九話 これから共に歩むモノ
今日気付いたんだけど、この小説七話が存在しなかったのよね。
治しときました。
渾身の叫びを上げ、はぁはぁと肩で息をするバラクエルは、キッと双子を睨みつけるとまるで爆発するようにまくし立て始めた。
「お……お前たち!? じ、自分が何を言っているのか分かっているのか!? 転生だぞ転生! 文字通り、生まれ持った種族を捨て、新しい種族に生まれ変わるんだぞ!? それをなに一切の動揺も躊躇もなく、『ちょっとそこのもの取って』『あっ、いいよー』みたいな気安さで了承してるんだ!? もっとこう、自分の生まれに対する誇りとかこだわりみたいなもの…………そ、そういえばなかったんだった……な……」
「流石魔王様、よく分かっていらっしゃる」
「ワタシたちの事をちゃんと理解してくれるのですね。嬉しいですわ」
「……お~ま~え~ら~」
話している途中で、アディアとアリアが他の人族どころか自分が人族であることすらゴミにさえ劣る無価値なモノとしか思っていないことを思い出したバラクエルは、がっくりと肩を落とした。ニコニコと嬉しそうな双子に恨めし気な視線を向けるも、然したる効果はない。きょとんとした顔でそろって首を傾げられるだけだった。
「わ、分からない……わたしは全然お前たちのことが分からないぞ……? わ、わたしがこれまで積み上げてきた常識が、音を立てて崩れていく……」
と、頭を抱えるバラクエルに、双子はからからと笑いながらあっけらかんと、
「まぁ、常識なんてそんなものですよ。私だって、『死にかけていたところを魔王様に救われる』という、常識を疑うような体験をしたばかりですし。くひひっ」
「本当、人生何があるか分かりませんわねぇ。ふふっ」
「何他人事みたいに言っているんだ! お前らだお前ら!」
「「魔王様、あの……そんなに叫んで疲れないんですか?」」
「疲れてるよ!? というか、声を揃えてボケるんじゃない! 魔王にツッコミさせるとかいい度胸だなお前ら!?」
「「魔王様って、結構ノリがいいですよね」」
「のせとるのはお前らだぁあああああああああああああああ!!」
魔王のツッコミ、冴える。
どうでもいい話だが、長い人族の歴史の中でも、魔王の前でボケ散らかして本人にツッコミを入れさせたのはアディアとアリアが初めてだったりする。地味に快挙だが、死ぬほどどうでもいい。
「はぁ、はぁ……そ、そろそろいい加減にしろよ……お前らぁ……」
「く、くひひ……すみません、魔王様。少しはしゃぎ過ぎました」
「魔王様とお話するのが楽しくて、つい。申し訳ございませんわ」
「……まぁ、反省しているならいい」
そう言ってふぅ、と大げさにため息を吐いたバラクエル。だが、その内心は口で言うほど嫌がっていなかった。それどころか、確かな親しみを感じるやり取りに、喜びを覚えていたりする。魔王という立場がら、バラクエルに対して畏れや敵意なしに接してくる相手はほぼいないといってもいい。今も、よくよく見れば唇の端がぴくぴくと震えている。にやけそうになるのを必死にこらえているのだ。
しかし、そんな浮かれ気分も、次のアディアの言葉で吹っ飛ぶことになる。
「ところで魔王様、これで私たちを貴女様の下僕にしてくださるんですよね?」
「…………う、うむ。そう、なる……な?」
どうやらツッコミに夢中で、本題をお忘れになっていたらしい魔王様。にやけ面は即座に引っ込み、目を逸らしながらだらだらと冷や汗を流すバラクエル。
そこにすかさず、アリアからの追撃が入る。
「それにしても、魔族に転生するのが条件だなんて……これはもう、遠回しな歓迎ですわよね、魔王様?」
「……う、ぬ? かん、げい?」
「だってそうでしょう? 魔族に転生すれば、魔王様がおっしゃられた問題の半分は解決しますもの。魔族になれば人族である現状よりも能力は上がるでしょうし、魔界に足を踏み入れても『人族だから』と魔族の方に襲われることもありません。ワタシたちが魔王様に仕えた場合に発生する問題の解決策を暗に示したということは、魔王様側ではすでにワタシたちを受け入れる準備が出来ていた……そうでしょう、魔王様?」
「なるほど。後は『他種族に転生する』という、一見すると無理難題な条件を突き付けることで、『このくらいを乗り越えられないようでは我が配下は務まらないぞ』と、私たちの覚悟を試した……というわけですね? 流石は魔王様……そこまでお考えになっていたとは。このアディア、感服いたしました」
瞳をキラキラと煌めかせ、顔に『流石です、魔王様!』と書かれている表情でバラクエルを見つめるアディアとアリア。バラクエルはそんな二対の視線から全力で顔を背けたくなるが、己の魔王としての矜持を総動員して平静を装った。
(……ただ単に、そう言えばお前らが諦めてくれるかなと思っただけ……なんて、言える雰囲気じゃないよなぁ……。あ、なんか胃のあたりが痛いような……)
胃痛に回復魔法って効いたっけなぁ……と、バラクエルは現実逃避気味に考えるのだった。
晴れてアディアとアリアがバラクエルの配下となることが決まり、バラクエルが胃の痛みを覚えていたその頃。
双子の迫害を進んで行っていた人族ゲイスは、勇者と別れた後、再度アディアたちの住処があった場所に戻っていた。
「ちっ、何が『俺の魔法で倒せないはずがないだろう?』だ。本当に死んだかどうかの確認もしねぇとか、舐めてんか。あんな甘ちゃんが勇者で本当に大丈夫なのか……?」
ブツブツと勇者への愚痴を零しながら荒々しい足取りで進むゲイスの目的は、双子の死亡を確認すること。
ゲイス自身は勇者の魔法が納まった後にしっかりとアディアたちが死んでいることを確かめる予定だった。そして、残った死体を曝し物にして石を投げつける計画も立てていた。
「つうか、街中で炎魔法ぶっぱなすとか何考えてるんだか。やっぱり別の世界から来たから常識ってもんがないのかね? あーあ、死体が残ってるといいがなぁ……」
そのどちらもが、勇者の行動のせいで台無しになってしまったことで、ゲイスは強い苛立ちを覚えていた。苛立ち紛れに足元に転がる石コロを蹴っ飛ばそうとして、思いっきり空振りってすっころぶくらいにはイライラしている。
「く、くそっ! これも全部あのクソ魔族どものせいだ! 死体の一部でも残ってたら、野良犬の餌にしてやる……!!」
完全に八つ当たり以外の何物でもないが、ゲイスの中に自分が悪い事をしているという自覚はない。
ニヤリと醜い笑みを浮かべつつ、足早に進むゲイスはやがて、元は廃墟群だったアディアとアリアの住処にたどり着いた。
そこで彼が見たモノは……。
「「我が忠誠を魔王バラクエル・リリン・イブリース様に捧げます。この身この心、余すところなく貴女のモノです。どうか、いかようにもお使いください」」
「…………う、うむ……」
二人そろって跪く、無傷のアディアとアリア。
そして、大仰なことを双子から言われている――――魔族。
「は、はぁああああああああああああああああああああ!!? ま、魔族ぅうううううううううううううううううううううう!!?」
絶叫を上げるゲイス。そんな彼に気付いたバラクエルは――『ああ、そうだよな。この反応が正しいよな』と、妙な安心感を覚えたのだった。
タイトルの『共に歩むモノ』とは双子のことなのか胃痛のことなのか……あ、同じ意味か。
魔王様の明日はどっちだ!?




