ぼくの友達はインド人
重苦しくてキュンキュンというお題、できてたらいいなあ。
雨音AKIRA様からFAをいただきました!お話の最後に載せてます。
何故かこのイラスト見てると、切なくて泣けてくるんですよ。自分で書いたお話なのに。(笑)
これが雨音AKIRA様の絵の力量ってやつなんですかねえ。本当にありがとうございました。
秋の桜子様からも、FAをいただきました!ノスタルジックな美しさです。表紙っぽいので、お話の前に挿入しました。
ピンポーン♪
玄関のチャイム音が聞こえた。
お父さんもお母さんも『トモバタラキ』なので、僕は学校が終わってから、大体一人で家にいる。
僕は走って玄関に行き、覗き穴から外を見た。
そこに立っているのは、インド人。
だって、ターバンを頭に巻いているし、日本人じゃないし、本人が「インド人だ」って言うのだから。
「来た!インド人!」
僕は、カチャリと鍵を回してドアを開けた。
「ナマステー。インド人ダヨー」
「こんにちは、インド人!待ってたよっ」
僕は玄関先に、インド人を招き入れる。
インド人は、いつものように玄関まで入ってきて、玄関マットの上に腰を下ろした。
そうして、懐から濁った水が三分の一ほど入ったペットボトルを取り出した。
「今日ハ、コレ。昨日インドカラ、届イタ。ガンジスリバーノ水!」
「おおー!すげえー!これが、ガンジスリバーの水かあ。ガンジスリバーて、何?」
「ガンジスリバー、インドノ大キナリバー。水ガタクサン、流レテマース」
「それ、川のことかな!インドの川、すげえー!」
「タケシ、特別!今ダケ、百円。現金デ百円」
「はい、百円!」
「マイドアリー♪」
百円玉を渡すと、インド人はペットボトルをくれた。
「オ腹痛クナル。飲ンデハダメヨ」
「わかったよ。ねえねえ、またインドの話してよー」
「ohー、ジャア……」
ひとしきり話した後、インド人は「マタネ」と去っていった。
そう。僕はインド人と友達なんだ。
僕がインド人と出会ったのは、一ヶ月くらい前だったかな。
学校からの帰り道、ちょうど友達と別れて一人になった僕は、少し帰り道から外れるけど、近所のおうちの外に置いてあるビワの鉢植えを見に行ったんだ。
だって、ビワが一つだけ生っていて、とてもおいしそうなんだ。
別に食べないけど、気になるんだもの。
細い道を入って少し行ったら、そのおうちはある。
そこへ向かった僕が見たのは、おうちの前でしゃがんであのビワを食べている、ターバンを巻いた外国人のおじさんだった。
「あーー!食べてる!」
おじさんはビクリとして、こちらを見た。
そして、ビワをムシャムシャしながら、にかりと笑った。
「ダメだよ、おじさん!人のおうちのものを食べたら、泥棒なんだよ」
おじさんは、少し悲しそうな顔で肩をすくめた。
「外ニアッタヨ?」
「でも、家のすぐ近くに置いてあるでしょ。これは、このおうちのなの!」
「oh……」
おじさんは、食べかけのビワの実を全部口に放り込んで、ムシャムシャ口を動かし、ペッと種を吐き出した。
「オナカガスイタカラ、食ベテシマッタヨ……」
「お腹がすいてるの?」
僕は、情けなそうに肩を落とすおじさんが、可哀想になった。
このおじさんは大きい。あんなビワ一つぽっちじゃ、お腹いっぱいにはならないだろう。
「おじさん、僕のおうちにおいでよ。お父さんが隠してるカップラーメンを食べさせてあげる」
「oh!アリガトー!」
「僕は、タケシだよ。小学四年生。おじさんは?外国人なの?」
「私、インド人!」
「へえー!インド人なのかあ。そんな気がしてた!」
だって、ターバン巻いているし。
こうして、僕とインド人は友達になった。
インド人は、商人らしい。
お客さんが欲しいものを売るのが、インド人のお仕事なんだって。
「ねえ、インド人。僕、せっかく君と友達になったから、インドのものが欲しいなあ。売ってくれる?」
インド人は、カップラーメンをズルズルすすりながら、僕に聞いた。
「イクラ持ッテル?」
「僕のお小遣いは、毎週百円なんだ。百円で買えるもの、ある?」
インド人は少し考えて、にかっと笑った。
「明日、ココニ持ッテクル。百円デ買エルモノ」
「本当!やった!」
「大人、イナイ時間ガイイ。私、アヤシイ。キット怒ラレル」
確かに、お父さんもお母さんも、知らないインド人がいたらびっくりするだろう。インド人が怒られたら、可哀想だ。
「この時間なら、大人はいないよ」
「OK♪」
そして次の日、インド人はやって来た。
『インドの砂』を持って。
こうして、インド人は毎週この時間に、僕に会いに来るようになったんだ。
僕は、インド用の宝物箱を作った。
少しずつインドのものが増えていくのが嬉しい。
『インドの砂』、『インドのネジ』、『インドの汚れたハンカチ』、『インドのボタン』……。
僕はインド人と会うのが、益々楽しみになった。
ある日、お父さんにカップラーメンが一つなくなってるのがバレた。
「あれ?ここに海鮮カップ麺があったのに。おかしいなあ。お前、食べた?」
「私は食べないわよ。お父さん、食べたんじゃないの?」
「食べてないよ。ええー?」
やばい。お母さんが疑われてる。僕が食べたことにしよう。
「ごめん、お父さん。僕がお腹すいて、食べたんだ」
「そうなのか。すまんなあ。学校から帰ったら一人だもんな」
「放課後子ども会は三年生までで、入れないのよねえ。こんな事じゃ困るわあ」
「最近、妙な外国人もうろうろしているらしいしなあ」
僕はドキリとした。
そんな僕の気持ちを知らず、大人の会話は続く。
「そういえば、会社の同僚が言ってたわ。うちの県は海産も特産じゃない?どうも密漁してる人がいるんですって」
「ああ、聞いた事がある。アワビとかウニとかを獲って、闇ルートで売ってるって話」
「困った話よね。漁業の人が生活できなくなっちゃうわ」
アワビ?ウニ?なんだろう。美味しいのかな?
