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紅い“幽霊船”の物語  作者: タカミチ
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 場の空気がすっかり和んだ。

 もうこれでお役御免だと、ハーディの気持ちが衛星軌道上の自船に飛びかけたところへ、おもむろにサルヴァトーレは居ずまいを正した。


「こんなジイサンになっても、俺の首がほしいって連中はあとを絶たねえ。モテる男はつれえけどよ、おめえにいらん迷惑をかけちまったのは本当だ」

「………」


 否定も肯定もしづらいセリフである。


「そこで、だ」


 老海賊の眼光が、はっきりと切り替わったのが見て取れた。


「詫びってわけじゃあねえが、知らせときてえ情報がある」


 ざっくばらんな口調とは対照的に、その表情はどこまでも真剣だったため、ハーディはつられるようにして、無意識に踵をそろえ、背筋を伸ばした。


「――と、その前に。緋紅明眸(ルビーズアイ)、聞いてんだろ?」


 はっと息を呑んだのはグイードで、ハーディはと言えば、相棒の通り名を久方ぶりに耳にして、せっかくいい具合に緊張感が生まれたのに、思わず肩から力が抜けた。

 微苦笑を隠して腕輪を操作すると、小さなスクリーンが現れる。画面の端に一度触れてから、また閉じる。あえて声はかけなかった。話の流れ上、必要のないことだった。


『失礼とは承知で、ずっと聞かせていただいていました』


 イヤーカフ経由だとハーディの耳にしか入らない船から音声が、腕輪のスピーカーホン機能によって部屋に広がる。

 相変わらず電波状況が悪いような、雑音交じりのものだった。


『グランパ・トト、ご無沙汰をしております。相変わらずお元気そうで何よりです。ぼくの声が聞こえますか』


 丁寧な挨拶に続けて問いかけられた老海賊は、らしくもないことに、すぐに言葉を継げず黙り込んだ。口を結び、配達屋の青年の腕輪を凝視している。刻まれている皺すら雄々しく感じられるその顔は、表情を一切かき消したようにも、衝動を堪えているようにも見えた。

 傍らでグイードが――この四日間、立て続けに襲撃されても露ほども動じなかったあのグイードが、目を見開いている。


『聞こえませんか?』

「ああ……いや。聞こえてるぜ。おめえは――久しぶりだな。すまん」

『どうかお気遣いなく。またこうしてお話できて、とても嬉しいです、グランパ』


 老海賊に「ルビーズアイ」と呼ばれているハーディの相棒は、本当に嬉しそうだった。

 そういえばこの通り名を呼びはじめたのもこの老海賊だったことを思い出す。


『グイードさんも、うちの船長がお世話になりました』

「いや、その、こちらこそ…」


 軽く言語障害を起こしているという自覚もさることながら、あのルビーズアイと会話をしているという現実に、グイードは、なんとも珍妙な表情をデスマスクの如く顔に貼りつけ、固まった。


「で、俺たちに話したい情報ってなんだ」


 あまり話を長引かせたくなくて、ハーディが割り込んで催促する。

 老海賊もわかっているので、無駄な前置きを一切省いて、ぽいっと爆弾を落とした。


「シジエモで人形師(ゼペット)の姿が確認された」


 ゼペット、という単語に、ハーディの表情は刹那、人格が替わったかと思えるほど険しくなる。燃え盛る焔に見紛う(あか)とたとえられるその髪も、ざわりと一瞬、揺らめいたような気がした。

 老海賊に向け、双眸から人を射殺しそうな強烈な光の矢を放ち、一語一語、言葉を噛み締めて言う。


「今、ゼペット、って、言ったか?」


 しかし八十年以上も生きている老海賊にとって、三十路手前の若造の眼力などそよ風に等しい。

 サルヴァトーレはびくともせずに頷き返した。


「言った」

「シジエモ?」

「ああ」


 ハーディの脳裏ですばやく現宇宙の星図が展開される。

 すぐにネツアクア星系でその星は見つかった。星系内第四惑星であるシジエモは、図面上ここワセンビナー星系から、現宇宙の中心であるティファレット星系を挟んで、ほぼ対角線上に位置する。


「いつだ」

「知らせが入った日を訊いてんなら、四日前。おめえがこの星に下りた日だな。奴を見た日を言ってんなら、そのさらに二日前だ」


 ハーディは覚えず唸った。

 約一週間前の目撃情報では遅い。あの神出鬼没な人形師が、いつまでも同じ星にいる確率は極めて低い。

 とはいえ、それでも待ち望んでいた情報だ。結果、無駄足になったとしても、行かないという選択はない。


「グランパ・トト。あんたなら俺を今すぐ船に返す手立てくらいあるだろう」

『ハーディ』


 スピーカーホン越しに伝わってくる相棒の声は、たしなめる色が強くても、どこか気遣わしげだった。


「だめだ」


 老海賊が答えるよりも先に、グイードの断固とした口調で発せられた拒絶が、紅い髪の青年に投げつけられる。


「おまえの事情は知らない。そんなことをしたら、グランパに危険が及ぶのは明々白々。ほんのわずかでもグランパを危険にさらす要素があれば、俺はグランパを裏切ってでもそれを排除する」

