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紅い“幽霊船”の物語  作者: タカミチ
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5-2

 まるで電波状況の悪い場所から話しかけているかのような不明瞭さと、骨董品なみの通信機器を使ったときのような、雑音交じりの声だった。

 飛んでくる敵の攻撃を、ハーディは素早く体を屈めてやり過ごし、再度照準を合わせながら、愚痴る。


「このタイミングで話しかけてこなくてもいいだろう」


 二発目。


『拉致されている真っ最中のきみに、一人になる隙なんてないでしょう』

「手もとが狂ったらどうするんだ」

『誰のことかな?』


 三発目。

 声の主がからかうとおり、確かにハーディは、銃器の扱いに関しては得意分野といえる。地上戦が守備範囲外でも、そこそこ自信はある。その証拠に、彼が引き金を引くたび、敵は確実に数を減らしていた。

 しかしそのことを、ハーディよりも遥かに優れた技術を持つ熟練者に言われると、居たたまれなくなって、心臓を針で刺される気分になる。ちくちくして、飛び跳ねそうになって、強引に気を取り直した。


「ずっと聞いてたんだろう」

『ああ。ぼくもグイードさんに会ってみたかった……残念だ』


 悔しげに言われると、つい、そんなことはわからないと言ってやりたくなる。が、言ってはいけないことなので、ぐっと堪える。

 無言のまま、ひたすら敵の息の根を止めることに勤しんでいると、相手のほうから話題を変えてきた。


『ところで、ハーディ。いつものことだが、ぼくはとても退屈している。きみはぼくにどうしてほしい。なんなら衛星軌道上から援護することもできるが』

「やめてくれ。こんなくだらないことでお尋ね者になりたくない」

『殺されそうになっていることが、くだらないのか』

「俺は仕事最優先主義なの」

『信用第一、だったな』

「そういうこと」

『といっても、そこはいま夜なんだろう。敵を判別しにくいと思うのだが…』

「それでもやめろよな」

『…そうか』

「不満そうだな」

『気にするな。いつもひとり船に残されているんだ。拗ねているだけだ』


 さり気なく「いつも」を強調し、ちっとも拗ねているように聞こえない口調で、だけ、と言われても困る。

 ハーディは相棒の顔を想像してちょっと笑った。

 のんきに会話をしながらも、手は休めない。その間にもハーディから放たれたエネルギーの砲弾は、ハーディと拉致犯たちの延命に貢献し続けていた。


『じゃ敵の場所を教えよう。それくらいならきみも文句はないだろう』

「ない。むしろ大歓迎だ」

『…へえ、がんばっているじゃないか。残り倍だ』


 声の主であるところの相棒の性格からして、敵の数が味方の現人数の倍と言っているだろうことはわかるが、いかんせん敵は何人投入され、現状何人残っているのか把握していないため、多いのか少ないのか判断しかねる。


『転送する? それともカッサから聞く?』


 カッサ――カッサンドラとは、ハーディの船に搭載されているドライアドの名前だ。もちろんいわゆる非合法のものである。

 ハーディの船にドライアド・システムがあることは、あまり知られていない。言い換えれば知る人ぞ知る秘密だ。名目上ただの民間宇宙配達船でしかないから、そんなものが載っているなんて普通は思わない。許可のないドライアドを所持しているだけで犯罪者となる世の中。つまりカッサンドラが存在する限り、ハーディは自分のことを一般人だと主張できず、せいぜい「一般人もどき」や、「一般人側」と表現するにとどまる。

 そのうえ、船長の思うところがどうであろうと、「紅い幽霊船」は裏社会御用達として、じんわりと宇宙にその名が広がっている。このこともハーディをしてカタギ離れさせられている一因なのだが、こちらは甚だ不本意であろうことは想像に難くない。

 そんないわくつきの船と船長をつなぐのが、船長(ハーディ)の左腕にある腕輪と、左耳のイヤーカフだ。イヤーカフのほうは音声のみの、いわば通信機に対し、腕輪のほうは画像やデータを保存・送受信できる携帯端末仕様である。一応、船にあるすべてのデータも閲覧できる。

