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そろそろ日が傾きはじめるころ、車はとある「集落」に着いた。
黒尽くめの男たちはハーディを促して下車し、今度は空路を行くため、乗り換えるとのことだった。
格納庫まで連れて行かれると、その中で鎮座している乗り物を見て、ハーディは思わず「おいおい」と突っ込みを入れそうになった。
それはどう見ても軍用輸送機だったのだ。
ずんぐりとしたシルエットは、空気抵抗を計算に入れたもの――というよりは、ただ単に経費削減のあおりを食っただけのもので、この型の特徴といえば、前後につけられた可動式のエンジンである。登場当初は画期的な発想としてもてはやされ、大量生産されたのだが、間もなく可動にする意義を問われ、早々に淘汰されていった。
で、あるので、ハーディが目にしているこの乗り物をもっと正確に言うとすれば、もと連邦軍KK型大気圏内航空輸送機を改造したもの、となる。
もっとも、改造というが、色を塗りなおしただけでは改造といえるのかどうか。わかる人間にはひと目でわかる程度のカムフラージュは、車内のドライアド・システムのそれを連想させる。しかしこれはきっと男たちの怠慢を表すのではなく、この星ではこの程度で十分ということなのだろう。
先だっての武器といい、眼前のもと軍用機といい、ますます黒尽くめの男たちの正体が気になる。
ここまで来ると、ハーディにも少しは見当がついてきた。
可能性はふたつ。
命の安全を最優先に考慮すると、希望的観測でしかないが、男たちの正体は自分の想像どおりであって欲しいと思う。
けれども、だとしたら逆に疑問が湧く。
どうしてこれほどまでに回りくどいことをするのか…?
もうひとつの可能性は、正真正銘の拉致犯説。依頼品が目的と見せかけて、実はハーディの命もしくは船が真の狙いであるというもの。
こちらは――不本意ながらいろいろと心当たりがなくもない。が、現状では線をつなぐために必要な点がまだ足りない。そんな気がするのだ。
どうしたものかと思案しながら、ハーディはもと軍用輸送機の広い腹内へと押し込められた。
車を降りてから、ハーディは再び手錠をかけられている。
地上用車の狭い空間内ならともかく、輸送機の中は広い。一対多数であろうとも、暴れられたら面倒になると考えるのは想像に難くないため、ハーディも甘んじて受け入れることにした。
離陸していくらも経たないうちに、あのリーダーの男が手ずから、サンドイッチとコーヒーを差し出してきた。
ちょうど胃袋が悲鳴を上げそうになっていたので、さっそくそれを宥めにかかる。パンにハムとレタスを挟んだだけの簡単なものでも、非常にありがたかった。
毒入りとは最初から危惧していない。
この男はそんなことをしないという確信が、ハーディにはあった。
手錠をしたまま器用に食事を口に運び、最後のひと口を嚥下すると、ハーディはところでと言って、おもむろに男の注意を引いた。
「まったく今さらなんだけど」
コーヒーを飲む間を挟んで、続ける。
「あんたの名前を訊いてもいいか」
このセリフに、男の眉は器用に片方だけピクリと跳ねた。
護衛なのか監視なのか――きっと両方だろうが、周りにいる男たちも面食らっているのが伝わってくる(ちなみに車で一緒だった部下A・Bもいる)
ハーディは相手の返事を待った。
このリーダーの男は、拉致実行犯のリーダーであるばかりでなく、彼らの属する集団ないし組織においても、かなりの地位にいる人物のようだ。地上の集落で見た光景がそう語っていた。
集落といっても、集団――組織におけるひとつの兵站所のような場所だったと思われる。そこにいたのは、良くも悪くも一般人とはかけ離れた空気を纏った人間ばかりだった。
性別はハーディが確認できた限り男しかいない。年齢はだいたいが二十代で、身なりもばらばら。動きやすい格好が基本のようだが、街のゴロツキと同じ格好のものもあれば、やや上品にスラックスにベストという学生のようなものもある。上役と思しき数人が三~四十代くらいで、こちらもスーツ姿もいれば、野戦服を身に着けた筋骨隆々の大男もいた。
その全員が拉致犯のリーダーに対して敬う態度を取っており、若い連中には、あからさまに憧憬の色を浮かべるものもいた。
それで興味を引かれたというわけでもないが、ハーディはなんとなく――そう、ただなんとなく、リーダーの男に、何故だか親近感にも似たものを覚えている自分に気づいた。
当の男はというと、何を思案しているのか、サングラス越しにじっと紅髪の青年を見ている。沈黙を経て、やがてゆっくりとした動作で、出会ってから初めて、目をハーディに見せた。
現れた顔は思っていたものよりも若い。物腰と態度からてっきり四十代と想像したのに、三十代半ばから後半といったところか。黄みがかった薄い茶色の双眸が若々しく印象的だった。
「グイードだ」
ハーディは破顔した。
「ありがとう。改めて、ハーディだ。本当に今さらだけどな」
後半のつけ足しがやや子供っぽい感じがしたが、グイードは気に止める様子もなく、ただ頷いた。
「グイードさんは、俺が考えているとおりの人間だろうか?」
続けてそう訊いてみる。これには周りの男たちのほうがぎょっとした。セリフを額面どおりに受け取れば、相手の力量といった類のものを揶揄する内容になるからだ。
もちろんハーディはそんなつもりで訊いたわけではない。希望的観測のほうが真実だったらいいなと、緊張感と危機感を足して何故か楽天的にイコールしてしまうという、余人ではいささか理解しにくい思考の道程をたどったためだった。
とはいえ、少なからずグイードを試そうとする悪戯心めいたものも、ないとは言えない。本当は「俺が予想している組織の人間か」と訊くべきところを、わざと言葉を省略して尋ねたのである。
相棒に知られたら「甘い!」と一刀両断されそうなセリフだが、こればかりは性分なので、ハーディ自身も半分くらいは諦めている。
グイードはにわかに居住まいを正した。
「呼び捨てで呼んでくれてかまわない。〝不死鳥ハーディ〟に敬称をつけられるのは居心地が悪い」
〝紅い幽霊船の船長〟のみならず、もうひとつの通り名(こちらも本人未承認)をも口にされ、ハーディは苦笑しきりだった。手錠していなければ、きっと頭を掻いていたことだろう。
「それなら、俺もそのこっ恥ずかしい呼び方はやめてほしい。ただの配達屋にはどっちも正しくないからね」
この言い分に対し、グイードは何か言いたげに瞬きをした。
ただの配達屋とハーディ自身は言うが、本当にただの配達屋なら、裏の世界でここまで有名になるわけはなく、ひいては今回の依頼とてなかった。
通り名やふたつ名があるということは、この世界で確固たる地位を築いている証拠にほかならない。むしろ名誉なことなのに、それをここまで拒絶するのもおかしな話だ。
しかしそれはそれとして、はっきり嫌だと本人が言っている呼び方をわざわざ使うのも非礼に値する。グイードはまた黙って頷いた。
その了承を受け取って、ハーディも男の希望どおり、彼の名前から敬称を取った。
「じゃあ、グイード。俺の質問には答えてもらえるのだろうか」
「……それは自分で答え合わせをしてくれ」
そうくるか。
問いかけはしたが、ハーディもここで深く追求しようとは思わない。短く、確かに、と言って、残りのコーヒーをすすった。
会話が途切れた。
周りの男たちからほっとしたような空気が伝わってきて、それがちょっぴりおかしかった。




