 

「それでは、死んでくださいね?」


「さぁ、殺されてくださいませ?」



 いうや否や、双子は地面を蹴って飛び出した。強化された身体能力によって得た加速はゲイスの目には消えたようにしか映らない。慌てて手にした棒を振りかぶるも、狙いも何も定められていないそれは何処まで行っても悪あがきの域を出ることはなかった。


 そして、悪あがきをする者と明確に攻撃の意志を持って攻撃行動を行う者がぶつかれば、どちらが砕けるかなど言うまでもない。


 外側に膨らむような軌道でゲイスを挟みこむように距離を詰めたアディアとアリアは、反応すら出来ていないゲイスを左右から挟撃する。アディアは腰に向かって飛び蹴りを叩き込み、アリアは肩に拳を捻り込む。


 その際、二人の足と拳は魔力に覆われていた。打撃力を上げ打撃部位の保護を行う魔力適用法、『堅撃』。それによって岩に罅を入れる程度にまで引き上げられた蹴撃と拳撃がゲイスの腰骨と肩を強打する。


 ガードを挟む暇もなく、間抜けに棒を振りかぶっていたゲイスは鋭い痛みに顔をしかめた。だが、それだけ。双子の攻撃が与えられたのは痛みと痣のみで、骨に罅を入れることも出来なかった。相手が攻撃力不足であることに気付いたゲイスは、怒りのままに棒を振り回して双子を牽制する。



「な、何が死んでくれだ! 何が殺すだ! お前にそれが出来るわけねぇだろうが! ロクに傷も負わせられねぇ雑魚の分際で! さっさと俺に殺されろぉ!!」


「「…………」」



 返事は、無言。ゲイスの無茶苦茶な言い分にアディアとアリアはすでに言葉を返すことすらやめていた。冷たい視線を向けながら、ゲイスの攻撃の隙をついて打撃を叩き込んでいく。


 ゲイスの振り回す棒は小柄ですばしっこい双子を捉えることはなく、双子の攻撃は動きが単調でその場から移動しようとしないゲイスを捉え続けている。


 一撃一撃は軽い双子の攻撃。しかし、それが重なれば最終的な損傷は大きいものになる。


 しかし、双子の本当の目的はそこではなかった。アディアとアリアの狙いに気付いている者はこの場でただ一人。戦いを見守るバラクエルのみ。



「がっ! ぐっ! くそっ、ちょこまかしやがって! 真正面から向かってきやがれ! この卑怯者どもが!」


「「お断りします」」


「ふ、ふざけんなぁ!!」


「「ふざけてなんていません」」


「…………ッ!! クソッ、クソクソクソクソクソがぁ!! 当たれ! 当たれェ!!」


「「当たりません。残念ですね?」」


「がぁあああああああああああ!!? 死ねぇえええええええええええええええええええッ!!!」



 棒を振るう。当たらない。殴られる。


 棒を振るう。躱される。蹴られる。


 棒を振るう。掠りもしない。「「ふっ」」と二重に嘲笑される。


 肉体的にも精神的にも傷を付けられ続けるゲイス。誰がどう見ても状況的に彼は負けていた。それはもう圧倒的で徹底的なまでに負けていた。けれど、ゲイスは事実を認めることが出来ない。


 その理由は、過去の後悔と歪んだプライド。先の魔族との戦争で弟を失った彼は、魔族という存在を酷く憎んでいる。それと同時に、弟を守れなかった自分の弱さもだ。ゲイスは戦争が終わってからの十五年間、一日たりとも欠かさずに剣を振るった。今度こそ、失わないように。今度こそ、守れるように。だが、彼は凡人かそれ以下の愚者だ。現実を見ることも出来なければ受け入れることなんて到底不可能。自分の弱さを正当化し、悪いのは全て魔族なんだと転化し、たまった鬱憤を双子に悪意という形でぶつけることしかできない弱者。