「ねえ、アワビとかウニとか、美味しいもの?僕食べた事ないよ」
「美味しいぞー」
お父さんはにっこり笑った。
「お父さんは特にウニが好きなんだ。ウニをつまみにビールはこたえられんなあ」
「あなたは結局、ビールが飲みたいだけでしょ」
「違いないな」
お父さんとお母さんが笑う。
へえ、お父さんはウニが好きなのかあ。お父さんの誕生日、もうすぐなんだ。
ウニがあげられたらなあ……。
インド人が来る日。
『インドの塩』を百円で買った僕は、初めてインド産以外のものをインド人にお願いした。
「ねえ、インド人はお客さんの欲しいものを売るんだよね。ウニを百円で売ってもらえないかな」
インド人は驚いた顔をして、真面目な顔で僕に聞いた。
「ウニ……。ドウシテ、ウニガ欲シイ?」
「お父さん、ウニが好きなんだ。もうすぐお父さんの誕生日でさ、ウニをプレゼントしたいんだよ。無理かなあ」
インド人は、にかっと笑った。
「家族、ダイジ!ワカッタ。次、ウニ持ッテクル」
「本当に?ありがとう!!大好き、インド人!」
「私モ、タケシ好キヨ!」
僕達はハグをした。
インド人は、なんかくさかった。
次の週、インド人はやって来た。
一個のウニをビニール袋に入れて。
「タケシ、ウニ!」
「これが、ウニ!魚屋さんで見た事がある。トゲトゲのやつ。これがウニだったんだ。ありがとう、インド人!!」
僕はウニを受け取って、百円を渡した。
インド人が百円を受け取ったその時、玄関のドアがガチャリと開いた。
その後の事は、あまり思い出したくない……。
急に帰ってきたお父さんが怒鳴る声と、逃げようとしたインド人。
騒ぎを聞きつけて飛び出してきた近所の人達。
取り押さえられたインドを助けようと声を上げる僕を、無理やり家に連れて入るお父さん。
ドアの向こうで、パトカーのサイレンが聞こえた。
ビニール袋のウニが、いつ誰に踏まれたのか、つぶれて玄関に転がっていた。
僕は、酷く怒られた。
知らない外国人を家に入れたらいけないって。
でも、友達になったんだ。知らない外国人じゃないじゃないか。
それに、困った人がいたら助けてあげるように、お父さんもお母さんも、学校の道徳の授業でも言っていたじゃないか。
どうして、インド人は助けちゃいけないんだ。
僕は悲しい。
インド人を助けられなかったのも、インド人のあのにかっとした笑顔を見られなくなったのも。
僕はせめて、インドの宝物だけは奪われないように、宝物箱を部屋のベッドの下に隠した。
しばらく経ったある日、お父さんとお母さんが僕にインド人の事を教えてくれた。
警察署で取り調べを受けたインド人は、『ミツリョウ』グループの一員である事を自白したらしい。
あのウニは、『ミツリョウ』したウニを僕のために一つ取っておいたんだって。
僕のために……。
「ねえ、インド人はどうなったの?また会える?」
お父さんは、首を横に振った。
「彼は国に帰ったよ」
「そんな……。もう会えないの?」
「そもそも、あいつは、インド人じゃない」
「え?」
「バングラデシュ人だ」
な、なんだってー!!インド人じゃなかったのか!
