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三十年にも満たない人生において、五指に入る迂闊さだった。
はっと我に返ったときにはすでに囲まれてしまっていた。
惑星の中心都市ではないにしても、休日の繁華街はかなりの賑わいを見せている。その中でいきなり、全身黒尽くめのサングラスの男たちに進路も退路も断たれた。
衆人環視の中でのまさかの暴挙に、ハーディは驚くよりも生命の危機を覚えるよりも、まず己の油断に呆れ果て、次いで呪った。
やはりらしくもなくショーウインドウに気を取られたのがいけなかった。通りすがりにふと眼を惹かれてしまったほんのわずかな隙をつけ入られたのだ。
ありがたくないことに、狙われる心当たりのひとつやふたつ、三つや四つはある。
あるのだけれども、今、ここで、それを清算されても困るし、何よりも都合が悪い。
何故ならハーディはただいま絶賛仕事中であるからだ。
これが仕事終了後ならば、多少のドンパチも厭わないが――正直、目立つのは勘弁願いたいにしても――、とにもかくにも今はまずい。非常にまずい。
にもかかわらず、ご丁寧にも囲まれてしまっているこの現状。
そして当然といえば当然なのだが、黒尽くめの男たちは全員武器を隠し持っていた。それも所持していることをほのめかすだけで、振りかざしたりはしない。一見理性的なところがますますハーディをげんなりとさせた。
こういう人間のほうが厄介だ。
いっそのこと仕掛けるつもりで向かってくれれば、事前に殺気を察知できただろう。もしくは攻撃態勢に入ってくれていれば、たとえ微細でも、動作によって生じる隙に乗じ、逆転を狙うことができる。
そのどちらをも望めない以上、ハーディは相手の出方を待つしかなかった。
「出せ」
活気あふれる休日の街にはそぐわない、低く、短い命令が耳朶を叩く。
この男がリーダーなのだろう。どことなく重みのある声が予想に確信をもたせる。
ハーディはわざとらしく嘆息し、前髪をかきあげて視点を定めた。
「なにを?」
「おまえが今持っているものだ」
とぼけるなとか、ふざけるなとか、あっていいはずの常套句は一切なく、男は感情を削ぎ落したかのような声で答える。
それがかえって可能性を潰した。
ハーディが逃げるために必要な何か、という可能性を。
「そりゃ男の一人旅だ。いろいろと持っているさ。そのどれを指しているのかわからないが、何ひとつあんたらに渡せるものはないね」
ひとまず殴られる覚悟で軽く笑ってみせる。
絶体絶命ともいえる状況下で、くだらないことを言って挑発したのだ。それなりの反応があってしかるべきだ。
サングラスに隠れて目が見えない相手の様子を窺いながら、ハーディは考える。
勘だが、この男は、ハーディの持っている依頼品を欲しがっている。それは彼の仕事内容を知っているということにほかならない。
つまり、依頼品の中身をきちんと承知したうえで横取りしようとしているのだ。
信用第一の商売なので、ハーディ自身、依頼品の中身について詮索するような愚は犯さない。今回も本当は何を渡されたのかなんて知らないし、この状況になっていても知りたいとは思わない。
ただ自分に依頼が来るくらいだから、多少いわくつきであることは想像に難くなく、第一、依頼人が依頼人なのだからもとより覚悟の上だった。
だから目の前の男が依頼品を正確に把握しているだろうことに対して危機感を覚え、それゆえに、何故こんな賑やかで、人目のつく場所で横取りを強行しようとしたのかが不思議だった。
どう考えても「休日」の、「昼下がり」の、「繁華街」という選択は間違っている。
リーダーである男が纏う空気といい、にじみ出る貫禄といい、とても街中で「暴挙」に出るという、素人にさえ不自然とわかるミスを犯すようなタイプには見えない。
だいたいハーディの仕事を知っているなら、目的地も知っているはずだ。その目的地まで、まだいくつもの都市や集落があることも、当然知らないはずはない。
ハーディは今回初めてこの星に降りたのだが、事前に調べたところ、このさき通過する都市のどれもが、今いるここよりも規模が小さい。
目的地がかなりの田舎――というよりはもはや僻地と呼ばれる場所――なので、ここで行動に出ることは不自然以前にむしろ、ばか、といえた。
そのうえ白昼堂々、黒尽くめにサングラスという出で立ちは悪目立ちがすぎる。これでは不審者ですと自ら看板を背負って歩いているのと変わらないじゃないか。
……ということは、この先の都市では行動に出られない(彼らにとっての)なんらかの障害がある、と考えるべきだろう。
もしくは、行かせたくない、接触させたくない、何か。
そこまで考えて、ハーディは内心首を横に振った。
たとえそのどちらかが正解だとしても、ハーディがこのまちを出てから動いてもいいわけで、どう考えてもそちらのほうが正しい行動(判断)というものだ。
けっきょく一番不思議なのは、どうしてこのような目立つことをしたのか、この一点に尽きる。
一瞬の間に高速回転した脳が結論(という名の疑問)を導き出すと、ハーディは逆におもしろくなった。
どう贔屓目に見ても、カタギには見えない男たちが、いったいどうやってこの場をおさめるのか、ちょっぴり楽しくなってきた。
「では、おまえごともらう」
物騒な内容に反して、男の声色からやはり真意を探れない。
こうくるか。囲まれていても冷静さを失わないハーディは、妥当な線だと気づかれないよう小さく笑む。
と同時に安堵もする。
こんな真っ昼間に、いかにも怪しい格好で、怪しい行動をしてしまうような人間のことだ。じゃあ、と言って、ところかまわず武器を取り出す可能性も捨て切れなかった。
そうならなかったことは運が良いというべきなのか。
とりあえずハーディは促されるまま裏道に入った。
黒尽くめの男たちが作る壁に包囲されていながら、なおもビシバシと全身に感じる一般人の視線を、きれいに無視して。