「おいおい。物騒なことを言うんじゃねえよ」


 殺気を漂わせて、暗に殺すことも厭わないとほのめかす側近に、老海賊は苦笑しきりである。

 一方、人名ひとつ耳にしただけで、憎悪と焦燥とが胸中で見事に混ざり、どす黒いマグマを醸造するハーディの視界は、ずいぶん狭まってしまっていた。お願いをしている立場であるにもかかわらず、相手の都合などお構いなしで、自分の意見が聞き入れなかったことだけしか理解していない。

 自身を一般人(カタギ)側に定義している青年のほうこそ、よっぽど人を殺しそうな形相で、なおも言い募ろうと口を開きかけたところへ、衛星軌道上の相棒がそれを遮った。こちらの様子は見えていないのに、絶妙な呼吸でタイミングだった。


『グイードさん、申し訳ありません。船長に代わって非礼をお詫びいたします。ぼくたちは決して、グランパを巻き込むつもりはありません。どうか安心してください』


 そしてこう続ける。


『でも、グランパの命に差し障りがない限りでかまいせん。もし、今そこにいるうちの船長を最速で船に戻してもらえる方法があれば、是非それを使っていただけませんでしょうか。すでにお察しのとおり、あの名前は彼に――いいえ、ぼくたちには少々刺激が強すぎるのです』


 相棒の言葉で幾分か冷静さを取り戻したのだろう。ハーディは深呼吸をして、グイードに頭を下げた。


「すまなかった。冷静さを欠いたことを詫びさせてくれ。その上で頼む。あんたが持ってる一番速い方法で、俺を俺の船に戻してくれ。頼む」


 グイードは彼らの事情に詳しくない。実際、少々(・・)どころの、刺激(・・)どころの話ではないのだが、それを知る者はサルヴァトーレを含め、宇宙でもほんのひと握りだ。腰を曲げてお願いする紅い髪の青年に、やや困惑の眼差しをボスに送った。

 老海賊はひとつ頷く。助けてやれという意味だ。

 諒解してグイードも殺気をおさめる。事情はわからないが、あとから説明してもらえるはずだ。どうもこの場で――この空気の中で話せる内容ではないようだった。


「そういうことならいくらでも協力しよう。グランパに大切なものを届けてくれた礼だ」


 仕事の報酬ならちゃんともらっている。そう言いそうになって、結局ハーディは黙って頭をさげた。


「ありがとう。感謝する」

「ただ、ちょっと無茶をしてもらうことになるから、そこは覚悟してくれ」


 ことさら事務的な口調でさらりとそんなことを言う。

 この隠れ家に入るためにやったことを思い出して、こんな状況でありながら、ハーディはあからさまに、心底嫌そうに顔をしかめた。

 事情を察した老海賊は高らかに笑声を飛ばし、愉快そうに肘置きを叩く。


「まあ、あれをやらねえで、ここにゃたどり着けねえわな…。初めてあれをやって怪我ひとつねえとは、ハーディ、おめえはやっぱたいした奴だぜ!」


 考案者が何あっさりと言ってくれるんですか――と、ハーディは内心毒づいた。


「先を急ぐだろうから引き止めねえ。けど、気が向いたらまた遊びに来な」


 気軽に遊びに来られる場所じゃないだろうとハーディが思い、まさしく老海賊自身も同じことを言いながら、立ち上がった。

 立ってみると、ハーディよりもグイードよりも目線は下で、特に大男でないことがわかる。大きく見せていたのは、この老人の纏うオーラだったのだ。

 片手を差し出され、ハーディも握り返す。


「こんな年寄りでも、まだちぃとばかり顔が利く。困ったことがあったら遠慮なく言いな。いつでも聞いてやる」

「ありがとうございます、グランパ・トト」


 往年の大海賊の親身な言葉に、このときばかりはハーディも素直に謝意を述べた。


「ルビーズアイ、おめえも。――達者でな」

『はい、ありがとうございます。グランパ・トトもいつまでもお元気で』

「おう。玄孫の顔も見てえからよ。そんときゃまたおめえらに頼むぜ。どうだ?」

『喜んでお引き受けいたします』


 きっと相棒は衛星軌道上で頭を下げている。

 ハーディも最後にもう一度礼をすると、紅い船(わが家)に帰還するべく、老海賊の部屋をあとにした。





End

ひとまずこれにて終了です。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

読んでおわかりのように、この物語ははじまったばかりです。

主人公の事情やら、配達稼業やら、まだまだトラブルがいろいろあります。

いつか続きを書ければと思っていますので、そのときはまたよろしくお願いします。


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