「インド人は、嘘をついていたの?」
「そうね。嘘をついていたのは間違いないけど、宗教上ターバンを巻いていると、みんなにインド人だと思われるから、面倒くさくてインド人と言っていたのだそうよ」
お母さんがそう教えてくれた。
そっか。確かに、見た目は完全にインド人だったもの。バングラデシュ人と言われても、ピンとこなかったと思う。
僕は本当の事を教えてもらえなかったのが少し寂しかったけど、納得した。
「もう、会えないんだね……」
僕の目から涙が溢れた。
インド人……いや、バンゴル……デ……?もういいや。インド人で。
インド人は、『ミツリョウ』という悪い事をしたから、日本にいられなくなった。
じゃあ、悪い人だったのか?
いや、そんな事ない。インド人といると僕は楽しかった。
大好きだったんだ。
悲しむ僕を見て、お父さんとお母さんが目を合わせる。
そして、お父さんが立ち上がり、どこからか紙袋を持ってきて僕の目の前に置いた。
「正直、捨ててしまおうかと思ったけど、今のタケシにはそれが必要だと思う。開けてみなさい」
僕は紙袋の口を開けて、中から何か長い布を取り出した。
見た事のある白っぽい色。
「これ、インド人のターバン……」
お父さんは頷いた。
「あの外国人が、「お前に」と警察の人に託したんだそうだ。お前は『オトクイサマ』で『トモダチ』だから、プレゼントなんだと。餞別のつもりなんだろう」
「インド人……」
僕はターバンを抱きしめて泣いた。
インド人の匂いがふわりと鼻にきた。
ちょっと、くさかった。
あの後、部屋に戻った僕は、ターバンを頭に巻いてみた。
うまく巻けなかった。
いつか大人になったら、インド……いや、バンドルなんとかって国に行って、インド人を探すよ。
そして、ターバンの巻き方を教えてもらうんだ。
僕は、宝物箱の中に、ターバンを入れた。
二十年後。
「お父さーん、押し入れの中の箱から変なもの出てきた!」
「ええ?お前は自分の部屋を片付けろよ。引っ越しの荷物仕分けしないと、当日引っ越し屋さんが困るだろ」
「ねえー、来て来て!」
「わかったよ。仕方ないなあ」
俺達家族は引っ越し準備の真っ最中だった。
息子は小学四年生。
妻は台所で、必要な食器以外を段ボールに詰めている。
俺が押し入れを見に行くと、息子は見た事のある箱をテーブルの上に置いて、蓋を開け、中を覗いていた。
「あ、これ……。俺の宝物箱だ」
「何これー。土?それに、ネジ?うわ、ペットボトルの中の水、やばっ。これ、いつの?」
キャアキャア言いながら、息子が布を手に取った。
そして、引っ張り出す。
「うわあ、長いなあ。マフラー?変なのー」
俺は、その布を渡してもらう。
そして、その手触りを確かめながら言った。
「これは、ターバンだよ。……インド人の、ターバンだ」
正確には、バングラデシュ人の、だけどな。
懐かしい。少し生成りの色が褪せて所々染みがついているが、あの日、インド人が巻いていたターバンだ。
俺は、じっくりとターバンを観察した。
ふと、ターバンにタグがついているのに気付く。
「タグか。なんか、文字が薄れてるけど、まだ読めるもんだなあ」
俺は、なんとなくタグの文字を確かめた。
MADE IN CHINA
「インドじゃねえのかよ……」
腹から笑いがこみ上げてくる。
それと同時に、あの日の思い出もこみ上げてきた。
俺は、ターバンを握りしめて笑う。
「お父さん、なんで笑いながら泣いてるの?」
「くくっ……、大人はな、懐かしい気持ちでたまらなくなると、笑いながら泣けてくるんだよ。ぶっ、くくく……あはははっ」
俺の目から、涙がとめどなく溢れる。
俺は、涙に蓋をするように、ターバンを目に押し付けた。
もう、インド人の匂いなんて消えてるはずなのに、なんか、くさかった。
ひとしきり泣き笑って、俺は息子を見た。不思議そうに俺を見上げる息子に、あの日の俺が重なる。
そうだ。息子に防犯の話をしないとな。
親の知らない人を親の許可なく勝手に家に入れたらいけない、とな。
もちろん友達でも、だ。
インド人。
あなたは今、どうしているのか。バングラデシュにいるのか。それとも、インド?
はたまた、違う国?
俺はあなたが悪い人だとは思わないよ。
確かに胡散臭いものを俺に売ったし、密漁したけど、でもあなたは優しかった。
俺に小遣い以上のものは要求しなかったし、俺を楽しませようとインドの話を一生懸命してくれた。
密漁したウニだって、闇に流せば百円以上の儲けがあったんだろ?
でも、俺のために、百円で横流ししてくれた。
結果捕まったのに、あなたは俺に、ターバンという餞別までくれたじゃないか。
俺はあなたを忘れないよ。
大人になって、結局インドにもバングラデシュにも行けそうにないけど、それでもいつかあなたにまた会いたい。
ターバンとウニを見る度に、きっと俺はあなたを思い出す。
インド人、あなたと過ごした楽しい時間に、決して嘘はなかった。