 故に、この状況でも負けを認めることはできないし、かといってゲイスが勝利することは万が一にも在り得ないのだが。


 魔王らしく振舞おうとしても、どうしても優しさが見え隠れしてしまうお人好しで人の好いバラクエルが、何故双子が戦うことを許可したのか。彼らが傷つく可能性が僅かでもあれば、バラクエルはゲイスを一瞬で消し炭に変えていただろう。飛んでくる石を砕くのとゲイスを砕くのに然したる違いはない。


 その答えは単純明快、バラクエルは確信しているのだ。


 あの程度の雑魚では、双子に文字通り傷一つ付けられないと。



「ハァ……ハァ……!」


「どうしましたか?」


「息が上がっていますわね?」


「私たちを殺すんですよね?」


「ワタシたちを死なすんですよね?」


「けれど、おや? おかしいですね?」


「ワタシたち、まだ傷どころか埃一つ付いていないのですが?」


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇ!! 今すぐにその口を閉じろぉオオオオオオオオオオオーーー!!」



 ゲイスの振るう棒を避け、打撃を叩き込むとついでのように嘲笑混じりの言葉を落としていくアディアとアリア。ゲイスは募りに募った苛立ちが我慢の限界値を軽く突破し、獣のような叫びを上げた。だが、苛立ちを爆発させたせいで動きはもっと繊細を欠き、もはや子供が冒険者ごっこと称して木の枝を振り回すのと大差がない。


 棒が捉えるのは地面か大気、そして時々ゲイス自身。攻撃がしたいのか防御がしたいのかもう分からない。ただ振り回しているそれが何時か双子を殺すと信じて、ただひたすらに体力を無駄にしていく。


 

「くひひっ、うるさいですか? でもそれ、私たちを殺せばすぐですよ?」


「ふふっ、ワタシたちが死ねば、すぐに黙りますし口を閉じますよ?」


「「だって、死体は喋りませんから」」


「ですので、頑張ってくださいね? まぁ、貴方には無理だと思いますが?」


「ほら? もう少しで当たるかもしれませんわよ? まぁ、貴方には荷が重いと思いますが?」


「「何時か出来ると信じて……無様に滑稽に、棒を振り回していればいいんじゃないですか? ゴブリンみたいで、とってもお似合いですよ?」


「ぅあああああああああああああああ!!? ジネェエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!?」


「「頑張れ頑張れ、ほらっ、それっ、残念、外れ!」」


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!?」



 ゲイスの無意味な攻撃も、双子の煽りも止まらない。


 すでにゲイスの身体には無数の痣が刻まれ、着ているモノはボロボロになり、身に纏う魔力は大きく揺らぎ、振るう棒はスライムでも回避できそうなほどふらふらと弱々しい。


 対する双子は、傷も汚れも戦闘開始時から一切付くことなく、魔力はまったく揺らがず常に一定の速度で流動し循環を続けている。


 ここまでくれば、バラクエルでなくとも勝敗など目に見えており……。



「……アァ!」


「当たりません。そして、当てさせてもらいますね?」


「ぐはっ!?」


「あらあら。ではこちらもついでに……」


「うぎっ!? ハァ……ハァ……! ぅあ……」



 ふらり、と。


 アディアの蹴りが脇腹に突き刺さり、アリアの裏拳が側頭部に叩き込まれ、ゲイスの身体はついに限界を迎えた。


 ずっと振り回し続け、ついに一度も双子たちを捉えることなかった棒はゲイスの手から離れ、地面に転がった。それに追従するようにゲイスの体が揺らぎ、前方に倒れていく。


 そして力の抜けたゲイスの体は、重力の導きによってそのまま地面に……。



「それっ」


「ぐぎゃ!?」



 ――倒れるよりも先に、後頭部を鷲掴みにしたアリアによって、顔面から勢いよく地面に叩きつけられ、潰れたゴブリンのような汚い悲鳴を上げるのだった。


 



 





さて、無慈悲なエンディングの前哨戦が終わりました。

肉体面と精神面でフルボッコにされたゲイスくんの運命はいかに!?


次回「ゲイス、死す」

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[一言] >> 肉体面と精神面でフルボッコにされたゲイスくんの運命はいかに!? 次回「ゲイス、死す」 デュエルスタンバイ!
[一言] 死神さまが迎えにきても良いんじゃない?
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