 ハーディの船は衛星軌道上のイップノィ宇宙港に停泊しているので、そこから地上を撮影したリアルタイムの映像は、タイムラグなしで見られる。

 その映像を送ると言われたのだが、何しろ今は戦闘中だ。いちいち端末と照準器を交互に確認している余裕はない。

 だからカッサンドラに伝えてもらうほうを選んだ。

 非常に明瞭な音声が流れ込んでくる。


『二時の方向に二人。ハンド・キャノンとレーザー・ライフル。――十時の方向に一人。球型手榴弾(キャンディ・ボム)


 カッサンドラに限らず、ドライアドの発する声はリュネス因子のおかげで、人間と遜色なく滑らかである。極たまに無機質な一面が現れたりもするが、人間が気に止めるほど顕著なものでないことは検証済みだ。

 中でも特にカッサンドラの調子は穏やかで、落ち着きがあった。ともすれば温かみすら感じられ、目を閉じて聴いていると、まるで水中に漂っているかのような心地よさに包まれる。


 …ああ、そうか――とハーディはここで納得する。


 グイードに引っかかっていたのは、彼の声だ。声の雰囲気がどことなくカッサンドラに似ていることに、たった今、気づいた。

 何しろカッサンドラの声質は、ドライアドでは決してありえない、人間でいうところの男性のものだったからだ。


『八時の方向から一人。ブラスター。すでに捕捉されています』


 こういうことも実に落ち着き払って言うものだから、少々気を削がれるのも否めない。

 カッサンドラに言われるまでもなく、殺気はとうに感じていた。ハーディは振り向きざまブラスターを撃つ。左手で撃った。

 もちろん、はずすなどというミスはしない。ブラスターだけは左手でも使えるように、昔訓練した。


『車が接近しています』

「車?」

『はい。うち一台が装甲車』

「装甲車!?」

『はい。連邦軍MF型vシリーズのものと一致しました』


 またか、と思ったことは心の中にしまっておく。


『装甲車以外も全車武装しています』


 敵の増援か、こちらの救援か。

 確率は五分と五分。

 しかしハーディには――妙に――自信があった。


『到着まであと三分だって』


 相棒の声が割り込んでくる。


『どっちだと思う』


 なんだか楽しそうにも聞こえる。


「救援だ。絶対に、間違いなく」

『断言するんだ。何故?』

「あの輸送機を見てないのか」


 少しの間があった。

 遥か頭上で相棒は、いまだ燃えている輸送機をスキャンしているのだろう。

 返事が来た。


『なるほどねえ……』


 なんとなく、納得されるのも、おもしろくない。

 ――などと考えていると、悲鳴が増え、遠くからでもわかるほど敵方の指揮に乱れが生じた。

 やっぱり救援だ。

 そこからは拉致犯たちの独壇場だったのではないかと推察する。ものの数分も経たないうちに、襲撃者全員を仕留め、戦闘は終了した。

 ハーディはハンド・キャノンを地に下ろし、立ち上がる。

 その姿をいち早く確認したのがグイードだ。戦いながら移動したのだろう。燃える輸送機の向こう側からこちらへ向かってくる。

 衛星軌道上でもそれを確認して、ハーディの相棒が断りを入れてきた。


『それじゃ、また』

「ああ。ありがとう」

『通信は切るなよ』

「切らないよ」

『寝るときぐらいは切ったら?』

「つけるのはトイレだな」


 一人になれるのは用をたすときぐらいだと下手なジョークを飛ばしてみたが、無情にも相棒からの反応はなかった。

 イヤーカフが無音になった。船のほうで音声を切ったのだとわかる。

 グイードより先に、あの部下AとBが駆け寄ってくる。表情に安堵の色が浮かんでいるのが、返す返すもおかしかった。

 これでようやく一日が終わる。

 ハーディはふぅと肩の力を抜いた。




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