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紅い“幽霊船”の物語  作者: タカミチ
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2-2

 ハーディはちらりと窓の外を一瞥した。

 遠く東の方に工場らしき建物があり、さらに向こうは山々が連なっている。

 ここワセンビナー星系は銀河連邦でも辺境に属している。直線距離からいえばさらに遠い星系もあるが、有人惑星が少ないことから、ワセンビナー(イコール)辺境のイメージが強い。

 惑星イップノィはその中でもさらに辺境に位置していた。

 どれくらい辺境なのかというと、居住認定惑星に義務づけられている連邦惑星軍の駐留がないくらい、である。

 そのためか、星全体を牧歌的な雰囲気が漂う。また、突出した資源がないことも一因を担っている。逆にそういった空気感のおかげで、近隣の星系からは、ちょっとした隠れ家的な場所として密かに人気があった。が、これも南半球に限る。

 イップノィ北半球の大地は、三分の二が岩と荒野と渓谷の世界だった。それはそれでなかなか雄大な景観だが、言うまでもなく開墾には向かない。もともと作物が育つような良質な土でもないことから、人が住める土地は限られてしまう。現地民もだいたいが海辺で漁をしながらの生活で、渓谷は彼らにとって畏怖の対象でしかなかった。

 今回ハーディが目指したのもまさにその大渓谷で、そこに住処をかまえるわけありな依頼主から、集荷と配達の仕事を請け負った。…ちなみに陸路で、という指定は、自動的に出発地点が南半球となる。何故なら宇宙港へ上がるシャトルが離着陸できる空港は、惑星にたったひとつ、南大陸にしかないからである。


 ――と、いうことで、ハーディの予定では、先般の都市(まち)でエア・バイクを借り、ある程度の食糧を仕入れてから目的地に向かうつもりだった。この車が北に目指している限り、本来の目的に適っているというわけだ。しかし、はたしてこれがラッキーなのかどうかは、幕が上がったばかりの舞台では判断要素が少なすぎた。

 無論、少ないからといって、相手に合わせてのんびりとするつもりはない。いつでも当初の予定に戻れるよう――逃げ出す時機を逸さないよう、乗車とともにスイッチは切り替えていた。

 大陸縦断公路は果てがないかのように伸びている。まさか不眠不休で走り続けるとも思えないので、行動に出るのは停車したときが妥当だろう。そう決断すると、逆に気分は落ち着いた。つい表情が緩みそうになったので、わざとらしく咳払いをしてごまかすことにした。

 隣の部下Aがちらりとこちらを見る。その顔はどこか強ばっていた。

 ハーディは内心、首を傾げる。視線自体は咳払いに反応したものだろうが、では彼の表情は何を物語っているのか。たった一人の人間を大勢で拉致に及んで、成功した。それなのに、いまだ緊張しているように見えるのは何故だ。これが自分を警戒している所為だとは、ハーディにはどうしても思えなかった。

 対照的にリーダーの男は反応を見せなかった。前方を見つめたまま、泰然としている姿は、こんな状況なのに好印象を受けた。

 男は、年齢はハーディよりひと回り年かさのように見えた。サングラスで目もとが隠れているため、はっきりとはわからないが。



 …サングラスといえば、また相棒を思い出した。

 相棒も昔は四六時中サングラスをかけていた。のちに目を隠すための措置だとわかったが、わかるまで何かとやりにくかったことを今でも覚えている。日常生活でかけなくなったのは、ハーディと連れ立って宇宙へ飛び出してからのことで、それでも家となる宇宙船内に限られていた。


 もし――


 視界を流れていく単調な景色を見るともなしに見ながら、ハーディは考える。

 もしこの状況に身を置いているのが相棒だったら、彼はどうしただろうか。

 また、もし、今の自分の現状を知れば、彼はどうするのだろうか。

 退屈紛れにちょっと思考を飛ばしてみれば、しかしすぐに結論が導き出されてしまった。

 どうするも何も、まず、間違いなく笑われる。

 ばかにしたふうでも、ましてや意地が悪そうに笑うのでもない。相棒(あいつ)はそういう甘え方をする人間じゃない。

 さながら舞台俳優のように、おもしろおかしく、こちらの痛いところを突きまわしながら、楽しそうに、たいしたことじゃないと言いたげに笑い飛ばしてくれる。

 ハーディにはそれが嬉しかった。そういうふうに関係を築けたことが誇らしくさえあった。

 だけどこれはあくまで表向きの話だ。

 ハーディが見ていないところで、相棒はすっと幕を下ろし、ふっとひとりの世界に戻る。

 そして笑みを作る。

 静かに、わずかに口の端を上げるだけ。

 ただ単に笑うという動作をして見せているようにも取れるし、逆に感情を抑えつけるための儀式めいた行為にも見える。

 思うに、相棒自身ですら自分がどんな状況で、どういった表情をしているのか、知らないのではないか。ある意味、無意識の笑顔なのだ、あれは。

 だから最初に気づいたのも偶然だった。そのとき引っ掛かりを覚えたから、それがきっかけとなって、注意して見るようになった。

 やがて笑顔の意味をハーディなりに解釈したとき――そのときから、相棒にそんな表情をさせてはいけないと心掛けるようになった。

 しかしそうであるにもかかわらず、あれからもハーディは何度かその表情を見ることになる。

 いま、その表情が脳裏に浮かびあがり、ハーディは項垂れそうになった。今日はこんなのばかりだと、逆に天を仰ぎたくもなった。なんにしても、特大のため息を、最大の努力でもって呑み込んだ。

 どう考えても現在直面している事態の打開より、相棒にそんな顔をさせない方法を探すほうが難しい。

 青年は、憂鬱の沼に沈む自分の姿を思い描く羽目になった。


 ……車はひたすら北へ進む。

 敵に囲まれた動く密室の中、視界を流れる単調な景色が退屈さを加速させる。前向きな決断すら置いてけぼりにされそうな勢いだ。

 拉致されている状況にありながら、ハーディは、退屈を紛らせることを言い訳にして、相棒の笑顔を脳裏から完全削除することに勤しんだ。


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